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トライアングルラブとおっさん  作者: 仲島 たねや
第二章 トライアングルラブと弓矢
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トライアングルラブと弓矢④

 そうして、クーラーの効き始めたリビングで霧子と透と芽亜里の三人がソファに横並びに座っている。


「いや、なんで話をするのに横並びになってるの。机の向こう側に誰かが座るものでしょ」


 目の前の膝元ぐらいの机に置いてあるグラスを手に取り、傾け、中身の麦茶を飲み干してから霧子は言った。言い出しっぺの霧子にはしかしソファを譲る気はなく、右隣の芽亜里はわずかに顔をうつむかせて黙り込み、左隣の透はまあいいんじゃないと能天気なことを言っている。この中でまともに運動をしてきたのは紛れもない自分であり、そうであればカーペットも敷かれていないフローリングに座らされることは納得しがたい仕打ちである。家の住人である芽亜里が、ソファに座ることは当然の権利ではあるが、女子二人に並んで座る透、お前はなんだ。微かに触れる指先に嫌でも心臓は高鳴って、思わず芽亜里のほうに体を傾けると、ますます芽亜里の顔は沈み込む。


 居たたまれない気持ちになって立ち上がり、霧子は、渋々といった面持ちで机を挟んでソファに座る二人に対面する。クーラーの風がこの位置では直接当たることに座ってから気がついた。二人はこれを嫌い頑なにソファから立ち去ることをしなかったのか。やられたと思いそれでもソファに戻ることはできずに正座する。


 場は整った。


 正直、透のいることにより深く切り込んだ話はできない。


 話があると言った手前、どのような話をするべきかがわからない。


 だけど、回りくどく話すことは霧子の苦手とするところである。


「透は春日井さんにフラれたのよね」


 言葉の槍が透の胸をえぐるように貫いた。


「そして春日井さんは透のことをフったのよね」


 霧子の目を見ないままにこくこくと頷いた芽亜里。意外だった。芽亜里の印象はまくしたてるように毒舌を放つ饒舌極まりない子だと思ってた。それか、氷のようなオーラを纏う人を寄せつけない雰囲気の子だ。保健室の透の様子はそれぐらいの人物を想起させるほどに傷ついていた。


「まあその理由は聞かないけど、普通は気まずくて探し物の手伝いなんて頼まないし頼まれてもやらないはず。だけど確か二人は同じクラスだし、気まずいままじゃ嫌だったってことでしょ?」


 二人は的外れな霧子の推論にそれは違うということもできない。まさか本当のことを話すわけにもいかないからだ。


 霧子は、そもそも自分の推論が当たっていようと当たっていまいと関係がなかった。要は、これから結ばせようとする二人の距離を離さなければいいし、二人にとってのそれらしい理由があることにより話を進めやすくできるということが大事だ。


「二人とも明日は暇? 部活が忙しいとかならあれだけど——っていうか二人はなんの部活に入ってるの?」


 芽亜里はともかく透の部活を知らないことは、霧子自身でも意外なことだと今さらに思う。


「私は……文芸部」


 たしかにそれらしいと思う。


「俺は世界征服部」


「ふざけてるの?」


 透の発言は、話しの流れに茶々しかいれない。


「ほんとほんと。一年の頃に三年の先輩に誘われて入って、この部活のことは話さないように言われてたんだけど、先輩も俺が二年になったらいなくなったしだったらもう話してもいいのかなって。活動内容は、黒いローブを被りながら細菌兵器という名の練ると色の変わるお菓子を作ったりとか、河川敷に魔法陣という名の落書きをしてたら怖いおじさんに追いかけられるとかそんな感じだったな」


 放課後に姿をみないと思ったら、まさかそんなことをしていたとは。


 そしてたぶんそれは部活ではない。


 あっ、こんなこともあったんだけどと話を続けようとする透を制し、


「とにかく明日は暇よね。それなら提案なんだけど明日は三人で遊ばない? もちろん透の探し物がなにかは知らないけど、急ぎのものじゃなかったらそれを探しがてらにでも街を歩いたりとかでもいいし、それが見つかったなら見つかったお祝いにご飯でも食べたりしてさ。ね、何だか面白そうじゃない。二人だと気まずいこともあるだろうし、それを配慮しての提案なんだけど。どうどう? ちょうど明日は部活休みだし、それに私も春日井さんと仲良くなりたいしさ」


 裏の考えは、もちろん違う。


 二人がこのまま探し物を探すことは別にいい。しかし、それでは、二人の恋の行方がそのまま好調の道を辿るのかは不明瞭で、特に、この透の行動の突飛さには予想のできないところが多々あることを思えばある程度の二人の行動に目を凝らしておく必要はあるはずだ。そこで、明日に遊ぶ約束をこぎつけて待ち合わせの場所を指定して、そして適当な理由をでっちあげて待ち合わせの場所に現れない。そうして陰から二人の行動を見守って、なにか問題があれば何かしらのフォローを入れる。


 うん、いける。


 クーラーの風は最初の煩わしさよりも透き通るような清涼感を与え、飲み干す麦茶は最後の一滴すらもオアシスのような神秘の美味しさに満ちている。お尻に伝わるフローリングの冷たさ、鼻孔をくすぐる芳香剤の臭い、風に揺られるカーテンの揺らめき、目の前には悩む仕草の二人がいる。二人の同意で霧子の計画はスタートラインにやっと立ち、まもなくスタートラインの空砲が空に向けられた。


「俺はいいよ」


「私も、それで」


 計画始動である。


 芽亜里に端末を出すように促した霧子は、芽亜里の連絡先を登録してから、すでに登録している透の連絡先を経由して送った。明日の交流という名の三人のグループを作成して、おもむろに手を叩く。


「決まり。それじゃ、明日は駅前の時計塔に十三時に集合で」


「なんで駅前?」


「探し物なら駅前の交番に届けられてるかもしれないじゃない。散々探したあげくに交番に届けられてました、じゃ骨折り損もいいところでしょ」


「ああなるほど。意外と考えてるんだ」


「意外とは余計。春日井さんも駅前で大丈夫?」


「ええ、問題ないわ」


 少々高圧的な物言いに目を見開いて驚いた霧子、視線の先には慌てた様子で口をつぐんだ芽亜里がいる。垣間見せた言動は果たして彼女の本性の一部であるのか、はたまたコミュニケーションを苦手としているからこその四苦八苦の結果か。じっとりとした目つきが芽亜里の心を暴こうと透視を試みて、見つめられる芽亜里はものすごい勢いで顔を横にそらして表情を隠す。


 超がつくくらいに怪しい。


 けれど深くは追及しまい。


 すべては明日、白日の下にさらけ出されるのは果たして蛇か聖女か。見物である。


「それじゃあそろそろ日も落ちるし、そろそろ私たちはお暇しましょうか」


 話しかけられた透は少しだけ不満げな顔を見せてから、


「クーラーの風は惜しいけど、これ以上いたら春日井さんの迷惑になるか」


 そう言って、名残惜しむように立ち上がると馬鹿みたいな顔でぽつりとこぼす。


「学校にカバン忘れてる」


 気づくのが遅すぎる、視線だけでもそれは伝わっただろう。


 三人で玄関まで歩いて、学校までついていってあげようかと霧子は聞いてみる。


「さすがに学校ぐらい一人で行けるけど」


 どこまでも空気が読めない。


 だけどそれでよかったのだと思う。


 靴を履いて、それじゃあまた明日ねと手を振って、春日井家から出ようとしたその時、芽亜里がちょっと待ってと声を出す。霧子と透の足が止まる。


「き、木島君。今日は探し物を手伝ってあげられなくてごめんなさい。別にそんな義理はないけど、それでも一応言っておきたくて。だけど突然押しかけてくるあなたもあなただし、校舎裏でのことも本当に迷惑だったし、断ってそれから話しかける神経だってよくわからないわ。だから私はなにも悪く、——あ、」


 芽亜里が、顔を逸らして口をつぐむ。


 それは、悪びれることのない自分の醜さを自覚したからか、さすがの霧子も、芽亜里の言葉にはいくらか思うところはあって、それでも、明日のことを思えばここで変に溝を作りたくはないし、だけど、もう、わからない。衝動のままに、悪びれるつもりのない謝罪などするなと吠えてしまおうかと考えた。本人の前で、言って良いこと悪いことの判別もつかないのかと怒鳴ろうかとも考えた。まとまらない思考が、霧子の喉を飛び出す直前のこと、含み笑いを漏らしたのはなぜか馬鹿にされたはずの透本人だった。


「春日井さんのことがなんだかわかってきた気がする。意外と律儀な性格してるんだね。そういえば麦茶美味しかったよ。今日は色々とありがとう。それじゃあまた」


 おかしな光景だと霧子は思う。


 フラれた透が、自分をフったあげくに暴言と捉えられてもおかしくない発言をした相手にお礼を言う。透の心は二人の関係性をよく知らない霧子だから理解できないのか、二人の絆は見えないところですでに繋がっているのか。呆ける霧子はすでに玄関を出ている透の背を慌てて追いかける。夏の熱気は張りつくように肌にまとわりついてくる。胸の痛みの原因はよくわからないままに甦り、それをごまかすようにまたも霧子は話しかける。


「そういえば、透の探し物ってなんなの?」


 振り返る透は、弓を引くような動きで説明を始める。


「こうやって人を射貫いたら相手をめろめろにできる弓矢で、普段はキーホルダーぐらいの大きさのやつなんだけど、って痛い。え、あんまり詳しく話すなって、だけど春日井さんの時は何にも……まあ師匠がそう言うならそれで。というわけで探してるのは弓矢のキーホルダーっていうわけ」


 霧子は目の前の茶番のツッコミを放棄して、カバンを取りに同行するかを聞いて、それを笑顔で断られて走り去る透の背中を見送った。背中に重なる夕陽の光に目を細め、下がる視線には肩から下がるスクールバッグが映り込み、ふと思い立って自分のカバンのジッパーを少し開け、部活用のスポーツタオルの上にある湾曲している部分が金色の弓と、ハートの形の矢尻の矢を視界に捉えた。霧子の手のひらぐらいの大きさのそれは、バッグに差し込む夕陽にきらりと光った。

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