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一人の日々

 目の前に並ぶ出来立ての朝食に全く食欲がわかず手をつけないでいた。


「昨夜の出来事、エリーナ様にご不快な思いをさせて誠に申し訳ございません」


 主人に代わってアールがまたもや床に頭をつける勢いでペコペコと謝る。

 この人も苦労が絶えないな。


「奥様、昨夜のことは一部の使用人しか知りません。また彼らにもきつくきつーく口止めを致しました。もしその事で無礼な態度を取るものがおりましたら、すぐに教えてくださいませ。私アールが厳しく注意を致します」


 初夜に送り返された花嫁となれば使用人から軽く見られることもあるだろう。

 だからアールも昨夜のライナス様もその点について触れていた。


 !!??


「美味しい・・・」


 何気なく口に運んだコーヒーだが、びっくりするほど美味しかった。

 すっきりとした味わいで変な苦味がない。


「どうでございましょう。お口に合いましたでしょーか」


 横でアールがニコニコとしている。まるで飼い主に褒めてもらいたい犬みたいに。


「ええ、とても美味しくて飲みやすいわ」


「そうでございましょう。こちら東部のドナリド地方産のコーヒー豆を使用しております。変な雑味がなくすっきりと飲みやすいのが特徴で寝起きの朝にぴったりのコーヒーでございます。私アールが一杯一杯丹精こめて入れております」


「へえ、すごいわね」

「ちなみにですが、午後には複数の産地の豆をブレンドしたアールハッピータイムスペシャルをお出ししております」

「ハッピータイムスペシャル?」

「ハッピータイムスペシャルは深い味わいと強い香りが特徴で、少し眠気を感じた時にはぴったりとコーヒーになっています。お茶菓子などとの相性もバッチリでございます」


「す、すごいわね」

「恐れ入ります、バリスタの資格を持っておりますので、ご希望のコーヒーがあれば何なりとお申し付けください」


 流石名家の執事ともなれば、様々なことに精通しているみたいね。

 そのコーヒーのおかげが、全く食欲がなかったのに胃が空腹を訴えだした。ふんわりと焼かれた丸いパンに手を伸ばす。


 うん、やはり美味しい。

 昨日も食べたけど、このお屋敷のパンって本当に美味しい。いい小麦を使っているのかしら。

 まあ、パンだけじゃなく食事の質が高い。宮殿の食事にも引けを取らないレベルの高さ。

 気づけばあっという間にペロリと平らげていた。


「うふふ、食欲なかったはずなのに全部食べてしまったわ」

「お口にあったようで何よりでございます。我々も食事の質はそこれへんの貴族に負けないと自負しております」


「そのようね」

「旦那様の指示なのでございます。食事においては金に糸目はつけず、いい物を選べと。蟲狩りは体が資本です。その為にはバランスが取れ、栄養価の高い食事が必要です。ですから、我が屋敷では旬のフルーツや上質な調味料や新鮮な野菜や肉を取り寄せております」


 調味料一つにしても妥協はしておりませんと、えへんと胸を張っていた。


 私の知らない内に僅かな食事と仮眠をとったライナス様は、夜に蟲狩りへと向かわれた。

 遠方ゆえ、おそらく2、3日は戻らないだろうと朝食の時アールが教えてくれた。


 クエル国の蟲狩りは軍の所属だが、特殊な活動内容ゆえ軍とは別れて活動している。

 複数の部隊で、ライナス様は第一部隊の隊長。

 蟲の被害や出現情報が現れると、各部隊が赴き滅殺する。

 蟲の数や種類によってはすぐ片付くこともあるが、数日かかることも多い。

 時には大きな蟲の巣などに遭遇すると、複数の部隊で数ヶ月かけての駆除作業になることもある。


 蟲狩りは戦に駆り出される軍人同様に家を不在にすることも多く、蟲との戦いで命を落とすことも多い。

 クエル国では近年蟲による被害が増えているとアールは言っていた。


 2日後、ライナス様は深夜に蟲狩りの任務より戻られていた。朝に挨拶に向かうと扉の前に立つ使用人から「旦那様はまだお休みでございます」とやんやりと断られた。

 昼過ぎに馬のいななきがして、窓の外に目をやる。馬にまたがり、屋敷を後にするライナス様だった。

 任務に向かわれたと近くにいた使用人が教えてくれた。

 

 今日一日、顔を合わせてないな。



 こうして輿入れしてからあっという間に10日が過ぎ、ライナス様と顔を合わせることなく、一人で食事を取るのが当たり前になっていた。


「おや、奥様こちらでしたか」

「アール。ええ今日もここで本を選んでいたの」


 多忙かつ私を寄せ付けない旦那様。必然、当然一人の時間が長くなる。

 その多くの時間をこの図書室で過ごしていた。


「ついついここに入り浸ってしまうわ」

「こちらは図書室で様々な本がございます。どうそご自由にお読みください」


 図書室は壁一面、天井まで届くように本で埋め尽くされていた。

 アールの言葉通り、部屋にある本は数も種類も豊富。恋愛小説から異国の語学まで揃っている。

 

 その部屋の棚と棚の間に飾られていた大きな肖像画。

 精悍で顎髭を生やした兵士が描かれていた。

 じっと見つめているとアールが横に並ぶ。


「こちらは7代目の当主のブライド様でございます。蟲狩り部隊の基礎を築いた方と言われております」


 屈強で誰よりも強い意志を感じさせる眉。すっとした鼻筋、太い首。緑色の瞳に銀色の髪。

 初めて図書室に来た時からこの肖像画が気になっていた。

 その佇まいから豪傑で明快な性格が伝わってくる。己の剣術に絶対の自信を持つ手練れだったろう。


 ライナス様のご先祖様か。

 ライナス様にもこの方の面影があるのかしら。

 仮面の下の顔を思い描く。





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