雪景色
初投稿失礼します。特に暗喩とかはないただのお話です。
雪景色は彼の肉体とリンクしておりますので想像で補って読んで下さい。
あぁどこまでも真っ白な雪景色、ここはどこだろうか。
先程まで職場の新入社員への歓迎会をやっていたはず。だというのに見渡す限りの白い世界がそこには広がっていた。
数メートル先の視界すら碌に取れないホワイトアウトの中、孤独感、絶望感、そしてこの状況を必死に理解しようと考える自分がいた。
「っっ寒い、つかなんで俺スーツでこんなところに突っ立ってるんだ。風、風だけでも……。」
このままでは死ぬ。生命の危機感を覚えた男は風雪に導かれるように歩き出した。
こんな雪原ではなく林の中へ逃げ込めれば少しは風がマシになるはず。もしもどこか家があれば連絡付くまでお邪魔させてもらえばいい。
男が歩き始めて5分ほど経った頃、それはそれは立派なお城のような家が目の前に現れた。
西洋風、というか玄関が木製の両開きの扉の時点で異質さがよくわかる。
悩む暇などない。男はすぐさま駆け込んだ。チャイム探す精神的余裕はなく、扉を3回叩いてドアノブをひねる。
幸い鍵はかかっておらずすんなり中に入れた。
「お邪魔します。外の雪が止むまで少し停めさせてくれませんか?」
男は凍える体に鞭を打ち叫んだ。
返事は返ってこない。留守なのだろうか。
(この家の主人が警察に訴えたら俺は刑務所行きだな。)
不法侵入に対する罪悪感に駆られながらも扉を閉め体に纏わりついた重たい雪を叩き落としていく。
あらかた叩き終えたあたりで男は蹲った。寒いからというのもあるが盲腸あたりに激痛が走ったからである。
痛い、寒い、辛い、死にたくない、ぐるぐると負の感情が男の脳内を圧迫する。
「温まらないと。」
男は何かに取り憑かれたかのように歩み始めた。
屋敷内どのように彷徨ったかすら覚えていない、なぜならその道中、右前太腿、腰、左上腕あたりまでもが盲腸の時みたく鋭い激痛が走っていたからだ。
やがて男が行き着いた先は風呂場であった。
入り口で部屋の中を見ずとも直感的に察した時点で服を脱ぎ捨てて飛び込んだ。
広々とした石畳みのど真ん中に円の形状をした浴槽がポツリとあるだけ、絵面だけを求めて作られたような浴室に困惑しながらも湯が張られているのを確認して入浴する。
液体が体に纏わり付き温かみを感じる。
やはりお風呂は生を実感する最もメジャーな方法であると再認識する。
だが男はすぐに違和感に気がついた。暖かいそばから冷えていくのだ。
故に全然温まらない。男は暖かい風呂に浸かりながら寒さと葛藤する羽目にあっていた。
かれこれ二分は経った頃だろうか。そんな中、先程の盲腸とは反対側の腰に激痛が走る。
悶え、ばたつき、水中より顔が出せない苦しい溺れる……。
男は目が覚めると歩道橋の中腹に倒れていることに気がついた。
(夢?酔っ払って寝てた?っった!?)
激痛は相変わらず続いてたことを感じうずくまる。
「先輩!良かったぁもう起きないかと心配してましたよ。刺しても刺しても中々目覚さないもので……。」
聞き馴染みある声に振り返るとそこには高校の部活動での後輩マネージャーであり、新入社員の美咲がそこにいた。
「え、刺し……は??え??」
頭が状況を理解する前に身体はその場を離れようと這いずり出す。
男性は覚束ない這いずりの中、手先足先の痺れ、頭痛、眩暈、体のありとあらゆる異常信号を感じとる。
「なんで……なんで逃げるんですか……。卒業後の約束も……。わざわざ同じ会社に入ったというのに……なんで……。」
美咲のこぼした言葉は男の耳には入らない。あたりは2種のサイレンが鳴り響き観衆のざわめきも相まって全てを打ち消す。
半身分進んだあたりで男は動きを止めた。死を悟り懐古に浸り出したためである。
「先輩!ボール手入れしときました。」
美咲の声に手で答えて俺はコーチの元へ走り去る。
青春全てを捧げて熱中していた野球、別に甲子園に出たいとかそういう目標はとくになく、レギュラーに選ばれた上で少しでも多く試合をしたい。グラウンドに立ちたい。
ただそれだけに突き動かされのめり込んでいた。
青春の形はいくつかあると思う。勉学に励み将来を夢見るも良し、誰かと付き合い恋愛するも良し、部活動に励み切磋琢磨するも良しだと思っている。
俺は部活動に捧げただけだ。
「先輩ってほんと色気、ないですよね。美咲の告白蹴ったんですよね?」
コーチの元から立ち去る際に不意にかけられた別のマネージャーの一声にどきりとさせられる。
「な、なんで君がそれを……。てか男に色気求めるなよアイドルじゃあるまいし。」
平静を保とうとするが心臓の鼓動は加速する一方である。
「ま、わたしには部長という名の彼氏いますので、いまさら副部長には興味ないですが好意にそっぽ向き続けると背後からぶすり刺されますよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ茶化された。
というかこいつが部長と付き合っていたことすら初耳である。
「あいつと付き合ってたんかい初めて知ったわおめでとう。」
「付き合いたいとかないんですか?青春ってそういうもんだと思ってましたけど……。」
祝福の台詞は質問によって返された。
「美咲から聞いてるなら知ってるかも知れないが俺は野球が好きなんだ。しかももう3年生、これが1、2年ならまだしも部活引退後は進学のために勉強に集中したいしな。」
「あぁ先輩の将来とか興味ないんで……。
美咲なんて先輩一筋なんですから付き合うだけ付き合っちゃえば良かったのに。」
ばっさり将来の話を切り捨てられ唖然とする俺を横目に1つ下の後輩マネージャーはその場を立ち去った。
「んな無責任な……。」
誰に咎めるわけでもなく独り溢しバッターボックスへと向かった。
男はふと気づくと電車の座席に横座りし窓の外を眺めていた。外は一面の銀世界、どこまでも真っ白な雪景色が広がっていた。
(また夢か。車内がなにやら騒がしいがもうどうだっていいや)
外に広がる雪景色、だがこれは本来の景色ではない。
元ある景色を隠すように雪化粧しただけである。けど一般的にはそんなことどうだって良い。元ある景色を見るよりも今見える幻想風景を眺めることの方が良いからだ。
(俺は美咲をちゃんと見れてなかったんだな。いや見ようとしてこなかったが正確か……。そういや彼女は他の男子から話しかけられても素っ気ないってのは聞いたことある。俺はそんな馬鹿なと一蹴してたが他者以上に美咲を知ろうとしなかった俺が馬鹿者だな。)
「約束……。」
つらつらと自身を卑下する言葉が溢れ出す中男はボソリと吐き出た言葉の真意を思い出す。
(……あぁそういえば告白の返答する約束、俺は忘れてしまってたのか……。んな無責任な……。)
列車が雪景色の中、鉄橋を渡るところでブラックアウトするのであった。
一応この話の付属話を2作制作中です。
そちらが出た際にはよろしくお願いします。