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トライアングルラブとおっさん  作者: 仲島 たねや
第一章 トライアングルラブと告白
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トライアングルラブと告白④

 透は走った。


 なんで?


 わからない。


 それでも霧子の涙をそのままにしておくことは透の心のささくれが許してはくれなかった。


 後悔、という二文字の言葉はなによりも透の嫌うところであり、しかし芽亜里にフラれたダメージは未だに消え去ってはいなかった。心に刺さるのは小さく突き立つささくれなどではなくて、鋭くとがったまち針であることに透は気づいていない。それでも痛みは透の足を止めるための障害物になることはないし、ましてや透の感覚に従う行動はとんでもなく大きな出来事でもない限り止めることなどできやしない。


 玄関付近のヤンキーがいて通り抜けようとしたところでわずかに肩が触れ合う。


 ガンくれたヤンキーは唸り声とともに透の背中に手を伸ばすが空を切る。


「ごめんな!」


 威圧する気まんまんのヤンキーの唸り声を誘発した透の声。お構いなしに駆けていく透はそれに気づかぬままに校門を出る。不快感を覚えたヤンキーは傍の仲間を従えて透の後に続き、それにも気づかない透は着の身着のままの風のように走り去る。もつれるようにふらついた足は、おそらくは気絶した時の影響で、透はたたらを踏んで、息を吐きだして膝に手を置いた。緑の桜並木で、追いついたぜこのやろうと透の背中に話しかけるヤンキーが、透の体調不良が察せられるやいなや備え付きの良心を発揮して透の顔を覗きこもうとする。


 ここで透は気づいた。


 金髪のヤンキーにではない。


 走り去る芽亜里の後ろ姿にだ。


「なんで⁉」


 急に上げられた透の頭は、ヤンキーの鼻面にぶち当たることで血のアーチを描き出した。


「あ、ごめん」


 謝罪の言葉をかき消すようなヤンキー仲間の心配の声が上がる。


 しかしそれに気をかける余裕がない。走る芽亜里のその先に、透の追いかけていた霧子の後ろ姿も見えたのだ。これは芽亜里の走る目的はまったく同じく透と同じものであり、つまりは泣いている霧子を心配したからこその行動を芽亜里が起こしている。


 そういうことになる。


 何だか安心した。


 フラれた時は氷のように冷たい心を持っているのかと思ったが、泣いている人を心配しているという行動が、まさか氷のような心から生じるわけもない。


 人知れず微笑みながら走った。


 車道の横の歩道で芽亜里に気づかれないぐらいの距離を空けて走る。右手には、身長よりも高い生垣、それを突き破る子供の元気な声、まるで暑さに狂わされた奇声のようにもそれは聞こえ、地面には、蹴りやすそうなでっかい石ころ、道しるべの役割の黒い染み、芽亜里の肌から滴り落ちた玉のような汗が黒い染みの正体で。電柱の後ろの陰に透は時折身を隠し、しかし芽亜里の様子を見るに、まさか自分が誰かに尾けられていることなど微塵も考えてないだろう。


 霧子が先行して入る公園におっかなびっくり芽亜里も入る。


 透も続く。


 霧子の姿は見失い、それでも芽亜里の後ろ姿は見失っていない。


 芽亜里の後ろ姿がトイレに入るとみせかけて近くの茂みに身を隠した。そして透もまた芽亜里の頭が見えるぐらいの位置の緑の茂みに身を隠す。芽亜里の視線は肩をひくつかせる霧子の姿を捉えているので、三人の高校生の視線が公衆トイレの周りで時計回りに向けられている形になる。一人の子供が、この奇妙な光景を鬼ごっこの最中に見つけると何かいけない物でも見たように目を逸らし、スーツ姿のサラリーマンが、この珍妙な光景を営業のサボり時間に見つけると新手の犯罪が行われているのかとポケットのスマホに手を伸ばそうとしてやっぱり止めた。


 透は思った。


 どうしてストーカーみたいにこそこそとしている?


 それは自分に対しての問いかけであり、それは芽亜里に対しての問いかけでもあった。


 フラれたばかりの人間がフラれた相手に距離を置こうとすることは当然で、しかしそれに当てはまらないのが芽亜里である。


 思うがままに自分たちの思いをぶつけあう喧嘩や、前提として顔を会わせた程度の知り合いであるという可能性。芽亜里の霧子に話しかけられない理由はいくつか浮かび、しかしそのどれもがしっくりこないし霧子を追いかける理由としては不十分な気もする。


 やがて胸の辺りを押さえつける芽亜里。観察を続ける。そうすることにより答えのわかりそうな気がする。


「え?」


 涙を流し始めた芽亜里の姿に思わず声を漏らした。


 慌てて口を塞いだ。


 そこからはもっと驚いた。


「あなたのこと、好きなんだよ、ねえ気づいてた? 霧子ちゃん」


 少なくとも透は気づいていなかった。


 馬鹿みたいに口を開けながら天を仰ぎ見る透は、うーんこれはどういうことだと頭の中を整理し始める。透のフラれた原因はすでに芽亜里にとっての恋愛感情的に好きな人がいて、しかしその人は一般常識的に考えれば決して恋愛対象にはならない人で、それでも好きの感情に一般的な常識なんてものが通用するわけもない。自身でも身に染みてわかっている。


 だけどこれは、さすがに予想外で、隕石みたいな衝撃が、透の胸に襲う。


 ちゃんと言語化してみようと脳内の言語野に結果をゆだねる。


 芽亜里の好きな人は、透ではなくて霧子のことである。


 二発目の隕石だ。


 透は緑の茂みの一角を握りしめる。眉をしかめる。歯を食いしばる。このまま涙を流せば周囲からは立派な男泣きに見えるかもしれないし、そうじゃなければただの嫉妬野郎の惨敗シーンにしか見えないかもしれない。霧子に負けた。どうして俺じゃないのか、そんな風に思うことはおかしなことだろうか。


 暑苦しい夏の風が吹く。群れを成したいわし雲が流れる。ぎらぎらの太陽が顔をのぞかせる。


 誰かの激情は、当たり前の景色を崩すには至らない。


 霧子の泣いている理由にも透は至らないし、しかし胸の内に浮かぶ答えはあった。


 芽亜里も霧子も泣かない世界を作る。傷つくのはきっと、自分だけの優しい世界だ。

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