ニカとの出会い 11
共に過ごすうち、僕はニカの語った前世の話が真実ではないかと思い始めてきた。彼女は以前、相当苦労したらしい。ニカが悪人になりきれないのはそのためだ。
意地悪が失敗した時の困った顔はさることながら、どこかホッとした様子もいつものこと。
「だったら無理して悪役にならなくてもいいのに」
結局一年近くもニカの側にいるけれど、くるくる変わる表情はどれも可愛く見ていて飽きない。ただ、ソフィアへいたずらする前のつらそうな様子は気にかかる。
「ねえ、意地悪なんてもう諦めたら?」
「いいえ、諦めないわ。だって諦めたら、ジルドに会えなくなっちゃうもの」
看守ばかりで王子に全く興味のない君。
そんな君のことが、王子の僕はますます気になっている。
いつの日か、君自身が悪役なんてバカなことだと、気づけばいい。いじめをしようと努力するのは無意味だと、悟ってくれたなら。どうか全ての意地悪が、成功しませんように――。
暑い夏のある日のこと。
その日はニカの九歳の誕生日で、彼女はソフィアと庭で追いかけっこをしていた。
「元気よく走り回るソフィアと……ずぶ濡れのニカ?」
ニカはソフィアに嫌がらせをしようとして、またもや失敗したらしい。
――ねえ、ニカ。君はまだ、牢獄行きを諦めていないの?
悲しくなって眉根を寄せるが、慌てて横に首を振る。いけない。いつもの明るい『エル』でいなければ。
「賑やかだね」
振り向いたニカは僕と顔を合わせるなり、がっかりした声を出す。
「なんだ、エルか。じゃあ、今来たのってあなた?」
誰を待っていたのだろう?
そろそろ歓迎してくれても良さそうなのに。
「エルー聞いてよ~。ヴェロニカったら、今日もひどいの〜」
ソフィアが僕に飛びついて、背中に隠れる。彼女はニカのいたずらを、訴え出した。
「あのね、ヴェロニカったらね、急に『貴女バカなの? バカにはお仕置きが必要ね』って言いだして、私に果実水をかけようとしたの。ひどいでしょう? あとね、すぐに私をいじめるの。ほら、こんなところにこぼれてるー」
ソフィアが水色のドレスに飛び散った染みを、僕に披露してきた。だけど、ニカの方が水浸し。早く着替えないと、風邪をひくだろう。
素直に甘えるソフィアと、いつまで経っても僕に心を開かないニカ。僕はソフィアの髪を撫でながら、ニカを想う。
「可哀想に。またニカが仕掛けたの?」――いい加減、諦めればいいのに。
「そうよ! ひどいでしょう?」
「そうだね。ニカはひどい」――僕の気持ちも知らないで。彼女自身のために、どれだけ意地悪しないでほしいと願っていることか。
心の声は漏らさない。
あまり心配し過ぎると、ニカは却って意固地になるから。
「そこ! ちょっとくっつき過ぎ」
彼女の言葉に思わず頬が緩む。
「ニカったら、嫉妬してくれてるの?」
そうだといいのに。
僕が気に掛けるのと同じくらい、君も僕のことを考えればいい。
将来出会う看守ではなく、今ここにいる僕を見て!
女の子の恰好で過ごすことが、近頃とても苦しくなっている。そのため今日は国王である父の許しを得て、君に真実を打ち明けに来た。
――エルの正体はラファエルで、君と婚約する相手だ。だからもう少し、僕を受け入れてくれないかな?
その瞬間、附に落ちた。
僕は、ニカがすごく好きだ!!
「ええ~。あたし、エルと一緒にいる方がいい~」
「そう、じゃあいいわよ。あんた達なんか、もう知らないっ!」」
ところが、ソフィアの言葉にニカが怒る。それとも僕のせい?
ニカは動揺した様子で向きを変え、走って屋敷に戻って行く。焦った僕は一度だけ振り向いたニカを呼び留めようと、手を伸ばす。
「待って! 違うんだ、ニカッ」
ソフィアが全体重をかけてしがみつくせいで、すぐには動けない。無理に振りほどけば、ソフィアは転んでしまうだろう。
ニカを追いかけたいけれど、小さなソフィアも邪険に扱えない。だって彼女は、ニカの大事な義妹だから。
素直になれないニカだけど、本当はソフィアのことをすごく大事に思っている。
「ソフィア、ごめん。今からニカと、重要な話があるんだ」
「ええ~」
「今度来た時ゆっくり遊んであげるから」
「今度っていつ?」
「えっと、なるべく早く来るようにする」
「早く?」
「ああ」
「本当に本当?」
「うん」
――ニカ!
「じゃあ、約束よ」
「約束する」
ソフィアを何とか説得し、ようやく屋敷の中に入った。ニカはとっくに自分の部屋に引っ込んだ後だ。中から鍵をかけ扉を固く閉ざした彼女は、いくら呼んでも出てくる気配がない。
「ニカ、お願いだから話を聞いて。ニカ!」
ドアを叩きながら、僕は必死だった。
君の隣は僕が唯一自分でいられる場所。
一緒にいても肩肘を張らずに自然体で過ごせる。
何より僕は、君が好き。
このままなんて、婚約話がなくなるなんて、耐えられない!
「ごめん、ニカ。謝るから機嫌を直して」
「大げさね。気分が悪いから休みたいの。エル、帰ってくれる?」
何気ないフリを装っているが、声が震えている。このまま追い詰めれば、彼女はますます内に籠ってしまうだろう。
「また来るね。ニカ、その時に全てを話すよ」
自分でもびっくりするくらい、がっかりした声が出た。
今日はニカの誕生日。
贈り物として、彼女の好きな薔薇の花と香油を用意した。
プレゼントを渡した後で正体を明かし「一年後に婚約しよう」と、言うつもりだったのに。
君には女の子のエルではなく、男としてのラファエルを見てほしい。
僕はどこで間違えたんだろう?