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星の記憶と世界樹の枝先

 勇者一行の旅は順調に進んでいる。だが、深まった謎のせいで順調と呼べない程に、マキの心には暗雲が立ち込めていた。

 酷くムシャクシャする。何もわからない。レンは何も教えてくれない。

 「聖罰について、なんで教えてくれないの?」

 「知る、前に見て欲しいからです。」

 そんな会話を幾度繰り返したことか。

 教科書の隅に載る雑学みたいなことを話すせいで会話が長くなるマルレーン。そんな人間が、『聖罰』についてはその一切を語らなかった。

 きっとそれ程に大事な事なのだろうとは理解できる。だが、知る前に見て欲しいとは一体なんぞや?

 言葉としては理解できても、そこにどういった意図が込められているのかがまるで理解できない。

 軽く教えることすらできないのは一体何故?

 情報が足りないだけに空回りする思考のせいで、集中力も体力も余計に削ぎ落とされる。頭が酷く疲れている。

 なんで僕は、"考える事を止められない"んだ。

 不眠症であるならばきっと理解できるであろう。眠ろうとすればする程に、目が冴えて、思考が渦巻く。そんな状態が、今のマキを襲い続けていた。


 「マキ、少し休みましょう。」

 伸ばされた手を振りのけ怒鳴る。

 「うるさい!」

 言って、ハッとする。

 「ごめん。」

 罪悪感が心を苛む。

 胸が、締め付けられるような痛みに襲われた。


 思考を邪魔された事への苛立ち。ストレスばかりが溜まり続ける事への苛立ち。何も教えてくれない事への苛立ち。

 ムシャクシャする。ムシャクシャしてばっかだ。そのせいで余計にムシャクシャする。

 挙げ句狭くなった心が、すぐに怒りを顕にする。

 だが相手を責めても罪悪感が心を苛むので、両者共に傷つくだけ。

 そのせいで余計なストレスが心に伸し掛かる。

 そしたらまた苛立ちが募って、怒りを覚えやすくなって、無意識に相手を責めて、罪悪感に苛まれて。そんな負のループに、マキはどっぷり陥ってしまっていた。

 ・・・お母さんの腕の中で眠りたい。

 子供時代。暗い夜に怖い夢を見てしまった時に、お母さんのベッドに潜り込む。その時に感じる安心感。

 今のマキは、ただそれだけを求めたーーーー



 「ここ最近は特に情緒が不安定ですね。だいぶ精神を病んでいるみたいです。」

 マルレーンに代わりマキの面倒を見ていたアリーセが、部屋に戻ってきた。その顔は不満たらたらで、「別に話したって何も問題なくないですか?話さないせいで勇者様が傷つく方がよっぽど悪くないですか?」と、彼女自身もマルレーンに言いたいことがあるようだった。

 とはいえ理解している。これが必要事項であることは。だからこそ口を開きはしないのだが、しかしやはり我慢ならない。

 アリーセはじっと、マルレーンの瞳を見つめる。

 「エクサビリレを打ちますか?」

 口を開かないマルレーンに対してカルラが問う。

 「いえ、それは取っておいて下さい。イコルと併用して使用しますから。」

 マルレーンは即答した。それに対してカルラも即返す。

 「だったら話しますか?」

 カルラ自身も、不満たらたらだったらしい。表には出さないが、内面で燻っている感情をマルレーンは少し感じ取った。

 しかしそれでも、マルレーンの意思は変わらない。全ては果たすべき役目の為、と、覚悟を持った瞳で2人を見返し告げる。

 「2人とも、忘れたのですか。これは必要なことです。マキには今暫く、精神を病んでいて貰います。そして出来る限り疲弊させた状態で、聖罰を目撃し、そして打ちのめそれて欲しい。心を摩耗させる必要があるのです。」

 「それが本当に正しいことなんですか?」

 「私のことを、信じてはくれませんか?」

 「マルレーン様の事は信じております。しかしこの情報は、未知の第三者からもたらされたものでしょう?それを盲目的に信じることはどうかと思います。」

 「敵愾心満載ですね。確かに彼の者は、怪しい。ですが、何も心配いりません。彼の者は、私が最初に殺した者と繋がりを持っていると確信していますから。」

 「それこそ誘導を受けていませんか?」

 「かもしれないですね。しかしどの道、私たちはこれに頼らざるを得ない。でなければ私は、始めの一歩すら踏み出す事ができない。舞台を動かす側に立つためにも、私は彼女を信じざるを得ないのです。」

 それを言われてしまっては、もう、何一つとして言い返すことはできない。

 大聖女といえど、所詮はただの女の子。既に大きな舞台装置となってしまったこの世界においては、一介の役者でしかない。それを知る者たちであるからこそ、カルラも、アリーセも、ただマルレーンの覚悟に付き従うことにした。

 「エーリカ。貴方から何か言いたいことは無いのですか?」

 「あるとお思いですか?」

 キリッとした表情で、ハッキリとした言葉で即答され、マルレーンは少し笑ってしまった。

 「何か、可笑しかったですか?」

 「いえ、エーリカは相変わらずエーリカでしたので。」

 「悪口ですか?」

 「そうでないことくらいわかっているでしょう?」

 顔を見合わせると2人して笑い、そして立ち上がった。

 「さて、買い出しにでも行きましょうか。エーリカは私についてきて下さい。

 「かしこまりました。」

 「アリーセは引き続きマキのことをお願いします。」

 「わかってます。」

 「カルラは街の調査を。"見つけた"際は、いつも通り教会に報告を。」

 「御意に。」

 「・・・スゥゥ・・フゥゥ・・・。」

 気持ちを切り替える為にも、アリーセは一度、深呼吸を行った。そして口を開く。

 「単独行動淋しいよぉ〜。」

 カルラの心を代弁した。もちろん、アリーセの主観で、なのだが。

 「殺しますよ?」

 真顔の殺意に当てられる。が、アリーセはさらに追撃をかける。

 「今まではアリーセも一緒だったのに、勇者様にアリーセを取られちゃったぁ〜。これからは1人で調査しないとぉ〜。」

 「フン!」

 カルラのストレートパンチがアリーセの腹部にクリーンヒット。

 「オブッ?!」

 アリーセは堪らずダウン。

 「淋しいのですか?」

 マルレーンが割って入った。

 殺意に満ちていたカルラがしおれる。

 「マルレーン様まで・・やめてください。」

 これは本気の拒絶だ。

 「ごめんなさい・・・カルラに任せっきりになってしまって。」

 扉近くに居たマルレーンがカルラに近づき、その薄く輝く金色の髪をそっと撫でる。

 「ありがとう、カルラ。」

 「いえ。」

 カルラは正面を向きながらも、マルレーンからは視線を逸らす。

 「人が限られている以上仕方ありません。それにそもそも、その調査を行う為の訓練は私とアリーセしか受けておりませんので。」

 下腹部付近で自身の指をもじもじと絡め続けるカルラは、ゆっくりとマルレーンに視線を戻した。

 マルレーンはそれを受け取り、微笑む。

 「・・・そうですね。では、お願いします。帰ってきたら、一緒に寝ましょうか。」

 「ッ?!」

 カルラの頬が赤く染まり、その瞳が恥ずかしさに右往左往する。響く心音と吐き出す息が、届いてしまいそうなほどに近い距離だ。

 「・・・や、やめてください。私は、大丈夫ですので。」

 耐えきれなくなったカルラは、少し距離をあける為に下腹部で絡め続けていた指を前に押し出した。すると指がマルレーンのお腹に沈み、マルレーンは一歩下がることになった。

 「・・・カルラ。」

 お腹に沈むカルラの指を手に取り、軽く握る。それだけで、彼女の体温がしっかりと伝わってくる。

 ーーーああ・・私たちは、ちゃんと生きているーーー

 マルレーンはその事が嬉しくて、幸せで・・・だけど悲しくて、辛くてーーーー。

 心が、キツく締め付けられてしまった。

 「ありがとう・・カルラ。ありがとう・・アリーセ。ありがとう・・・エーリカ。・・・ごめんなさい。」

 軽く握っていたカルラの指が手から擦り落ち、今度はその手がマルレーンの手に覆い被さった。

 カルラが、マルレーンの手を包みこんだ。

 赤らむ頬も、右往左往する瞳もそのままだが、それでもしっかりと見つめ直して、カルラは口を開いた。

 「謝らないでください。」

 「そうですよ!」

 カルラの言葉に反応して、アリーセもマルレーンに近づく。そして重なり合った手に自身の手を重ねて、マルレーンの瞳をしっかりと捉えた。

 「私たちが付いていくと決めたんです!だから絶対に後悔だけはしないでください!ちゃんとやり切ってください!」

 「マルレーン様・・・」

 一番最初にマルレーンの付き人となったエーリカも、その輪に加わり手を重ねる。

 「せっかくの雰囲気が台無しですね。」

 「フフ・・そうですね。」

 「やめてください、エーリカ。」

 「まあカルラ。貴方が甘えん坊であることくらい私は知っておりますよ?」

 「ッ?!・・・や、やめてください。」

 「デジャブだね!」

 「うるさいアリーセ。喜ばないで。」

 「ええー!なんでー!カワイイのにー!」

 「ッッ?!・・・べ、別に可愛くなんて無くていいから。」

 「フフ・・フハ・・アハハハハ・・・・・。」

 涙の雫を瞳に浮かべるマルレーンが、久しぶりに心から笑った。

 とっても綺麗な笑顔だった。きっとキラキラとしたエフェクトが入るほどの。

 「ありがとう、カルラ、アリーセ、エーリカ。私の付き人が、貴方たちで本当に良かった。」

 そうやって喜び嬉しくなる反面、己や彼女ら行く先を思うと、やはり側に居てほしくなんてなかった、と・・・。心を締め付ける感覚が、より一層強くなってしまった。


 ーーーー扉の前。廊下の立つマキは、掴めない心臓を掴もうと必死に胸を握り締めていた。

 「僕が居なくて・・なんで楽しそう・・・。なんで・・僕をほっとくの・・・。もっと・・寄り添ってよ・・・。もっと・・近づいてよ・・・。もっと・・抱き締めてよ・・・。」

 静かに歩き、自身の部屋へと戻った。

 自分から突き放しておいて、「側に居て」って・・・何だよそれ・・・。

 僕が僕を嫌いになっていく。

 後悔する度・・罪悪感を感じる度・・怒りを覚える度。僕の心に、穴が空いていく。棘で刺されて穴が空いていく。

 辛くて痛くて苦しくて、それがダイレクトに胸を穿つ。そのせいで涙と嗚咽が勝手に漏れる。そのせいで全身に力が入って体が震えてしまう。

 

 頭の中がグチャグチャに掻き乱されてしまった。そうなったらもう、まともに思考なんてできない。

 悪い事とか正しい事が全部どうでもよくなって、僕はただ、深い深い沼底へと沈んでいってしまった。

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