エルとの別れ
今回はヴェロニカ視点です。
「バッカみたい」
綺麗で可愛い女の子、私の弟子のエル――。
彼女を追い払った後、私、ヴェロニカ・ローゼスは部屋で一人反省していた。
「みんながソフィアに夢中になると、わかっていたでしょう?」
そう自分に言い聞かせる。
誰に冷たくされても泣いてはいけない。
だって私は、悪役令嬢だから。
本編でヒロインと王子をくっつけるために存在している。
義妹のソフィアに初めて会った時、全てを思い出してしまった。
前世では父に棄てられ、忙しい母にもほとんど顧みられなかった私。クラスでも貧しく浮いた存在で、気づけばいつも一人ぼっち。
そのため私は、今度こそより良く生きようと決意した。立派に悪役令嬢を務めれば、ヴェロニカは番外編で看守に愛される。
「不確定な未来など要らない。人生は決められていた方が安心できる」
だって私はラノベのおかげで、これからの自分が取るべき行動を知っているから。
この世界は前世で読んだラノベと同じで、公爵令嬢という肩書きも、育った環境も寸分違わない。登場人物も全て……。
「いえ、モブの『エル』はラノベにいなかったわね」
それ以外は一緒。調べたところ、番外編に出てくる『水宮の牢獄』だってちゃんと存在していた。
だから私は、本編をきちんと終わらせるだけでいい。悪役になりきれば、いずれ必ず年上で渋いイケメンの看守に愛される。
「だけど、王子のラファエルは、いつ出てくるの?」
王子の出現を促すため、本編通りソフィアに意地悪をしようと、私はモブの少女エルを弟子にした。私は彼女に心を許すが、エルが優先したのはやっぱりソフィア。
「どうして忘れていたのかしら? ラノベのヴェロニカもずっと孤独だったのに。彼女に弟子や友達と呼べる存在は、一人もいなかったはずよ」
そう、私はきっと夢見ていた。
生まれ変わった今なら、友達ができるのではないのかと。弟子と言ったのは照れ隠しで、本当は友達がほしかった。
一人ぼっちは孤独で寂しい。悪役令嬢を頑張ると決めたものの、一人くらい味方がいてもいいかなと、自分を甘やかしてしまった。だから一向に、王子が現れないのだろうか?
考えてみれば、エルは最初からソフィアを可愛がっていた。私には皮肉交じりで遠慮なく物を言うくせに、義妹が相手だと優しい。あっちが本当の姉妹で、私がよそ者なのではないのかと錯覚するほどに。
最近では父も私に冷たくなった。
成長するにつれ、亡き母に似てきたからだろうか?
『あなたのお母様は昔、社交界の華として有名だったのよ。まあ、その分派手な噂が多くて、公爵であるお父様を翻弄していたのだけれど……』
そう、義母に教えられた。
もちろんその義母も、ソフィアに甘く私に厳しい。
みんなは可愛いソフィアの方へ。
白薔薇が、私から全てを奪っていく。
この世界にも恵まれた存在は確かにいて、苦労せず当たり前のように何でも手に入れてしまうのだ。父や義母の愛情や、贅沢な贈り物。たった一人の友達さえも――。
『誕生日? 仕事なんだ。済まないが無理だな』
『でもお父様。ソフィアの誕生日は去年も一緒に祝って、プレゼントまであげていたじゃない』
『そうだったかな? お前は何でも持っているし、もう大きいんだから我慢できるだろう?』
『あらあら、ソフィアの人形が壊れてしまったわ。またヴェロニカの仕業?』
『お義母様、違うわ。壊していないし、この子は元々私の物だもの』
『そう? 貴女の方がお姉さんなんだから譲ってあげて? ああ、だけど貴女のお下がりじゃダメね。ソフィアには新しく買ってあげましょう』
『可哀想に。またニカが仕掛けたの?』
『そうよ! ひどいでしょう?』
『そうだね。ニカはひどい』
黒薔薇は嫌われ者。
この世界での私は邪魔者だ。
悪役としてそれなりの振る舞いをしてきたから、雑に扱われ話を聞いてもらえなくても、仕方がないとは思う。だけど私は、他の生き方を知らなかった。ラノベの世界のヴェロニカが全てで、甘えたくてもどうしていいのかわからない。
「素直になれば良かったの? ソフィアのように子供っぽく可愛らしく振る舞っていれば、みんなが私を愛してくれた?」
でもそれは、不確かなこと。ストーリーを変えてしまえば、番外編にも進めなくなってしまう。
「先の見えない人生なんて要らない。終わりに向かい決まった通りに進む方が、安心できる」
心ない言葉に傷つけられ、不安に怯えた日々。空気のように扱われ、誰も私の話を聞いてくれなくて。あんな思いを繰り返すくらいなら、自分が悪者になる方がよっぽどマシだ。実際にいじめられていたから、加減だってちゃんとわかる。
もう迷わない。
牢獄に入りさえすれば、私は私だけの愛情を必ず手に入れられるのだ!
『どうして他人に頼ったの? 自分の道は自分で切り拓くのよ』
私の中の黒薔薇が囁く。
彼女は孤高の存在で、強く美しい。
番外編に入るまで、愛なんて期待してはいけなかった。家族に縋っても無駄。友達だって幻想で、いつか裏切り私をバカにする。
『ニカ、お願いだから話を聞いて。ニカ!』
さっきのエルは必死だった。
だけどもう、彼女とは縁を切ると決めたのだ。
子供だし正直なのは当たり前。気の合う子と仲良くしたいし、共にいたいと願うもの。エルの心変わりを責めるつもりはない。私だってモブと馴れ合う暇はなく、悪役令嬢を極めなくてはいけないから。
「期待なんてして、バッカみたい」
もう一度、私は呟く。
悪いのは私……黒薔薇が愛されないのは、既にわかっていたことでしょう?
最初から仲良くしたいと望まなければ、がっかりしなくて済んだのに。
エルとは会わないようにしよう。
その方が私は傷つかず、きっと幸せになれるから――。
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