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勇者征伐物語

 「きり〜つ、きょーつけ。れい。」

 「「さようなら。」」

 「はい、さようなら。」

 午後のホームルームが終わり、何処からともなくガヤガヤとした雑音が教室を埋める。

 黒いモヤが忙しなく入り混じり、その中のいくつかが教室から外へと出ていく。残りのみなも帰路につく。

 黒いモヤは、人間を模している。しかし彼らは喋らない。また匂いも無く、音も発さず、そして触れたところで感触が伝わってくることもない。

 こんな歪いびつな世界の中で、彼女は変わらない日常を過ごしていた。

 彼女は人間だ。この世界で唯一人間の姿形すがたかたちを保っている人間。声も出せるし感触もある。そんな彼女の視界にも、黒いモヤは映っている。されど世界の主たる彼女自身の瞳は、それらを人間として知覚している。また言葉を発し、触れ合うこともできると・・・彼女はそう信じ切っている。疑うということをまずできないから。それがこの世界の法則なのだ。

 しかし外部からの刺激によって万に一つでも法則を破ることができたのなら、きっと彼女もこの世界が何であるかを思い出せることだろう。

 世界の創造者たる者は想像のままに世界を書き換える。しかしそれ故に、世界の外へと抜け出す力を奪われてしまう。なにせ世界の外を望んでも、それでは世界を書き換え世界の外を創造することにしか繋がらないのだから。

 全ては自らが望んだ内側の出来事でしかない。想像力に創造性という力を与えられ理想郷を思い描いてしまった時点で、そこに囚われることしかできない運命へと陥ってしまうのだ。

 ・・・その筈だった。しかし世界を動かす歯車が軋んだ音を鳴らし、それはやがて彼女の世界に崩壊を告げる喇叭の音色となった。

 彼女は自らが主である事を忘れ、しかし自覚無きままに世界を書き換え続け。そんな日々を過ごしていたある日のこと。唐突にして、彼女の視界を輝かしい光が埋め尽くす。瞬間、掃除機で吸い上げられるような感覚に襲われる。


 「僕はゴミじゃないぞ!」


 彼女・・・オダ・マキという名を持つ彼女もそう呟いた。しかし次に目を開いた瞬間、マキの思考は驚愕に支配された。

 ナニコレ。

 まず一つ目。今まで自分がいた世界が長い長い"夢"の中であったことに気が付いた。

 次に二つ目。ザ・異世界召喚・・・と言わんばかり状況に投げ出された。

 そして三つ目。名前と年齢以外の自身に関する情報、及びその他人物に関する一切の情報に霧が立ち込め思い出せない状態に陥った。確かに存在したはずの自分と、自分が存在したであろうコミュニティ。家族間であったり友達間であったり。それら全てを、彼女は何一つとして思い出せなかった。

 驚愕し、混乱。「ちょっと考える時間をくれない?」そう言いたげな少年?の表情を覗き込みながら、ひとりの老人が声を出す。

 「勇者様じゃ!成功じゃ!成功したぞぉぉぉ!!」

 老人が少年?を指さし、そして両手でガッツポーズを決めた。派手に。

 僕が・・勇者!!!

 若干舞い上がった。が、すぐに落ち着く。

 この状況・・・流石に説明が欲しい。整理もしたい。

 いくら異世界召喚というジャンルを見知っているとしても、それが現実となるならば話は別だ。容易に受け入れることなど・・しがたい?

 「おお勇者様!我らの救世主よ!どうか何卒!"この世界"を救ってはくれぬかぁぁ!!!」

 唾が跳ぶ。

 汚い。というか・・・

 「いやあのその前に状況説明を・・・。」

 「おお!そうであったな。失敬失敬。年甲斐もなくついはしゃいでしまったわ。いやしかし休息も必要であろう。まずは部屋へと案内させる。そこで話を聞くと良い。」

 少年?に歩み寄った老人が肩に手を寄せ誘導する。

 「マルレーン。後は任せる。」

 少年?を受け取った女性が一礼し、少年?は大広間を後にした。

 「あの、何処へ?」

 「部屋です。勇者様専用の。と、言ってもそう長く滞在するわけでは有りませんがね。」

 「あ、ふ~ん。」

 どうせこの王城はすぐに旅立つ事になると・・・つまりはそう言っているのだろうか。まあ仮にというか多分大方魔王討伐が僕の役目なんだろうから、旅に出ることはほぼ確定と見て良いと思う。つまり、そうか。長居はできないんだ。だとしたら訓練とか大丈夫なのかな。僕動ける?いや勇者として呼ばれている以上はそういった技量とかの部分に補正とかが入ってくれているはずで・・・。うん。信じるしかない。

 「着きました。こちらです。」

 開かれた扉の中は、それはもう豪華だった。

 うん。キラキラしてる。

 「では、どうされますか?休まれます?それとも現在の状況などについての話をしましょうか?」

 「あ〜・・・説明を。」

 どのみち休もうにも気になって休めそうにないし。

 「かしこまりました。では、まずは自己紹介から。私はマルレーン・アルベルタ。オルマラ教の聖女であり、今代勇者様の付き人に選ばれた者です。」

 「付き人?ってことは旅の仲間?」

 「・・・はい。」

 「他にもいる?」

 「はい。以下3名、アリーセ・リラ。カルラ・ヴァイス。エーリカ・ロートが加わった計5名での旅となります。」

 「へ〜・・・、あ、今代っていうことはつまり先代もいるの?」

 「はい、もちろん。」

 「そうなんだ・・・あ、続けて。」

 「現在地はフォルヴィンク帝国の首都、アウダキア。その中心に位置する王城内です。そして私たちが目指すべきは現在地から見て西に位置する島国です。勇者様、貴方様には此処に鎮座する魔王の処刑を執行していただきたい。」

 「処刑?討伐とかでなくて?」

 妙な言い方に口が開いた。

 「はい、処刑です。とは言いつつ彼の者も抵抗してくるので、まあ討伐と何ら変わりありませんね。あくまで昔の名残と言いますか・・・まあ文献にはそう記されてありましたので。」

 「そっか。特に意味とかはないんだ。」

 「はい。・・・・では魔王の特性、何故勇者様に頼らざるを得ないのかという説明を・・・します?」

 「ん?しない方がいいの?」

 「いえ、ここからは長くなりますのでやっぱり休憩した方がいいかなと・・・あとそれにこれは魔王と戦う直前でもいいので。」

 「ああそういう。なら・・・ん〜・・話して・・欲しい?かな。なんかあんまし眠たくないし、疲れてもないし、もうちょといろいろ知っておきたいし。それに今はなんか・・・頭を空っぽにしたくない。」

 今のマキは、自身の名前や年齢以外の人物に関する記憶が無い。それはまるで生きる上で必要な心の大切な一部を無くしてしまったようで、つまり虚しくて寂しくて怖くて辛い。何の為に・・誰の為に生き、何を願い、何を求め、何を成していけばいいのかが分からない状態。自分の価値が、存在意義が消えてしまったような気分。挙げ句今の自分ではそこから抜け出すこともできず、結果死んでしまう事が救いであるかのように感じてしまった。だからこそ、こんなネガティブを宇宙の彼方にまで吹き飛ばしてくれるような情報の波を求めた。

 「かしこまりました。では、魔王の特性とその内容に関する補足次項について話していきましょう。もし質問があれば、話を遮ってもらって構いません。要所要所をしっかりと知っておいたほうが良いかと思いますので。ただ私たちも全てを知っているわけではないので、あくまでもこちらの知識が及ぶ範囲までの回答となってしまいますが、そこはご容赦を。」

 「了解。」

 「では、まずは瘴気の説明からしましょう。」

 「瘴気・・・。」

 いきなり魔王じゃない。・・まあいいか。必要なんだろう。

 「瘴気とは言葉の通り、悪い空気と捉えてもらって構いません。これを現生生物が取り込むと、体内が侵食され肉体の変質と狂暴化を引き起こします。」

 「それってやっぱ取り込んだ瘴気の量によって変わってくる系?」

 「はいそうですね。原理の詳細は私どもでもわかりかねますが、主な変質として肉体を異常発達させるそうです。」

 「異常発達・・・。」

 「ドーピングで筋肉を倍増してみた!的な感じです。」

 「おお。筋肉ダルマみたいになるのか。」

 「まあ概ね・・はい、そうですね。ある程度までは筋肉筋肉した見た目です。」

 「ある程度まで?」

 「これは後にしましょう。今は関係ありませんので話の続きで。」

 「ああうん。ごめん。」

 「いえ、知識欲は宝の鍵を見つける為の地図です。これを放り捨て無知を謳歌する幸せ者よか、私はずっと好きですよ。勇者様のようなお人。」

 「ありがと。うん。僕も・・・・僕も・・・・。僕も無知を謳歌する人間が嫌いなんだと思う。」

 「物事の道理も考えないでただ目前の正義と悪に酔いしれる、自分の言う事は絶対マン。そんなところですか?」

 「・・・そこまで深く考えたことは・・・なかったのかも。でもただ漠然と、何ていうか不快感って言うのかな・・・。何でか分からないけど、でもどうしても"赦せない"って気持ちが湧いてくる。」

 「魂に刻まれた怒り・・・なのでしょう。」

 ・・・大嫌いで、赦せない。・・・何故?・・・わからない。わかるわけがない。僕はその理由を思い出せないのだから。

 平静であるにも関わらず、憤怒の炎が全身を煮え滾らせる。奴等を殺せと、誰かが耳元で囁きかけてくる。聴こえもしない声が、マキの脳内を廻り続けている。

 握られた拳が震え始める。

 ・・・これは・・・本当に僕の怒りか?・・・不快だ。まるで僕じゃない誰かが僕の中に居るみたいで。・・・気持ちが悪い。吐き気がする。消えて欲しい。

 『僕は僕でしか無い』と理解しているマキだが、しかし自己の喪失や空虚な心の状態が結果的に魂の怒りとかいうやつを後押しする。

 涙が一つ、零れ落ちた。噛み締めた歯が、酷い耳鳴りを生む。耳鳴りが雑音に重なり、幻聴が引き起こされた。マキはその声を確かに聴いた。

 「僕の在り方を僕じゃない奴が定義するな!黙れ!僕を犯すな!僕を奪うな!僕には僕の!!僕の!!!・・・僕はオダ・マキだ・・・。ちゃんと名前があって・・過去があって・・お母さんもお父さんも友達もいて・・・僕には僕の人生があるんだ。だから奪わないで・・・。掻き消さないで・・・。」

 マキの背中から、マルレーンはそっと抱き寄る。そこに言葉は無く、ただ"贖罪の意を込めた覚悟"と共に・・・マルレーンは抱き締めた手で、マキの目元を"世界"から閉ざした。

 


 「・・・・人類含め、知的生命体は全て無知である。」

 眠りについたマキを膝に。その頭をゆっくりと撫でながら、マルレーンは独り言のようにそれを呟く。

 「私たちは知識を持つが故に疑問が生じ、疑問に答えを出そうともまたそこに新たな疑問を孕んでしまう。突き詰めればその行為に際限は無く、故にこそ此処に循環の渦は成る。全知を騙る者は知識への探求を止めた怠け者・・・謂わば知性を無くした猿でしか無く、即ち真なる神と呼ぶべき全知全能者は何処にも存在しないと言えよう。だからこそ、私は思う。人類含め知的生命体は全て未だに無知者のままであると。付け加えてだからこそ、私は考える。探求を・・・"考えるという行為"を、決して辞めてはいけないと。」

 暗闇に包まれた部屋の中へ、一筋の月明かりが窓辺に差し込む。その先を、マルレーンは微笑みながらも悲しそうな表情で眺めた。

 そこにあるのは小さな花だ。遠い遠い地・・・聖女が訓練を積むための秘密の島で見つけた花。マルレーンが大切にしている花。過去の文献によると、『祈り』や『いつまでも一緒に』という意味を持っているらしい。これはそれを知った妹が摘んでプレゼントしてくれた花だ。だから大事にしようと決めた。

 とは言え初めてのガーデニング。併せお世話の仕方は過去の文献を漁る他無かった。そしてなりより、マルレーンは忙しかった。だからもちろん、何度も枯らした。でも付き添ってくれるメイドたちの手も借り、完全に枯れる前に何度も復活させることに成功した。正直言って奇跡だ。マルレーン自身も幾度となく驚かされた。もうダメだと思って・・・それでも妹がくれた物だからと必死にお世話を続けて続けて続けて続けて。その行為はかつての自分に対する皮肉であり、同時に現在の自分対する応援でもあるかのような気がした。

 その日、マルレーンはお世話を手伝ってくれた皆に感謝した。ここまで頑張れた自分に感謝した。ずっと見守ってくれている妹に感謝した。そして・・だから"世界"を嫌った。人間を嫌った。運命を嫌った。罪を嫌った。赦しを嫌った。そうやって全てを嫌いになって・・・だからぶち壊してやろうと思った。嫌いなものも、縛るものも全て。それこそが自分の果たすべき責務と理解したから。

 「・・・私の言った無知を謳歌する者たち。それは、考えるという行為を辞め目の前の幸福に浸り続けることを選択した者たちの事だ。こいつらは猿以下だ。人間たる象徴を捨て欲に浸る、まさに醜悪で下劣で愚鈍な人間の象徴。こんな奴等が蔓延るから、世界は何時だって腐っている。なのにこの光は、こんなにも美しい。私が見た"世界"は、こんなにも輝いている。だけどもこの光に誘われ誘われてはいけない。この光を我が手中に収めるくらいの気概でなくてはならない。腐った世界に呑まれること無く、美しく輝く誘蛾灯に誘われること無く、私は私の果たすべき責務を必ず・・・・・ああ・・人類が残した赦されざる罪過に贖罪を。人が人に課した神罰に終焉を。世界から吐き捨てられた生贄たちに救いの手を。私は聖女である。罪を払い、人を救う聖女である。この身に産まれたことが偶然であろうとも、今日こんにちに至る歴史の因果を託されたのならば、私は行こう。決して止まること無く、進み続けよう。果たすべき責務を全うするまで。この身が完全に朽ち果てるその時まで。」

 暗闇に立つ三人のメイドは、腰を落としながらスカート部分を軽く持ち上げ、静かに頭を下げた。

 「ありがとう。アリーセ。カルラ。エーリカ。しかしついてくると言うのならば、それ相応の必然が貴方たちを呑み込んでしまうことでしょう。」

 貴方たちでは力不足。故に、死ぬぞと。

 「よいのですね?」

 三人はただ同じ動作を取るだけだった。

 「そうですか。・・・・ありがとう。」

 実際問題、その覚悟の真偽はその時になって初めて明かされるものだ。それでも今この場において三人は、己が命を主たるマルレーンに渡すことを躊躇うことは無かった。



 「んみゅ・・・。」

 寝ぼけたマキが目の前の抱き枕にしがみつく。

 瞬間、これは高級品だぁ〜・・・と、夢の中で充足感に駆られていた。もっと沈み込みたいと思った。

 「ちょっと強すぎるかもしれません、勇者様。」

 「んみぇ?」

 ギチギチと音がする・・・ような気がする。

 「ふぅ。」

 結構強めの締め付けから解放されたマルレーンが安堵の息を吐く。

 「んみぁぁ?」

 マキはまだ寝ぼけている。マルレーンはその姿を可愛いと思った。もしかしたら、今はまだ遠く会えない妹を思い出したのかもしれない。今度はマルレーンが力強く抱き締めた。

 「んもぉッ?!もッ!・・・んもッ・・・もッ・・・・もご・・・・ご・・・・ご・・・・。」

 マキが苦悶の声を上げる中、今度はマルレーンが充足に満ちた顔をしていた。

 「・・・・あっ。・・・勇者様?・・・勇者様?!!も!申し訳!!!あぁぁぁ!!!!!」



 少しいろいろ遭ったが、昨日は結局お風呂に入らず仕舞いだったマキとマルレーンが共に湯浴みを行い、肌だったり髪だったりのケアを行っていた。

 「表に立つ者として!肌が綺麗であることは人により好印象を与える!!!即ち!!保湿は命!!!!この程度のケアすら怠る者に表に立つ資格はぁ無し!!!!」

 「そんなに?」

 「ええ、ええ。ええもちろんですとも。特に私は国のお偉い様方に幾度となく会わざるを得ませんでしたから、肌が綺麗であればそれ相応のケアぁを行っている証拠となり!この程度の些細な事柄を怠る堕落者で無いこと証明になります!さ!ら!に!王ぉ妃が在席する場において王ぉ妃よりも綺麗な肌を見せつけますと、それはもうビックリするくらいの嫉妬と羨望の眼差しが飛んでくるのです!」

 なんかノッてる。・・・楽しかったのかな、マウント取るの。きっと王妃様の前でも満面の笑みを向けてたんだろう。・・・いや、逆に真顔もあり得る?その程度・・私は気にしてマセンノヨ!・・的な。

 威勢の良いマルレーンは裸のまま手の甲を口横に当て、オホホホホという効果音を乗せながら話を続けた。

 「その若さでその程度ですか。ワタクシが貴方くらいの時はもっとキレイでしたワヨ!!でも最近はねぇ〜・・どぉぉぉぉしても年のせいでねぇぇぇぇぇ。因みに貴方はどういったケアをシテルンデスッノッ?・・・という感じにですね、ええ。」

 「でもこれ・・・これからも続けるの?」

 「ほえ?」

 「いや、旅をするんでしょ。荷物とか嵩張らないかな。」

 「・・・・・大丈夫ですよ。最低限、しか入れませんので。それにある程度は市場で拾えます。」

 「そうなの?」

 「はい。保湿用品の需要は永遠!ですから。国が管理しちゃんと業者が卸してくれてます。」

 「へぇ〜・・・。」

 そういえばだけどこの世界の時代設定どれくらいなんだろ。・・・取り敢えずお風呂やトイレは水洗式だった。また城内も綺麗。ハエとか見かけないし、ネズミが溢れて大規模なウイルス感染が起こることも無さそう。・・・城下町に降りると一気に変わるかもしれないからまだ決めつけられないけど、でも保湿用品が市場に出回ってるって聞くだけでもだいぶ清潔にはされてそうな予感。だって城下町の人たちですらそういったケアに敏感なんだ。これで逆に不衛生だったら「意味ないじゃんッ!!」ってツッコミ入れていいくらいだもんね。・・・いいよね?大丈夫だよね?・・・ってこんなこと気になるなんて僕も意外と潔癖なのか?確かに水洗式であったことに胸を撫で下ろしたけど。・・・・いや、だとしたらこれからの旅大丈夫か?・・・いやいや水洗式に喜んだのは現代に慣れていたから。別に潔癖って訳では無い・・・はず。・・・・まさかこんなところで不安要素が生まれてしまうとは・・・・。

 


 「えーそれでは、昨日、途中で止まってしまっていた話の続きにでも参ります?それとも体を動かしますか?」

 昨日・・・昨日。

 「何話してたっけ。」

 「えっとーーそうですね。まず現在地を話しましてーーー次に魔王に関するいろいろ・・・瘴気の話を・・・ああ筋肉だるま。」

 「・・・ああ・・・そういや結局脱線しちゃってたね、昨日。」

 「そうでしたね、つい・・・いえ。今は良いでしょう。取り敢えず続きですね。瘴気による影響は肉体のみに留まらず、というか肉体強化だけならば強くなった動物でしかないのです。」

 確かにその通りだ。

 「しかし瘴気はこれに加え精神にも作用し、自意識の狂暴化・・・より暴力的な思考となり、同種他種構わず瘴気に侵されていない肉を求めて彷徨い始めてしまいます。」

 肉を求めて・・・

 「つまり他生物を食うって解釈でいいの?」

 「それが主ですね。あとは繁殖目的の行動も見られます。ただ瘴気に侵された生物・・・我々はこれを魔物と呼んでいるんですが、」

 「魔物ね。了解。」

 「はい、この魔物が子孫を残した例は現在まで確認できていませんね。あくまでも現生生物が瘴気を取り込むことによってのみ魔物は発生している模様です。」

 「へ〜。」

 「一応人工的に生み出された異生物『キメラ』も魔物として分類されてはいますが、こちらに関してはそもそも生物として成り立つ種の数が少なく、また子孫繁栄も困難な状況下ですので特に気にしなくて大丈夫です。そもそもキメラは人間に危害を加えますが魔物としてみるなら余りにも無害ですので。」

 「それじゃあキメラについてはまた今度?ってことでもいい?」

 「はいもちろん。たくさん聞かせてあげましょう。」

 ちょっとだけ嬉しそうな声色になった。

 こういった話好きなのかなマルレーンさん。

 「では話を戻しまして、狂暴化した現生生物・・・魔物は、瘴気の吸収量に併せて肉体の異常発達が加速。結果最終的に異形となる種が大半です。」

 あれ、これ昨日逸れるっていってたやつじゃ・・・。結構早くに出たな。まあいいか。

 「つまり異形種に分類されるこれらは、魔物としての格も高く、より危険な生物群と成っているということです。」

 「異常発達ってどれくらい強くなるの?」

 「そうですね、言ってしまえば猫がライオンなみの腕力を手に入れるみたいな感じですね。」

 「おうふ。引っかかれたらただじゃ済まされないね。」

 「はいもちろん、爪も長く鋭くなったりしてますので引っかかれたら一撃でお陀仏ですね。」

 「怖い・・・見分けって簡単につく?」

 「ある程度は・・といか言いようがありませんね。瘴気保有量が少なければ大した変化も現れないまま狂暴化しますから。ただ基本的に、現生生物でも危険とされる大型で獰猛な獣は街に入れさせておりませんので。それに愛玩動物として親しまれる小型の獣らであれば皆異形種としての見分けがつくまでは一撃死亡という状況に持ち込まれにくいので。」

 「いやでも・・・。」

 「そうですね。実際に起こり得たこんな事件があります。とある商人が野原で一休みしていたところに、一匹の猫がやってきました。どうやら猫は商人が運んでいた荷物が気になったようです。実際商人は薬にする為のマタタビ運んでいた途中であり、それ故にこのような事態も仕方がないと割り切り、少量のマタタビを猫にやって遊んでいました。ひとしきり遊んでふと森に目をやると、そこに浮かぶいくつもの視線。マタタビの匂いに釣られた猫たちがぞろぞろと押し寄せてくるのです。猫好きの商人はたまらず歓喜。自信の腹に少量のマタタビを振り野原に寝転んだのです。」

 「ちょっと待って。」

 「はい、どうされました?」

 「いや、先の展開・・なんとなくわかったよ。」

 「あら。」

 「つまりそこに狂暴化した猫が現れたってことでしょ。」

 「ええその通りですね。肉付きの良い商人はそれはもうじっくりと・・・」

 「ちょちょちょちょいぃ!いい・・いいからもう!」

 「・・・・ちなみに魔物の体内には結晶が存在しており、これを魔核と呼びます。そしてこの魔核を滅魔連合に属する特定の組合に持っていけばお金になるんですよ。」

 「へぇ〜。」

 「勇者様も此処を発てばまずは退魔組合に寄って退魔師となりますので。・・・旅がてらに路銀集めですよ?」

 「あ、うん。・・・うん?お金、少ないの?」

 「いえ、お金に苦労することはありませんね。」

 「じゃあなんで・・・」

 「旅の楽しみ・・的なやつです?」

 「・・・そうだね。うん。というか話・・だいぶ逸れてない?」

 「ああぁ・・・すみません。こう、楽しいので。話すの。」

 「うん、わかるよ。・・・うん、ほんとに・・楽しいね。」

 「すみません。では話を戻しまして・・・・えぇ・・・組合・・魔核・・魔物・・・魔物についてはこれくらいで良いですか。つまりは瘴気を取り込み変質し狂暴化した異生物ということです。で、この原因たる瘴気ですが、これが魔王発生に併せ急増するんです。」

 「つまり魔物大量発生?」

 「はいその通りです。瘴気は地中から吹き出し、やがて溜まり場となった地点に澱みを作る。空気中という大海原に流れ出た泥、でしょうか。大地に沈殿した泥は周囲一帯を取り込む瘴気の領域となります。ここに生物が入り込むことが主な魔物の発生源ですね。あとは瘴気噴出口で直接浴びたり、大地を漂っている最中の瘴気群に呑まれたりと・・・まだまだ調査途中ですので全てを見知ったわけではないですが、まあ大体はこの3つが要因でしょう。それにとは言え瘴気が魔物発生源であることに変わりはないので、これさえどうにかできれば魔物も発生しなくなるのです、が・・・。」

 「それが魔王討伐?」

 「あ、いえ。別に魔王は居なくとも瘴気は発生しますね。あくまで瘴気の総量が増減するだけです。」

 「あ、うん。そっか。そうだよね。」

 「・・・瘴気の発生は謂わば放屁。」

 「ん?」

 「即ち魔王とはクソ・・・」

 「ちょちょちょぉぉい!」

 「はい?」

 「いや、だめだよ。そんな汚い・・・汚い・・・。」

 「・・・そうですね。すみません。価値観は人それぞれ・・ですもんね。」

 「え・・マルレーンさん・・・そんな・・・。」

 「え?あ、いえ、ちょっと待ってください!流石に現物は無理ですよ?」

 「・・・・なんで・・現物・・・?」

 「冗談です。普段からこんなこと喋ったりしてませんよ。ただ今日は少し冒険してみたくなったので。」

 「いやだからって・・・。」

 「しかしこれでまた一つ、勇者様との距離が縮んだような気もします。」

 「いや・・・まあそうかもだけど・・・でもこんな話題で縮まる距離って・・・。」

 「私は親しみやすいですか?」

 「・・・うんまぁ、一緒に旅する仲間としては嬉しい、かな。口下手な人とはやりにくいし。」

 「そうですね。分かりますよ。人は言葉を解することでしか想いを伝えられない生き物なのに、なんで一部の人間は言語を発することを躊躇うのか・・・。」

 「その人たちにもきっと理由があるんだよ。僕の友達にだって・・・・・・・・多分、居た気がするし・・・。」

 言いながら目を逸らしてしまった。記憶がない以上、嘘が真かがわからないから。

 「勇者様のご友人ですか。それはまた・・・・いつかお会いしましょう。」

 「会うの?マルレーン・・さん・・・あ、ごめん。僕、織田おだ 真希まき。名前、言ってなかった。」

 「・・・そうでしたね。とは言いつつ私は勇者様と・・・・いえ、ここからはマキ様と呼ばせていただきます。」

 「呼び捨てでいいよ。」

 「いえ流石に我々の救世主を呼び捨てなどしてしまえば私の品位が問われてしまいますので。」

 「おっとそれは・・・。」

 「しかしどの道私たちは此処を発つ身。せめて他者の視線がない場所では、マキ、と・・呼ばせていただきます。」

 「いいね。ありがと。じゃあ僕は・・・なんて呼べば良い?」

 「レン・・・もしくはお姉ちゃんと。」

 「・・・レンで。そういえばだれどレンは年いくつなの?なんか全然若そうにしか見えないんだけど。」

 「十九です。」

 「おお!三歳差!僕十六!!」

 「お若い。それに聡明ですね。」

 「そう?」

 「本心五割、お世辞五割です。」

 「ありがと。そういうレンは随分と大人びてる。」

 「当然ですね。人生経験においては同年代の二倍くらい生きた気でいますから。」

 「じゃあ凄く長生きした気分になれるね。」

 「・・・そうですね。」

 マルレーンは、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 「大丈夫?」

 「ええ。いつか、話しましょう。」

 「秘密事?」

 「はい。私の過去という名の宝物です。」

 「わかった。待ってる。」

 「はい、いつか・・必ず。そしてその時はマキの過去も・・・」

 マルレーンは少し俯き、優しい表情で胸に手を置きながら呟く。

 「・・・マキの過去も、一緒に話しましょう。」

 「・・・・うん。いつか、思い出せたら・・・。」

 「大丈夫。きっと思い出せますよ。全てが終わった先で・・・。」

 マルレーンがそっと顔を上げ、そして一拍置いてから話を再開する。

 「では、話を戻しましょうか。えっと・・・次は魔王の特性について話しましょう。」

 「うん。魔王の特性・・・特性?瘴気発生量の増加以外にもなんかあるってこと?」

 「というかむしろこちらがメインですかね。我々が勇者様を召還した理由。その原因。魔王は、謂わば瘴気発生の源。瘴気噴出口からの発生量も増加しますが、そもそも魔王自体が瘴気発生の源でもあるんです。それ故に魔王の周囲には常に澱みが作られております。」

 そうか。僕らはその瘴気に自ら突っ込むことに・・・。

 「そういえば人間が瘴気を取り込むとどうなるの?」

 「いい質問ですね。単純な話、他生物と同様です。思考が歪み暴力的となり、肉体が強化され狂暴化。やがて同族すら襲う醜い獣に成り下がります。だって人間も現生生物に含まれますからね。」

 「つまり魔王戦は自殺行為と・・・。」

 「その通りです。」

 「でも僕・・勇者には瘴気に対する耐性が?」

 「あります。」

 「成る程。・・・え、でもそしたらレンは?」

 「・・・人間は、他生物よりも耐性が高い。完全に防ぐことはできませんが、しかしある程度であれば耐えることができます。そして聖女である私は、その耐性が人一倍高い。歴代の勇者たちがもつ完全な耐性では有りませんが、それでも即離脱とはならない。ですから私と、そしてアリーセ、エーリカ、カルラの三人が勇者の付き人として選ばれました。」

 「つまり時間制限付き?」

 「そうですね。早く決着が付けば生き残れます。ただ時間がかかれば・・・その時はマキに頼るしかありません。」

 言い含めたその言葉にマキは察する。つまりマルレーンたちが離脱したら魔王討伐をマキだけで行うという事と、そして自身が醜い化け物になってしまったらマキの手で殺してくれと。

 「殺さないよ?」

 「駄目です。ちゃんと殺して下さい。」

 「・・・そうならないようにする。絶対。」

 魔王に手こずれば間違いなく・・・。そうなる前に決着をつけるか、レンたちを逃がすか・・・。旅の道中で使えそうなものは片っ端から回収しよう。

 「・・・・もう一つ。我々の時間制限付き戦闘を不可能にする要因があります。」

 必然的に嫌な予感がする。

 「・・・・・・・・それは?」

 気持ちを落ち着かせてから問うた。

 「魔王は、異常な再生能力を有しています。例え腕を切り落とそうとも、新しく生え変わります。」

 終わってる。

 「え、不死身ってこと?」

 「いえ、歴代の勇者様方曰く、体力ゲージがあるようです。」

 「そういう・・・つまりゲームのボスか・・・。」

 「だそうですね。」

 「で、それってどれくらいとかは?」

 「君が今まで戦ってきたゲームのボスで一番強いと感じたボス。そいつのステータス値を全て十倍にしてくれ。だそうです。」

 「わかりやすい。」

 自身の過去に関する記憶は殆ど持ち合わせていないマキであったが、それでもこうしたゲームや動物といった物の意味は充分に理解できる。それくらいの知識は残っていた。とはいえ、ゲームを触った記憶は残っていないはずで・・・。

 わからない・・けどわかる。何となくだけど思い浮かぶボスがいる。それは何処までも白く輝く光で・・・そのせいで詳細な形を捉えることができないけど、でも強さなら何となくわかる。

 不思議な感覚だった。

 でもわかってしまう、圧倒的な絶望。僕じゃ勝てない。

 マキの手が震えていた。

 「大丈夫。」

 マルレーンの手が重なる。

 「ごめん、ありがとう。」

 少し落ち着いた。だけどそのせいで、余計に汗が滲み出す。

 「僕じゃ無理だ。」

 ついつい声となり漏れてしまった。だけど言葉とは相反するようにして、「僕がやらなければならない」という責任感と焦燥感に追われていく。

 何がどうなって・・・。

 息が詰まる。胸が苦しい。震えが止まらない。汗が滲む。

 「ごめんなさい。何か怖いものを思い出させてしまったのでしょう。」

 つまりはトラウマと・・・。しかしマキは、トラウマの元凶が何であるかを思い出せなかった。

 なのに、心はひたすらに締め付けられて。

 「少し横になりましょうか。」

 マルレーンの腕が体を回る。それを支えにベッドへ移動した。

 「大丈夫・・大丈夫。」

 マルレーンがマキを抱き締め、頭を撫で、背中を擦り・・・。

 「貴方たちは星の子。大丈夫。ちゃんと還れるよ。」

 言葉の意味は分からなかった。それに今は深く考えることもできなかった。ただひたすら母性のような温もりに心を擦り寄せて、ゆっくりと眠りに落ちる赤子のように・・・。

 マキは目を閉じ、マルレーンの膝に頭を乗せた。

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