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トライアングルラブとおっさん  作者: 仲島 たねや
第二章 トライアングルラブと弓矢
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トライアングルラブと弓矢③

 ラケットで胸のくすぶる思いをテニスボールにぶつけた。


 そんな放課後からさらに時は進む。


 帰りの際、テニス部の誰かの隣を歩かなかったことのない霧子だが、今日は別だった。自分でも気づいていた。よほどの鬼気迫る様子を醸し出し、人の寄せ付けないオーラを放っている自分に。


 歩く度に、コンクリートの地面のひび割れるような足取りで帰路についた。肩のスクールバッグは振り子のように揺られて中身をゆすり、結われたポニーテールは暴れ馬のように荒ぶり首筋を撫でる。足元の影が、獅子舞いの如く暴れているのを見た霧子は、心機一転、いつもとは違う帰り道で家に帰ろうと思った。そこで透の幸せを考えた。


 やっぱり、好きな人と結ばれることが一番だろう。


 春日井という女との接触は、そのためにはどうしても欠かせない。


 テニス部員から聞いた情報では、フルネームは春日井芽亜里というらしい。


 問題はどのようにして彼女と接触するかである。


 思案する。


 落ち着きを取り戻した足取りで、このまま家に帰れるのかもわからない街路樹を歩く。周囲の住宅は築十年も建っていないのかと思わせるぐらいに綺麗で、駐車スペースには必ずといっていいほどにセンサー付きのライトがあって、陽の傾いてきた今はセンサーの反応によりライトが点灯されては陽に溶ける。犬の散歩のご老体はどちらがリードに引かれているのかわからず、電線を張り巡らせる電柱は根元の部分が不自然なぐらいに濡れている。注意散漫の霧子は、その考えをまとめることができずに頭空っぽの幼児のようにただ歩く。


 と、話し声が聞こえた。


 奇妙な話し声だった。


 誰かと話していることは明らかなのに、声はどういうわけか一つだけ。


 というよりもこの声には聞き覚えがある。


 これは、


「透?」


 一軒家の前にいる透が、この声には聞き覚えがあるぞという顔で振り向く。


「あれ、霧子だ」


 その顔を見た途端に、霧子の胸をちくりと刺した何かが生まれる。


 正体不明のそれはすぐに引っ込んで消えた。


 透に近づいていく霧子は、胸の痛みをごまかすように話しかける。


「えと、話し声がしたけど誰かと話してた? あっ電話か。だって周りに誰もいないし。なあんだびっくりした。大きな声で独り言でも言ってるのかと思った。あれ、でも電話持ってなくない?」


「ああ紹介するよ。こっちにいるのが俺が師匠って呼んでるセージさん。ちょっと気難しいところがあるけど、良い人…………うん。たぶん良い人かな。よくわかんないけど。今は事情があって姿は見えないけど、まあ気にしなくていいよ。なにか話したいことがあれば俺が通訳するし。あっ、貴様の名前はなんだって聞いてるし、ちょっと自己紹介してみなよ霧子。ほら、黙ってるとどんどん師匠の機嫌が悪くなっていくから早めにさあ」


 ナマズ公園から涙をぬぐいながら学校に帰った霧子は、校門前に待機している救急車を見た。もえちゃんの指示で、そういえば救急車を呼んでいたなあと思い出し、しかし中々立ち去ることのない救急車にどうして早く出発しないのかと疑問を感じていた。


 つまりはこうだ、目の前にいる透は病院帰りの透ではなく、校舎で突如として消えたはた迷惑な生徒が目の前にいる透なのである。


 告白したからこその気まずさを先ほどまで感じていた霧子はそんなものは馬鹿らしいと思い直し、春日井芽亜里に会うための手段の模索もなんだか馬鹿らしく思え、とにかく、目の前の幻覚の見えている重病患者を一秒でも早く病院に連れて行くことが重要だと思った。


 透の手を取ろうとした。


 でも肌での接触はためらわれたので、行き場を失った手は二人の間を浮遊する。彷徨う自らの手を見つめたその先にカメラ付きのインターフォンが見えて、その横の表札に書いてある春日井という文字を目にした途端、霧子の頭の中に生じたものはうずまき状の混乱だとかノイズのような思考だとかそういうものである。


 この家は春日井芽亜里の家で、その家の前には透がいる。


 春日井さんにフラれたという透の話を思い出し、それから数秒考えてから思いついたままを口にした。


「見下げ果てた! まさかストーカーまでするなんて男として、いや、人として間違ってるとは思わなかったの⁉」


 霧子の言葉の意味を考えた素振りで一瞬だけ呆けた顔を見せる透は、残像を見せつけるように顔も手も身体も左右に振って弁解を始める。


「誤解だ!」


 探し物を探していた透はその途中に春日井芽亜里と出会い、買い物帰りの春日井芽亜里は家の中に買った荷物を置きたいからと透をここに残した。探し物の手伝いはその後に行うとのことである。


 むむ。


 聞いてみれば簡単な話だが、裏の事情を知っていればこれは異常だ。


 探し物の手伝いを、フラれた相手に頼む透も透ではある、が、しかし、自分のフった男の探し物の手伝いをする春日井芽亜里もどうかと思う。


 裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


「そういや今さらだけど、なんで急に泣き出して保健室を出ていったん?」


 さすがにムカッとした。


 病院に連れて行って、無理やりにでも注射を五十本ぐらい打たれてしまえばいい。


 だけど、病院に連れて行くまでもないぐらいにいつもの透だ。ちょっと安心した。


 そして向かった怒りの矛先はやっぱり春日井芽亜里という女に向けられる。一度くらいは顔を拝んでやろうと思うし、彼女の裏を根こそぎ暴いてやろうとも思う。そうして春日井芽亜里が透にふさわしい人物であるのかを見定めて、透のフラれた原因に加えてもう一度透との交際を考えることはできないのかを探る。


 とにかく行動だ。


 動かなければ機を逃す。


 ……動いたって機は逃したけれど。


 自分の考えに自分でうるせえと怒鳴り散らして、制止しようとする透に構うことなく玄関ドアに手をのばし、開けたドアのその先には学生用の革靴を履こうとしているのか脱ごうとしているのかよくわからない少女がいて、少し怯えた彼女の表情がまさしく女の子だなあという庇護欲の掻き立てるものであったことにちょっぴり嫉妬した。自分とは違うと思った。


「あんたが春日井芽亜里ね! ちょっと話があるから顔を貸しなさい」


 語調が強くなってしまったことを霧子は少しだけ反省した。

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