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老人と胸の高鳴り

 まだ中間地点までは辿り着いていないけど、それでも街々を超えだいぶ進んだ。だがその道中、どこもかしこも、マキに向けられる視線は罪悪感の塊ばかりだった。皆々が言葉なく「申し訳ない」「ごめんなさい」と口にしているようだった。

 「ねぇ、レン。なんで皆、僕を見る目があんななの?僕、何かした?なんで・・・もっと喜んでくれるものだって思ってたのに。」

 同じような視線ばかりに当てられ、マキの心も少しセンチメンタルになっていた。

 「この世界の問題を、マキに押し付けているんですよ。それを申し訳なく感じてしまうことは当然です。」

 「そっか。・・・そうだね。」

 「とは言えそれも結局は、責任逃れの為の口実ですよ。くだらない。そんなだから誰一人として未だに救われない。」

 マルレーンが酷く苛つきながら吐き捨てたその言葉に、マキは返す言葉を何一つとして思いつかなかった。

 「すみません、マキ。つい。」

 言いながら、マルレーンは正面から顔を反らす。その方向は、マキとは反対側だった。

 それに対してマキは、一度マルレーンに視線をやってから正面に向き直る。

 「いいよ。レンが怒ることなんて滅多にないし、その怒りが誰かの為を想っての怒りだってことはよく知ってるから。」

 マキは握ったマルレーンの手を、軽くニギニギした。

 「ありがとう、マキ。」

 マルレーンが向き直り、マキに視線を向けた。そして微笑みながら告げる。

 「私の勇者様がマキで本当に良かった。」

 「そう?」

 マキも笑顔で応えた。

 「ええ。マキと一緒なら、夢も叶いそうです。一緒に世界を救いましょうね。」

 「うん!」

 ホンワカとした空気が2人を包む。次第に腕を振る角度が大きくなっていった。

 やがて退魔組合に辿り着き、次なる依頼を受けようと受付場へと向かった。そしてマキはここで初めて、周囲に見えないようにペンダントを首から取って、それを受付場の上に置いた。

 「僕ちょっと誰かと話してくる。」

 何となく、そういう気分になった。勇者ではなく、一人の少女として誰かと話してみたくなった。次いでに勇者のことも聞けたらなんて考えた。

 「カルラ、ここは頼みます。」

 「わかりました。」

 マルレーンがマキの後ろを追った。

 「ねぇおじさん。」

 「オラァおじさんじゃねえ!お兄さんだぞコラ!」

 「あ、ごめん。」

 老けに老けた見た目の人に話しかけたのだが、どうやらまだ若かったみたいだ。

 「その毛量とシワの数でお兄さんとは・・・」

 マルレーンが鼻で笑う。

 「流石に無理がありますね。」

 「なんだとテメェ!やんのかあぁ!!!」

 「落ち着いて!」

 「ガキは黙ってろ!」

 「おい、ハーゲン。少しは冷静になれ。そんな短気では戦場でも直ぐに死ぬぞ。」

 ハーゲン、と呼ばれた男の正面に座っている貫禄ある男が、酒を片手にその場を諌める。

 「お嬢さん方、すまないな。ただ、初対面で相手を煽ることはよろしくない。そこは自重してくれ。」

 「申し訳ありません。少し侮蔑的な視線を向けられたものですから。」

 「それは申し訳なかった。こいつはまだ若手でな。どうしても見た目で人を判断してしまうらしい。許してやってくれ。」

 「どうしますか、マキ。」

 「え?」

 「この男は、マキが少女だからと見下したのですよ。如何なることがあろうとも、それは」

 「いい、いいから。」

 勇者という単語が出そうになったので話を遮る。

 「別にいいよそれくらい。」

 マルレーンという人間は、どうやら人間という生き物を酷く嫌っているらしい。だからこそ直ぐに敵意を向ける。

 「ごめん、僕は話したいんだ。」

 「勇者様が私のような人間とですかな?」

 貫禄ある男が口にした言葉に、マキ含めその場にいた全員が驚いた。

 「ゆ、勇者様だったのか。すまない。俺が悪かったよ。」

 ずっと前のめりだったハーゲンが萎縮し座ってしまった。

 「なんで僕が勇者ってわかったの?」

 「先代様と話したことがありましてな。それに少女という見た目でありながら、畏怖すべきその雰囲気を感じ取り、これ只者でなく、唯一該当するとなれば勇者であろうと勘繰ったまでですよ。」

 「つまり当てずっぽう?」

 「とも言いますな。が、貴方がたの反応を見るにこれ、真実たるやとお見受けする。」

 貫禄ある男が立ち上がり、腰を深々と下げる。

 「お初にお目にかかります、今代勇者様。私はミラー・フューリィという名を持つ、ただの老人でございます。」

 「素晴らしい御仁なのですね。先代勇者様の時代から生きておられたということは、ご高齢のはず。しかし此処に居るということは、つまり未だ現役であると。よく、生き永らえてこれましたね。今日という日まで。」

 見下しながらマルレーンが相手を褒めた。それほどの力がありながら、何故今まで行動を起こさなかったのかと責め立てる。

 「はっはっはっ。過去の栄光は遠い彼方に。今は只、若年を鍛える老兵に過ぎずですよ。」

 老人は真実を知りながらもどこ吹く風と話を反らし、軽く受け流すだけだった。が、それでも隠しきれないほどの後悔の念が、その胸から溢れ出しているのを感じる。

 マキは息を呑んだ。その貫禄ある姿よりもさらに重くのしかかる姿に、圧倒された。

 「フューリィさんは本物だよ。未だに組合の上位に君臨している。」

 ずっと黙って下を向いていたハーゲンが、下を向いたまま口を挟んだ。しかしフューリィとマルレーンはそれを無視する。というか、既に互いに理解していることなので。そしてこのフューリィという男が強者であることくらい、マキであってもその身で感じ取れた。

 「勇者様。組合の裏手で少し話しませんかな?」

 老人に誘われ、マキは頷いた。

 「私も同行します。」

 「ええ、もちろんですとも。大聖女たる者よ。貴方の役目、しかと理解しておりますよ。」

 マルレーンは不快な顔をしながらも、言葉を返すことはなかった。

 その後フューリィの説明を受けた組合スタッフが、マキ、マルレーン、フューリィの3人を組合の裏手に案内。そして小綺麗に整理された上客用の部屋をあてがわれた。

 「それで、話とはなんですか?」

 マキを横においてマルレーンがその場を仕切る。

 「その前に聞いておきたきかな、大聖女たる者よ。」

 威圧たっぷりの眼光がマルレーンの瞳を捉える。

 「ぬしは繰り返すか?その役目を果たさんと欲すか?」

 「その答えを知りたくば、まずは貴方がお答えになるべきでは?」

 話の根幹となっている部分を全く知らないが故に、マキは2人の会話内容がまるで理解できなかった。だからどちらかが話す度に、その方向へと視線を向けるしかできなかった。

 「ミラー・フューリィ。貴方が抱えるその自責の念は、まごうこと無きと誓えますか?人類救済の為、己が全てを捧げる覚悟がありますか?」

 「当然だ。」

 フューリィの声が低くなり、一段と場の空気が重苦しくなる。

 「この命が永遠となれば、その全てをして人類の為尽くそう。」

 「では問いましょう。ミラー・フューリィ。貴方はどこまでご存知なのですか?」

 「これなんと恐ろしきことか。非常に怖い賭けですな。しかしそうですな。もし貴方がオルマラ教の大聖女たる責務を全うするものであれば、私は火刑に処されることでしょう。」

 「なるほど。わかりやすい答えですね。」

 マルレーンが楽しそうに微笑んだ。

 「よいでしょう。では、告げましょう。私は役目を全うします。」

 「うむ・・・。」

 フューリィが悲しく俯いた。だがそれとは相反するようにして、マルレーンが両手を広げる。

 「さりとて、果たすべきは"開放の歌"。"私が目指す人類の救済"は、ここにおわす"勇者様と共に"。」

 「おお!おお!なんと嬉しき響きかな!開放ですか!開放ですか!ようやく我が無念を晴らせる時が来たのですか!」

 椅子が倒れる程の勢いでフューリィが立ち上がり、その両手で自身の顔を覆い隠す。

 「これなんと喜ばしきこと!これなんと喜ばしきこと!!」

 遠い昔に枯れてしまった瞳が潤いを取り戻し、零れた涙がフューリィの頬を流れ落ちた。

 「ミラー・フューリィ。喜ぶのは構いませんが、実行はまだ先の話。それまでに命尽きる可能性は大いにあるご年齢でしょう。」

 その言葉にフューリィがマルレーンに向き直る。涙に濡れながらも眩しいほどの輝きを取り戻した瞳が、マルレーンの顔をしっかりと捉えた。

 「年齢なぞ気にはせぬで!儂はまだ生きておるで!後十年くらいは余裕で過ごせるでな!」

 フューリィは筋肉ポーズを決めながら、まだまだ長生きするわいと宣言した。

 「それはそれは。」

 この人さっきまでの威圧感が消えて、急にテンションが高くなったな。うん、さっきからちょっとテンションが高い。言葉の意味は分からないけど、喜んでるのがわかる。ただ年齢が年齢だから、高血圧には気をつけてね。

 「では、時が来た日にまた。」

 「あいわかった!吉報をお待ちしておりますぞ!真なる聖女たる者よ!」

 マルレーンがマキの手首を掴み、その場を後にしようとした。が、マキは止まり振り返る。

 「ちょっと待って!フューリィ!貴方は僕に何か話そうとしてなかった?」

 「おお、そう言えばそうであったな。心の高鳴り故、忘れておった。」

 「聖罰のことですか?」

 「おお。その通りである。此度の聖域は既に選定され申した。ならばこれ、今代の勇者様に是非見て知ってもらいたい。そう思ってな。しかし、真なる聖女たる者が側にられるのならば、とやかく口は挟むまいて。」

 「いえ、ありがとうございます。どの道途中で寄るつもりではありましたから。」

 「ふむ。ならば勇者よ。しかとその目で見届けてくれ。我らが罪、我らが無辜。」

 「うん?」

 「行きましょう、マキ。」

 「ではまた。可憐なる勇者と覚悟を決めし者よ。また、会おう。我々は何時までも待っておるぞ。」

 優しさが溢れながらも、一目見て獰猛であるとわかる表情が、マキとマルレーンに向けられた。それを背後に、2人は受付場へと戻っていった。

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