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トライアングルラブとおっさん  作者: 仲島 たねや
第一章 トライアングルラブと告白
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トライアングルラブと告白⑤

 トイレを囲む三人は一つの答えにたどり着いていた。


 好きな人の好きな人を知った。選択肢はいくつもあった。排除、諦念、傍観、責苛、再挑戦、三人は涙に押し流されるように選択肢を殺していきその中に生き残った選択を掴み取る。


 介入。


 つまりどういうことかというと、好きな人の幸せを考えた結果、彼、もしくは彼女は好きな人と結ばれることこそが最善であり、そのための手助けをしようと人の恋愛事情に介入することが「介入」という二文字の意味である。


 好きな人は好きな人と結ばれてほしい。幸せになってほしい。それこそが真実の愛だとか恋だとかいうやつで、自分のことだけを考えるのであればそれは嘘っこの感情に違いないのだ。


 涙ながらの決意だった。


 だけど迷わなかった。


 誰からといわずおもむろに立ち上がると三々五々に散っていく。


 まずは、心を落ち着けることに専念しようという考えだった。


 家に向かう者や学校に戻る者、そのまま公園に残る者と、行く先はバラバラでしかしこれからの行動は共通していた。


 


 ひと夏の奇妙な三角関係が始まった。


 


 しかし語らねばなるまい。


 彼らの物語には、もう一人の存在が必要不可欠であることを。


 視点は移る。


 この世界とは別の次元、神々の楽園である「天界」の一角、株式会社キューピットの恋愛取り締まり部門結びつき科の事務室。羊毛フェルトのセパレーターが事務用の長机をくっきり八分割にして、背中に純白の羽を生やしている八人がデスクトップのモニターとにらめっこをしながらそこにいた。


 本社勤め百六十年の御年四百八十七歳独身のセージという男は、その中でもとびっきりのしかめっ面と冷や汗と開いた瞳孔をみせていた。よく耳を澄ませてみると聞こえるのは「無い」の繰り返しの呟きで、彼の向かい合うモニターは下界と呼ばれる天界とは別の世界を映し出している。下界の人間の仲を取り持つことが株式会社キューピットの役割で、次のターゲットを見定めるための確認作業はそこに勤めるセージからしてみれば当然の行為だ。しかし様子がおかしい。


 そもそも「無い」とは何のことか。


「くそったれえ! 弓矢が見つからん‼」


 退行の始まっている前髪をかきむしり、セージは車輪移動の椅子から立ち上がる。事務用の長机から七つの視線が飛んできて、「冗談だ」の一言から気まずそうに席に戻る。机に両ひじをついてから再び頭をかきむしる。切羽詰まったを物の見事に体現している。


 彼が焦るのもしかし当然だ。


 先の発言は、商売道具の「結びの弓矢」を無くしたということだ。


 その見た目は、一般的な弓矢の形を想像してもらい、その矢じりが、ハートの形であるという想像を重ねてもらえば子細ない。しかし一般的な弓矢とは、その使い道がいっそかけ離れているといっても過言ではなく、簡単に言えば、その矢に貫かれた者は自分を貫いた者に惚れてしまうのである。


 つまるところが仕事の必須アイテムであり、仕事のノルマを達成する手段をセージは失ったのである。


 前回の仕事で下界へと降り立つ際にでも落としたのだろうかとセージは血眼になり、眼光を受けるモニターはそれにひるむこともなくプログラム通りの動きしか見せない。いい加減にじれったくてこのまま下界に降り立とうという考えがセージの頭によぎり、下界に降り立つ際にはいくつかの制限があることに足を縛られるセージであったが、決してこのまま降りられないというわけでもなくそれならばある程度の弓矢の位置は把握しておきたいとの考えもある。


 そして見つけた。


 場所はナマズ公園とかいうエリアで、下界の誰かが弓矢を拾うその前におのずから拾いに行かなければならなかった。


「よし、あったぞ」


 手間を惜しむ余裕は、ノルマぎりぎりのセージの元には存在していなかった。


 ただでさえ不況の時代だ。


 まるで、恋愛に関心のないことが美徳であるかのように振舞う現代人は、経過年数を西暦に刻むごとにその数をいや増し、歴史ある株式会社キューピットの日本支部において売上高をその数に比例して落としている。リストラだって始まった。貨幣の概念はこの天界においては存在しないが、偉大なる神は下界の民に貢献することによる好感度をそのまま神のしもべの生存の価値に繋げた。企業における売上高とはすなわちセージたちの生きる理由であり、だからこそ事務机にかじりつくように誰もが仕事を行っている。


 再びセージは立ち上がる。


 ビジネスバッグを忘れてることには気づかずに、それでも下界行きのパスポートだけは忘れない。


 早歩きで堅苦しい雰囲気の事務室を飛び出して、自販機を横目にしながら薄暗い廊下を歩き抜け、パスポートをかざして移動室のセキュリティスキャンを超える。


 下界行きのポーターの配置されている場所が移動室であり、部屋の中心で青く発光している幾何学模様がポーターである。座標軸を打ち込むためのキーボードがあって、芥山市のナマズ公園を座標に指定してから、セージは慣れた足取りでポーターに一歩を踏み出す。


「セージ、出る!」


 一層増した青い輝きが、セージの体を包み込む。


 感じる重力さえなく、移動室からたちまちにセージの姿は消え去った。





 照らす陽光に目をすがめ、こつ然として姿を現したセージは背の高い生垣の傍にいた。


「ふん、相変わらず濁った空気をしてやがるぜ。下界ってやつは」


 ポーターの移動規則としては、とにかく人目につかないことが条件であり、それを満たすことのできない公園という場所は、その場所にセージを連れて行くことなくポイントした座標近くの歩道にセージを置き去りにした。


「とにかく憑き人を探すとするか。憑き人のリストアップこそしていないが、なあに、俺様のカリスマがあればすぐにでも見つかるだろう」


 周囲を歩く。


 と、おあつらえといわんばかりにセージの目の前には若い男の集団があった。


「おい貴様ら、少しだけ俺の話に耳を傾けてみる気はないか」


 射殺すような視線がまっすぐにセージの顔に向けられた。たじろぐセージが見たものは男の鼻下にある血の流れた痕である。胸倉をつかまれてセージの次に見たものは目前に迫る拳であり、真っ昼間だというのに数秒後には燦然とまたたく星を見た。そのまま地に伏せて、集団に囲まれて、いくつもの靴底の形を記憶した。


「俺たちは機嫌が悪いんだよ。運が悪かったなおっさん」


 しかしセージは立ち上がる。


 柳のような立ち居振る舞いで口元の血を拭うさまは、圧倒的な強者の貫禄を見せつけていた。


 若者の集団は、気づかぬうちに地雷原に踏み込んだのかと錯覚して半歩だけ後ずさる。


「小童どもが、調子に乗るなよ。この俺に本気を出させたことを後悔させてやるぜ。俺は文字通り貴様たちとは生きてきた年季が違う。これから起こることは薄っぺらい貴様らの人生で二度と忘れることのできない悪夢とな、」


「うるせえ!」


 集団の一人が、セージの背後から勇猛果敢にも殴りかかる。


 後頭部に迫るその拳は果たして——————直撃した。


 セージは頭を抱えて地にうずくまる。


 足蹴の嵐だった。


「思わせぶりなこと言ってんじゃねえ!」


「くそ雑魚じゃねえか!」


「薄っぺらいのはてめえの頭だろ!」


「今この瞬間をてめえの悪夢にしてやんよ!」


 もうボッコボコだった。


 反撃もなかった。


 おやじ狩りのハードモードにしか見えなかった。


 うだるくらいの、夏だった。

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