ソフィアの日記
○月○日
今日はヴェロニカの九才のたんじょう日。暑いのに、外でたんじょう会をするみたい。お母さんが「しかたがないのよ。いちおうお姉さんなんだから」と言うから、いやだけど庭に出てあげた。いじわるだし、あんまりお姉さんらしくない。たまにあそびに来てくれるエルの方が、よっぽどお姉さんみたいなのに。
あたしがそう言ったら、エルは笑った。「そうかな。でも、お姉さんじゃなくお兄さんになりたいな」。どういういみだろう?
○月○日
エルとヴェロニカは、ケンカしているみたい。このごろぜんぜんあそんでいないから。三ヶ月も顔を見てないって、エルがため息をついていた。うちに来るたび、「ニカは元気?」とたずねるエル。なんだかかわいそう。
「あたしがあそんであげる」と言ったら、悲しそうに笑ってた。でも、前みたいにあそばないでいつもすぐに帰ってしまう。手紙を書くから届けてってたのまれたけど、ヴェロニカはいじわるだから、いやだな。お願いだからとわたされたけど、どこかに行っちゃった。まちがえてすてちゃったのかな?
○月○日
ヴェロニカがこわい。部屋からあまり出てこないし、顔がお面みたいだ。泣かないし笑わないし必要以上にしゃべらない。反こう期かもしれないって、お母さんは言っていた。何に反こうしているの? もしかして、エルに?
あの子もいそがしいみたいで、なかなかあそびに来ない。来てもヴェロニカが会わないから、いやになったのかも。そのエルが「ないしょだけど、もうすぐこん約する」って教えてくれた。「まだ子どもなのにかわいそうだね」って言ったら、「好きな人とこん約するため、がんばっているんだよ」だって。好きな子がだれか教えてくれなかったけど、すごいと思う。
○月○日
エルのこん約のことをヴェロニカに言ったら、すごくあわてていた。ないしょだったの忘れてたけど、おどろく顔を久しぶりに見られたからスッキリした。「王子に会わせてほしい」とお父さんにたのみに行って、断られていたみたい。
「うちに連れてきてですって。じょうしきも知らずに図々しいわ」ってお母さんは言う。お母さんはヴェロニカのことを嫌っているみたい。私にいじわるするから?
ヴェロニカも変だ。王子様は絵本の中だけで十分なのに、急に会いたいと言い出すなんて。この前お母さんに絵本を燃やされたから、さびしくなったのかもしれない。
○月○日
今朝早く、お父さんの書さいに呼ばれた後から、ヴェロニカのきげんが良くなった。わけを聞いたら、「私、半年後にこん約するの。らのべの通りで良かったわ」って答える。だから「らのべって何?」って質問したら、「何でもない」とお面みたいな顔で言われた。お母さんも知らないって。わからないのは、あたしだけじゃないみたい。
お母さんはお母さんで「あなたの方がふさわしいのに、ざんねんだわ」ってムッとしている。ヴェロニカの相手がだれなのかとたずねたら、なんとこの国の王子様! どんな人かドキドキする。
そういえば、エルはもうこん約したのかな? 今度うちにきた時に聞いてみよう。
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○月○日
久しぶりに日記をつける。このごろずっといそがしかったから。
こん約が決まったヴェロニカは、たくさん勉強している。お母さまとヴェロニカの意見がめずらしく合い、私にも学ぶように勧めてきた。いやだけど、加わることにする。教養やマナー、ダンスや音楽のレッスンなどけっこうきびしい。
ヴェロニカは本を読みなれているから大丈夫でも、私はちがう。覚えることが多すぎて、頭がパンクしそうだ。姿せいや言葉づかいまで直されるから、はっきり言ってとてもつらい。王子様とこん約するのはヴェロニカなのに、私までっておかしいでしょう? だけど、ダンスは意外と好きかもしれない。
○月○日
ヴェロニカが10才になった。ぐんと大人っぽくなって、すごくきれいだ。笑わないから余計にそう思うのかもしれない。母や侍女は私をほめるけど、彼女の方が人形みたいにととのっている。たんじょう日だからと、うちに来てくれたエルもきっとそう思っているはず。庭に出たヴェロニカは、自分の部屋にすぐ引っ込んでしまった。話せなかったエルは、今日もがっかりしている。
だから私はダンスをしながら、「私はエルの方が好き」って言ってあげた。するとエルは、「ありがとう。だけど、お姉さんのことも好きになってあげて」とやさしく答える。その後でちょっと困って「ソフィアのことは好きだよ。でも、ニカへの好きとは違うんだ」って笑う。よくわからないけど、ヴェロニカは、エルにも私にもいじわるだ。
○月○日
いよいよ明日。ヴェロニカとこん約する予定の王子が、わが家にあいさつに来るという。みんながあせっているのに、姉は落ち着いている。けれど、夕食の後で「ソフィア、明日は白いドレスを着なさい。せいいっぱいおめかししてね」と私に指図をしてきた。いつものように汚そうとするためだろうか?
「そんなことはしない」と言うけれど、信用できない。自分はこん色のドレスを着るのだとか。主役のくせに、暗い色ってどういうことだろう? それに、なんだかちっともうれしそうじゃないみたい。
家同士のこん約は、親が決めると習った。決まった時は喜んでいるようにも見えたけど、本当はいやなのかな?
そんなヴェロニカも、やっぱりきん張していた。さっきボソッと「王子とヒロインは一度も会ったことがないのに、上手くいくのかしら?」とつぶやくのを聞いてしまったから。
ヴェロニカは弱みを見せない。
いつも一人で、だれにもたよろうとしなかった。