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トライアングルラブとおっさん  作者: 仲島 たねや
第二章 トライアングルラブと弓矢
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トライアングルラブと弓矢①

 芽亜里と霧子が晴れて恋人同士になるためには自分はどのように立ち回る必要があるのか。


 少ない知恵を絞る副作用におでこから高熱を発する透は、ナマズ公園の黒塗りのベンチに腰をかけてうんうんと唸りながら頭を抱えていた。あまりにも難しい問題だと思う。そもそもの前提からして芽亜里の恋の行方は中々に険しい。まことしやかにささやかれていた女の子同士の恋愛は、まさか実在していてしかもここまで身近なものであったとは予想だにしなかった。それだけにイレギュラーな事態だと言える。


 これには霧子の持つ恋愛観にもかなりの調査が必要となる。


 同性間の恋愛なんてありえない!


 そのような価値観であれば、もはや芽亜里の想いを叶える可能性は絶望的だ。


 しかし、それを確認するための会話のきっかけもわからない。——なあ霧子、お前って女の子が恋愛対象になる人? ——うん! なるなる。 そのようにうまく話が運んでくれる可能性はほぼゼロで、それを匂わせた時点の霧子の反応に怪訝なものが浮かぶだろう。


「ああもうわかんねえ!」


 両手で髪をぼさぼさにして、お手上げとばかりに頭上に顔を向ける。


 頭上の梢は風に揺られてひらりと葉を落とす。風に泳ぐ葉は目の前でひゅるりと通過する。それにつられた目は流れるように公園の外に焦点を移す。


 透は見た。


 ゾンビだった。


 公園の入り口付近のハチ公もどきのその下に、落ち武者のように這いつくばる背広姿のゾンビがいた。優に二十メートルは離れているはずなのにどういうわけか聞こえるうめき声は、透のイメージによる幻聴かもしれないしともすればゾンビによる自己存在のアピールかもしれなかった。近づく者も限られるリアルバイオハザードの世界で、わずかなためらいの後にベンチから尻を離し、迅速な足取りでゾンビに近づく透は周囲からの賛美の視線をもらい受ける。あいつ行きやがったぞ、よく近づけるな、危ないことにならなければいいけど、自分からは動きもしないくせに心の声だけは達者なやつらが透の最も嫌いとする連中だった。


 ああはならないようにと思いながら、


「大丈夫ですか?」


 腰をかがめて背広姿のゾンビに安否の確認をとる。


 肩の一つでも叩き、意識の覚醒を手助けしようとする。


 細かな砂利と痛々しい打撲痕のある顔がその前に透を向いて、ゾンビが捕食でもするかのような勢いで透の手首をその手で掴む。きりきりと締めつけられる手首の痛みはすでに思考の外にあって、本当に自分が食べられてしまうのではないかと透は身を仰け反らせる。よだれを滴らせる感染の歯は、しかし襲い来ることはなくて拍子抜けし、それでも代わりに襲い来るものの脅威も、決して無視できないレベルのものである。


 それは、唾を混じえた情けのない大声だった。


「責任を取れ貴様‼」


「責任⁉」


 胸倉をつかまれて情け容赦なく飛んでくる唾液を避けることができず、あからさまな嫌悪の表情を浮かべながら透は責任とは何のことであるのか考える。しかし、特に思い当たるふしもない。もしかしたら、彼を助けたことに対する責任を言っているのかもしれず、それはそれで理不尽極まりない言動であることに変わりはないし、それに対する責任の取り方なんて彼をすぐ近くの市民病院に連れて行くことしかできない。


「俺は見ていたんだ! あの小童どもの一人の鼻面を、貴様が後頭部で殴打したところをな! それで気の立ったあいつらは怒りの矛先を俺に向けてこの様だ。責任とはそのことだ。しらばっくれることは許さんぞ」


「…………そうなの?」


 正直なところそんなことがあった気もするしなかった気もするしで記憶が曖昧だった。


 それぐらいに、学校を飛び出してからの透はいっぱいいっぱいだった。


「まあ俺が悪いって言うなら、俺に出来ることならなんでもする……しますけど」


「言ったな貴様!」


「え、はい」


「じゃあちょっと待て」


 男はおもむろにポケットをごそごそとやりはじめると、鼻をかんで捨てられる寸前のちり紙みたいなA4用紙を取り出してそれを広げ始める。


 眼前に突きつけられた用紙は文字が所せましと並んでいて、上のほうに「誓約書」の漢字三文字が印刷されている。男は見るからに怪しい用紙の横から羽ペンを持つ手をにゅいと出し、


「これに署名しろ」


「——嫌です」


 当たり前の答えだと思った。


 憤慨をあらわにした表情で男は、


「さっきと言ってることが違うぞ!」


「さすがにこれは怪しすぎるでしょ! 悪徳商法の手先かなんかだろあんた。こうやって弱ったふりして無垢な少年少女をなんか危ない世界に引きずりこもうとしてるんだろ。その手には乗らないからな。警察にも通報するからな」


 男は手に持つ用紙を二度叩き、憤慨の表情を崩さずに言った。


「内容を疑うのならばまずは読め! 貴様にも多少の苦労は負ってもらうが、それでもメリットのほうが勝る提案だぞ。それに自分のことを無垢だなんて言う輩は百パーセント無垢ではない。まったく、これだから最近の人間は嫌いなんだ。昔の人間のほうが教育が行き届いていたぞ。そうだ、あれは、こんな風に、暑い夏の日のこと——」


 透は、過去に意識を飛ばす男の手から誓約書の用紙をぶん取った。それに気づかない男は悦に浸るように語りを止めず、それに構うことのない透は用紙の文字を読み進めていく。透の視線が上から下に行き着いた。不信の気持ちはいっそう募るばかりだった。だって、およそ内容がぶっ飛んでいる。


 簡単に言ってしまえば、これは人の心を惑わす魔性の道具の使用許可証だ。


 まとめると、射貫くことにより人の好意を自分に向ける弓矢があって、その持ち主の社員キューピットの見ている限りでそれの使用が可能となる。使用するまでは社員の付き添いはしばらく続き、使用後の処理としては、弓矢や社員の記憶消去の処置が施されるなどの項目もあった。


 胡散臭いことこの上ない。


 が、このことが事実であるのならば難攻不落の目の前の問題を解決に導くことができる。


 そうも思った。


 この弓矢で、芽亜里が、霧子の心臓を言葉通りに射貫くことができるのであれば、性別の壁の妨げなどあってないようなものではないか。


 這いつくばるままに語る男に、透は、


「なあ、これってホントのことなのか?」


 男は、貧乏暇なしの少女との出会い話をさえぎられてむっとした表情になる。誓約書が自分の手からいつのまにか離れていることにも気づく。


「……ああ、そうだ。しかし先も言ったように多少の苦労は負ってもらう。それを読んだからにはもうわかっているだろうが結びの弓矢の使用権は貴様のものではある。しかし、その前に一つの試練を乗り越えなければならない」


「試練?」


 そのようなことは書いていなかったはずである。


「これが人には過ぎた力であることはすでにわかっていることだろう。だからこそ貴様がそれを使うに値する者であるのかを俺は見定める必要がある。そのための試練とはずばり、この公園のどこかにあるはずの弓矢を探して見つけることだ。その過程において、貴様の適性を審査する。わかったか」


「それはわかったけど、お金とかはどうなるのこれ。自慢じゃないけど、高校生の平均以下の小遣いしか持ってないよ、俺」


「金だとかいう不浄のものはいらん。これは貴様たちでいうところの慈善事業のようなものだからな」


「へえ」


 胡散臭さは未だに拭い去ることはできない。男の言葉は九割以上が噓だとわかっている。それでも残りの一割以下の可能性で透の心は揺るがされている。


 話の弓矢は、おそらく比喩的な表現ではないかと透は訝しんでおり、それはどのような相手でも落とすことのできる恋愛術ではないかと予想する。


 それは、是が非でも教わりたい技能である。


「どうする。名前を書くのか否か。早くしろ」


 這いつくばる姿勢でここまで偉そうな態度をとれる理由がわからない。


 自信に満ち溢れていて自分の断られる可能性なんて微塵も考えていないように見えるし、提示した内容で透の満足が得られるのだと確信しているようにも見える——はっ! 雷に打たれたような衝撃が透の頭を駆け巡る。


 どのような相手でも落とすことのできる恋愛術、彼の態度はまさしくそれを体現しているのではないか。


 試練だと言っていた。


 その中で彼の術を学ぶことがすなわち試練ということだろう。


 そうに違いない。


 納得した。


「早くしろと言っているだろうが。それと気になっていたが、先ほどから敬語ではなくなっているぞ。そういった敬いの心がなくなっていることも時代の進みを感じるな。嫌な時代に、」


「書きます!」


 急な元気に、男は背を反らせながら戸惑いがちにそうかと呟く。


「ならばこの羽ペンでここの署名欄にフルネームを書け。ふりがなはカタカナでな。これでようやく俺が人憑きの状態になれる。その時こそ、俺の偉光にひれ伏す時だ。まあ、すでに俺様の存在の大きさに気づき始めているようだがなあ」


 膝を下敷きにしてへなへなの文字を署名欄に書く透は男の言動を逐一観察してみた。なにを取っても偉そうで、それこそが少女漫画に見られる俺様系のキャラとしての再現であり、それがどれだけ見た目にそぐわないキャラでも貫き通すことの大事さを説いているのだと思った。試してみるのなら明日の学校だと考えながら明日は土曜日であったことを思い出し諦める。しかしこれぐらいのことは序の口であり、これからは、恋愛においての最重要項目が彼の言動の中に含まれているかもしれない。


 観察を怠ることはできない。


「書きました!」


 透は見せつけるように署名欄の部分を前面に押し出して、それを確認した男が、ものすごい勢いで立ち上がるとおもむろに両手を広げる。見る間に癒えていく傷はもはや大した問題ではない。思い返すと、やっぱり問題ではあるけどもそれ以上の衝撃的な映像が透の目の前にあった。


 男は、重力に逆らうように徐々に宙へと浮かび始めた。


 その背中には、神々しいぐらいの純白の翼が生えていた。


 衰退の頭は、太陽よりも輝いていたのではないか。


「人憑きの契約、完了だ」


 わけがわからないままに眺める光景に目を奪われた透は、この世には、人の心を惑わす弓矢ぐらいなら存在しているのではないかと思った。

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