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4 氷の竜


 しゅうしゅうと、竜の呼吸が洞窟内に響く。

 血のように赤い目が、イリスを捉えた。 


『人の子が、何用だ』

 低く深みのある声。氷の竜が牙を覗かせる。


『わざわざ、喰われに来たのか』

「ち、違います……」

 イリスが言葉を絞り出す。彼女の手にある鱗を見て、氷の竜は目を細めた。


『なるほど。俺の鱗が目的か』

「ご、ごめんなさい」

 口からこぼれたのは、謝罪だった。怪訝そうに氷の竜が尋ねる。


『何故、謝る?』

「勝手に、あなたの巣に入って。ごめんなさい。いないかと思ったの。……寝ていたのね?」

 起こしてしまって、ごめんなさい。イリスが頭を下げた。ごめんなさい、と繰り返す。


「私はもう出ていくわ」

『待て、小娘』


 びくりとイリスの体が震えた。氷の竜が立ち上がる。

 大きい。

 小山ほどもある氷の竜が、イリスを見下ろす。


『鱗を取りに来たとなると、冬の流行り病の薬か』

 イリスが頷けば、氷の竜が牙を見せて嗤った。


『ただでは、やらん』

「……う」

 気を抜けば、恐怖で涙が溢れてしまう。イリスは堪えるように唇を噛んだ。


「……私の、命と、引き換え……、ですか?」

『話が早くて助かる』

 (ごう)、と氷の竜が吠えた。びりびりと空気が引き攣れる。


 それでも、イリスは腰を抜かさずに立っていた。体は震えている。気丈に氷の竜を見返す。

 ほう、氷の竜が息をついた。


『泣き喚くと思ったが。面白いな、お前。俺を恐れないのか?』

「……じゅうぶん、こわい、です」

 それでも。弟のことを思えば、立っていられる。


 氷の竜が喉奥で嗤った。


『小娘。歳はいくつだ』

「じゅ、十七です」

『今までここに来た者で、一番若いぞ。褒めてやろう、小娘』

 イリスが顔をしかめた。


「嬉しくないです。それに、私は小娘じゃありません。イリスという名前があります」

 くっくっく、と氷の竜が嗤う。

『生意気な小娘だ』

「イリスです」

 ふむ、と氷の竜が一つ頷いた。


『名にし負わばだな。したたかな者だ』

 イリスがきょとんとする。氷の竜の言葉が理解できず、首を傾げる。


「……あの。どういう意味ですか」

『なんだ。己の名の意も知らんのか』

 呆れたように氷の竜が言った。


『イリスは西の果てに咲く花。どんなに強い風が吹いても、その花びらを散らせない。芯のある美しい花だ』

「そう……なんですね!」

 嬉しそうに輝く彼女の瞳に、氷の竜は(いぶか)しむ。


『何故、そんなにも喜ぶ?』

「あ……」

 一転、イリスの表情が沈んだ。

 氷の竜が顔を近づける。


『どうした』

 赤い目が心配そうに瞬いた。氷の竜なのに、気遣う声。

 イリスが呟く。


「……親が、いないんです」






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