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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第一章 悪役令嬢ってなんだろう?
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ニカとの出会い 10

 屋敷の奥から走って来た侍女が、ニカに湯浴みを勧めた。


「エル、一緒に入ろう」

「ひぇ? い、いいよ」

「濡れて気持ちが悪いでしょ。遠慮しないで」


 ニカは無邪気に僕を誘う。女の子同士だから、一緒に湯に入っても構わないということだろう。

 だが僕は……。

 ニカの裸を想像した途端、頭に血が上る。


「平気だから。ニカは自分のことだけ考えなよ」

「女の子同士で恥ずかしがるなんて変なの。嫌なら、エルが先に入れば?」

「いや、いい。ほら、早くしないとお湯が冷めるよ」


 悲しそうなニカが気になっても、(うなず)くわけにはいかない。

 脱げばさすがに男だとバレるし、背中の羽を見せてはいけない。


 かつらと服は脱げば済むし、簡単な浄化魔法なら扱える。あっという間に綺麗になるので、手間もかからない。僕の魔法のことは、ごく一部の限られた者にしか教えていないため、当然ニカにも内緒だ。


 だから、がっかりしてはいけない。


「こ、子供だし。そういうのはまだ早いし」


 ニカが湯浴みをしている間に、僕は大急ぎで天宮に帰ることにした。




 それからも僕は、ニカのいる公爵家に通い続けた。

 魔力が安定してきたせいか、この頃少し体力がついて背も伸びた気がする。


「なんで? なんでエルだけ大きくなってるの? 小さい悪役令嬢なんて、迫力がないから嫌だわ」


 背が並んだことで悔しがるニカは、やっぱり可愛い。ソフィアもそれなりに愛らしいけれど、僕が気になるのは悪役令嬢と言い張るニカだ。 


 彼女が僕をじっと見る。

 気になるなら、もっと近くで見ればいいのに。

 彼女の白くて小さな(ひたい)に、ぼくはわざと額を合わせた。

 

「ど、どど、どーしたの?」

「どうしたって……ニカがボーっとしていたから」


 焦ったように離れる姿が可愛くて、思わずクスクス笑ってしまう。彼女のいろんな表情は、見ていて飽きない。そういえばこの前も、こんなことがあったっけ。


 その日ニカは突然、庭に落とし穴を掘ろうと言い出した。


「落とし穴って?」

「深い穴を掘って、その上を通った人が落ちるようにするの」


 戦術ではよく使うが、いたずらにも有効なのだろうか? 


 半信半疑でニカと二人で掘り始める。以前、庭に二人で小さな穴をあけた時に、スコップの使い方はわかったから。今回の方が順調だし力がついてきたこともあって、どんどん土をすくう。そんな僕を見て悔しかったのか、ニカもむきになって掘り進めていた。途中、どう考えても深すぎると思ったが、面白いのでそのままにしておく。


「どうしよう、掘り過ぎたわ」


 ニカが気づいた時には、自分の身長よりも深い穴になっていた。足場を作れば出られるけれど、せっかくなので出られないと言っておこう。


「こんなんじゃ出られないし、ソフィアが怪我しちゃう」

「そうだね」


 言うなり僕は、口笛を一回吹いた。

 もちろん護衛に対してで、意味は『邪魔するな』。滅多にない機会だから、今を楽しもう。


「今のは?」

「ん? 助けが来ないかなって」

「そう。誰かが気づいてくれればいいわね」

「じゃあ、助けが来るまで話をしようか」


 強気なニカは、自分のミスで出られなくなったことが恥ずかしいようだ。使用人を呼ぼうとしないため、二人で長く過ごせることになった。まあ、時間が来れば護衛が助けに来るだろうから、別に心配していない。

 

「それで、ニカは看守のどういうところが好きなの?」


 彼女の好きなタイプが気になる。

 本人は王子に全く興味がないようだが、当の王子は違う。候補の中で婚約しても構わないと思えたのは、ニカだけだから。


「どこって、全部よ全部! 年上で渋くて、陰があるところも素敵。カッコいいし優しいし、それから……」


 顔を輝かせたニカに勢いよく語られると、気分はちょっと複雑だ。彼女が身分を全く気にしないと、わかってはいたけれど。熱心に話すニカと一緒にいたせいか、あっという間に時間は過ぎた。

 



 別の日のニカは、ソフィアを驚かせるために、シーツを(かぶ)ってお化けの真似をしようと言い出した。前回の落とし穴で()りたのか、その日は家の中だ。隣の続き部屋で、ソフィアが戻ってくるまで待とうということになった。ソフィアは母親と一緒に買い物に出かけたらしく、なかなか戻ってこない。待ちくたびれたニカは、いつの間にかぐっすり眠ってしまった。その寝顔は幸せそうで、すごく愛らしい。


「僕は、何か試されているのか?」


 そんな疑問を抱くほど、ニカに全く警戒されていない。女装をしているとはいえ、未来の婚約者に対してこれはいかがなものだろう? (つや)やかな黒髪と白い肌が間近にあり、彼女の小さな唇からは、安心したようなため息が出ている。


「可愛い……」


 我慢できずにおでこにキスをしたことは、ニカには内緒だ。


 他にもソフィアの人形を隠そうとしていたから、ニカのものとすり替えた。おやつのパンケーキの間にマスタードを塗っていた時は、間違えたフリをしてニカの席に置く。残さず食べるように言われたニカは、涙目だった。悪いことをしたなと思ったけれど、最初にソフィアに食べさせようとしたのはニカなので、平気な顔を貫く。

 



 そんなこんなで、ニカと過ごす全ての時間がとても楽しい。

 ニカの隣は居心地が良く、気を遣わなくていい。

 誰かといて期待されないなんて初めてだ。彼女の前では王子ではなくただの『エル』でいられる。

 まあ、女の子の恰好ではあるけれど。


 ねぇニカ、気づいている? 

 君は悪役にはなりきれない。

 ソフィアを傷つけないように、いつも注意を払っているのだから。


 本物の悪人は、いたずらする前に安全確認なんてしないよ? 

 唐辛子入りの水もマスタードをたっぷり塗ったパンケーキも、自ら辛さを調節なんてしないんだ。泥団子は大きく外したし、赤い果汁の爆弾もまずは自分にぶつけたらしい。調理場にいたサラに、掃除が大変だったと後で愚痴(ぐち)(こぼ)されたから。


 成功したらしたで、優しい君はきっと自分を責めるはず。だから僕は、()えて邪魔をした。だって、ニカの中で僕はドジな女の子の『エル』だろう?


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