『ある館で殺人事件が起きた。それを聞いたAは誰が犯人かわかった。なぜ?』
それはある日の休日のことだった。
一週間という長い学校生活を終え、勉強もしなくていい、朝早く起きなくてもいい、もっと言えば学校に行かなくてもいいという天国のような休日。
そんな土曜日の午前中から僕は街に繰り出していた。
「ほんとうは外に出たくなんてないけど、新刊のためなら頑張るしかないよね。母さんに頼んでも断られるし……」
今日は僕が読んでいる推理小説の新刊が発売される。
基本的に自宅から出たくない僕としては母親に買ってきてもらえたらバンバンザイなのだけど、見事なまでに断られる。
「ただでさえあんたは出不精なんだから自分の用事くらい自分で行きなさい」
今回もこんな感じで自分で行かされることになった。
「面倒だけど雨じゃないだけマシだけどね」
これで雨なんか降ってたら、さんざん行くか行かないかを悩んだ挙句、やっぱりすぐに読みたいし行くしかないと渋々と出かけていたことだろう。
それに比べたら外が快晴で気温も適温な今日はかなりの好条件と言える。
そんなことを考えながらこの辺で一番近い本屋があるデパートにたどり着いた。
「なんでこの辺はデパートの中にしか本屋がないんだろう。僕は人混みが苦手だし本屋単体の方が人が少なくていいのに」
自慢にならないけど僕は日陰者だ。
教室の中央より隅っこ、ステージの上より舞台裏、主役より脇役。もっといえばモブキャラ。
そんな基本的に目を向けられることの少ないのが僕という人間だ。
活発な性格のケンジや明るくて女子どころか男子からの人気も高いハルがいるから埋もれていないだけで、あの二人がいなかったら僕は教室で一人でもおかしくない。
「その点はケンジとハルに感謝かな。何かのグループを組む時に頼もしい」
学校では何かとグループを組まされることが多い。体育で二人組を作るよう言われたり、校外学習なんかで班を作るように言われたり、一人ではどうしようもないことが多々ある。そういう時にケンジやハルと組むことで僕は今までを乗り越えてきた。
「まあ、お礼なんて絶対に言わないけどね」
「えーっ。せっかくならちゃんと言ってほしいんだけどなー」
「何言ってるのさハル。僕が素直にお礼を言うようなタイプじゃないのわかってるでしょ……ん? ハル? 僕今ハルって言った?」
「そうだね。言ったね。確かに私の名前を呼んだね」
そう言いながら僕の後ろからひょっこり前に出て来るハル。
「奇遇だね、まこと」
「……そうだね。奇遇だねハル」
「こんなところにいるのなんてまことにしては珍しいじゃん。何してたの?」
「今日発売の本を買いにね。そっちは?」
「私はねー」
もったいぶったようにそう言ったハルは僕の後ろを覗き込んだ。
え? 僕の後ろに幽霊でもいるの? ご先祖様かな?
なんてバカなことを考えつつ、後ろを振り返る。
「えっと……こんにちは。二ノ宮君」
「ああ、四條さんも一緒だったんだ。ごめんね、今まで気がつかなくて」
「い、いえ……。私の方こそ自分から挨拶しなくてすいません」
「別に気にしなくてもいいのに」
「そうだよ琴音ちゃん! まことに気を使う必要なんて全然ないんだから!」
「確かにそうなんだけどハルが言うのはおかしいでしょ……」
いつの間にか四條さんの隣まで来たハルが四條さんに抱き着きつつ、そう言った。
四條さんも少し困ったような表情はしているものの、嫌そうには見えないし大丈夫だろう。
「それで結局そっちの用事はなんなのさ」
「私たちもたぶんまことと一緒だよ。買うものも」
「買うものも? ってことは四條さんの買い物にハルが付き合ってるって感じ?」
「そうそう。琴音ちゃんが今日発売の推理小説を買いに行くって言ってたから親睦を深めるためにも付いてきたの」
なるほど。それなら納得がいく。
まあハルの買い物に四條さんを巻き込んだ可能性も十分にあったけれど。
「あの、二ノ宮君もあの作家の推理小説を買いに来たんですか?」
「うん。あの作家の推理物は面白いからね。今までのも全部買ってるよ」
「わ、私もです! えっと、もしよかったら今度お話しませんか?」
「別にいいよ。僕もあの作家の小説読んでる人ほかに知らないし、珍しいよね」
今はネットで素人が簡単に小説を投稿できる時代になったし、ライトノベルという読みやすい小説も増えた。
だからと言って一般的な小説を読む学生が増えたかといえば、それは悩みどころだろう。少なくとも僕の周りにはいない。ケンジとハルはマンガ派だ。
だから四條さんのような存在は僕にとっても貴重な存在である。
「それじゃあ買いに行こうか。四條さんも早く読みたいだろうし」
「は、はい。そうですね」
「レッツゴー!!」
こうして偶然会ったハルと四條さんも加えて本屋へと向かった。
そして人気のある作家だということもあって目的の小説はすぐに見つかり、僕と四條さんは各々買い物を済ませた。
「さすがに人気のある作家さんだからすぐに見つかったね」
「そうですね。古参のファンもいるくらい前からの作家さんでもありますし、どこの本屋さんにも置いてあって助かります」
「わかるわかる。売れ始めたばかりの作家さんだと小さな本屋にはなくて困るんだよね。ネットだと数日かかったりするし」
「わかります。私も何度も経験あります……」
本好きあるあるを口にしながら僕と四條さんがホクホクしていると、一人どこかに行っていたハルが戻ってきた。
「あっ。どこ行ってたのさハル。急にいなくなって」
「あれ~。もしかしてまこと、私がいなくなって心配してたー?」
「うん。もう少しでアナウンスをかけてもらうところだったよ」
「やめてよ!?」
からかおうとしてきたハルをからかい返して悦に浸った僕は改めてハルに問いかける。
「それで結局どこ行ってたのさ。まあ本屋の袋を持ってるあたりマンガでも買ってたんだろうけどさ」
「ふっふっふっ。残念だねまこと。いつもの名探偵ぶりがないよ」
「そりゃあ名探偵じゃないからね。いつもないに決まってる。それで何買ったの?」
「仕方ない。教えてしんぜよう。私が買ったのは~……じゃじゃん! これだよ!!」
そう言ってハルは持っていた袋から一冊の本を取り出した。
『ウミガメのスープ問題集。~みんなでウミガメのスープを楽しみつつ、いろんな人に広めよう! キミにこの謎が解けるか!!~』
「それじゃあ僕はこの辺で。早く帰って買った本読みたいしね」
嫌な予感しかない僕はすぐさま踵を返して帰ろうとした。
それをハルが全身をもって止めてくる。つまり後ろから抱き着いてきた。
「ちょっ!? ハルっ!?」
いきなりのことでテンパった僕を見てハルがニヤリと笑った。
ああ、これはろくなことを考えてない顔だ。
「あれ~。もしかしてまことってば照れてるの? 幼馴染の女の子に抱きつかれて照れちゃったの~? あれれ~?」
やっぱり煽ってきた……。
しかしここで頭に血を登らせて反論なんかしちゃいけない。それではますますハルを調子づかせてしまう。
それにその反応はハルに対して少なからずドキドキしたということに他ならない。ハルとは幼馴染だから小さいころからの仲だけど、それとこれとは話が別だ。
例えば小さいころに一緒にお風呂に入っていたからって、今もなんら変わらずに一緒にお風呂には入れないだろう。その相手のことを好きとか嫌いとかにかかわらず。
「それで? ハルはどうしてそんな本を買ったのさ」
「あーっ! 話逸らした!!」
「話す気がないならそれでもいいよ。それじゃあ僕はこの辺で」
「ちょっ! ちょっと待ってよまこと! いいじゃん、そんな急がなくても!」
うん。上手く話を逸らすことに成功した。
今みたいに呼び止められても話が逸れるし、呼び止められないならそのまま立ち去るだけだから話は続かない。我ながら完璧なハルの対処法だ。
「まったく、まことくらいだよ。私に対してそんなそっけない対応するの」
ハルはそう愚痴りながらも本を買った目的を話し始めた。
「ほら、私たちって最近ウミガメのスープやってるじゃん?」
「うん。僕のやる気関係なくね」
「それでさ、いつも一之瀬君が問題を出してくれるじゃん? それで思ったんだけどさ、一之瀬君も回答者側やりたいんじゃないかと思って」
「ああ、確かにそうですね」
ハルの言うことに四條さんがが賛成した。僕もハルの言うことにしてはまともだなという感じだ。
「だからさ、たまには私が問題を出す側やってもいいかなーって思ったんだよ。そのための問題集」
理由を聞いてみればなんともハルらしい理由だった。
自分だけが楽しむのではなく、周りの人みんなが楽しむ。誰か一人でも楽しくないのは認めない。それがハルという人間のいいところだ。
「というわけで、お試しがてら練習台になってよ」
「……ねえ、もしかしてハルも問題出してみたかっただけじゃないよね?」
「そ、ソンナコトナイヨー」
ハルが白々しく目をそらした。
「はあ~……。まあいいよ、どっちの理由も本当なんだろし、ハルの言ってることはもっともだからね。推理小説を読む前の頭の体操とでも思っておくよ」
ここでハルの提案を無視するほど僕も人でなしではない。
なんだかんだケンジにもハルにもお世話になってるし、恩返し、というには安い気もするけど返せるときに返せるものは返した方がいいだろう。
「ほんとっ!? 琴音ちゃんもいいよね!?」
「はい。私もやりたいです」
もちろん四條さんを仲間はずれになんてすることなく、休日だというのにウミガメのスープが始まった。
「それでは問題!! 『ある館で殺人事件が起きた。それを聞いたAは誰が犯人かわかった。なぜ?』さーて、わかるかなぁ?」
『ある館で殺人事件が起きた。それを聞いたAは誰が犯人かわかった。なぜ?』
これが今日の問題だ。
しかも問題がシンプルで少し厄介そうな匂いがする。
「えっと、質問です。殺人事件の犯人はAですか?」
「ノー! 確かに気になるところだよね。でもそんな簡単じゃないよ!」
さっそく四條さんが質問を投げかけ、ハルがケンジのようにイエスノーで答える。
ケンジのやり方を何回も見てるからハルも出題者として迷うことは少ないだろう。
「質問。Aはその犯行現場を見ていた?」
「ノー! 見てなくてもAには犯人がわかったよ」
「続いて質問。Aは犯人の共犯者?」
「ノー! Aはこの事件の犯人に協力はしてません」
四條さんと今の僕の質問でとりあえずAは犯人側に加担していないことがわかった。
まあハルが考えた問題じゃないし、そこまで簡単なはずもないか。
「えっと、質問です。Aはその館で殺人事件があったと聞いた瞬間に犯人がわかったんですか?」
「イエスかな? ○○が死んでる。と聞いた時点でわかった。みたいな感じ」
「えっと、もう一つ質問です。Aさんは最初から犯人がわかっていましたか?」
「……? どういうこと?」
「例えば事件が起こることが最初から犯行予告とかでわかっていて、その犯行予告に名前が書いてあったとか」
「あーっ! 怪盗物とかで今夜○○を頂戴する。怪盗○○とか書いてあるやつ!!」
「そうです。そういうのがあったのかなって」
「そういうことならノーだよ。あらかじめ犯人を知っていたわけじゃないよ」
なるほど、さすが四條さんだ。
今日も僕と同じ推理小説を買いに来てたみたいだし、自分で推理小説好きって言ってたし、こういった問題の考え方みたいなのがよくわかっている。
「僕からも質問。Aは本当に犯人がわかってた?」
「イエス。ちゃんとわかってたよ」
「もう一つ質問。その犯人はちゃんと当たっていた?」
「それもイエス。犯人をバッチリ当てちゃってるよ!」
「さらに質問。犯人がわかったっていうのは当てずっぽう?」
「ノーだよ。ちゃんと考えたうえでの結論だよ」
ここで僕と四條さんの質問が一回止まった。お互いとりあえず出てきた質問が出きった感じだろう。
今までの経験から言うと、ここで一旦推理をして、そこから生まれた疑問をまた口にしていくことになる。
「とりあえずAは犯人が側の人間じゃなさそうですよね?」
「そうだね。それに推理も適当とかじゃないみたいだ」
「はい。それに犯人のこともわかってたわけじゃない」
「だとするとAから情報を掘り出すのはいったん止めでいいかもね」
「そうですね。だとすると次は……」
僕と四條さんは二人で一旦口を閉ざし、すぐに口を開いた。
「「次は犯人について聞いていこう(聞きましょう)」」
そして口にした内容も同じ。
うん。やっぱり四條さんは推理物が好きっていう僕との共通点もあって話が進めやすいし、同じペースで進んでくれるから思考も共有しやすい。
「……なんか二人とも息ぴったりだね」
四條さんに対してまた親近感を覚えていると、むすっとした顔でハルが言ってきた。
「なにさ? 仲が悪いよりはいいと思うんだけど?」
「そりゃあそうだけどさ、そこはほら、幼馴染特有の何かでわかってよ」
「それでなんでもわかるならこの問題も瞬殺なんだけどね」
幼馴染だからと言って何でもわかったら怖すぎる。
わかるのが怖いというのもあるけど、相手になんでも筒抜けとか怖すぎる。むしろこっちの方が重要じゃないだろうか。
「あ、あの……三舟ちゃん」
「琴音ちゃんはいいの! 私はまことに言ってるだけだから。琴音ちゃんのことを嫌いだとか迷惑とかは思ってないよ! ほんと!」
「ほ、本当ですか? その、私がいなかったら今頃二ノ宮君と二人でウミガメのスープができたんじゃ……」
「あー、もう! 本当に違うんだって! この話はもうおしまい!」
「自分で振ってきたくせに」
「何か言った、まこと?」
「んーん、なにも」
あぶないあぶない。藪蛇になるところだった。
それにしてもハルはすごいな。あのタイミングで四條さんがなにを考えているのかわかるなんて。
僕なんてなにを考えているのか全然わかんなかった。少しは仲良くなれたと思っていたけど、全然なんだなー。
「それで二人とも質問は? 質問はないの?」
早く話を逸らしたいのかハルがせっついてくる。
けど、今の会話でせっかくの推理が混乱してしまった。
ここはいったん今わかっていることを頭の中で整理しよう。
・Aは犯人じゃない。
・Aは共犯者ではない。
・Aは犯行現場を見ていない。
・Aは事件のことを聞いた時点で犯人を特定できていた。
・Aは最初から犯人と知っていたわけではない。
・Aはちゃんと考えたうえで犯人を特定していて、その考えも当たっている。
うん。こんなところだろう。
僕が頭の中で今までの質問の整理を終えた少しあとに、四條さんも小声で「こんなところかな」とつぶやいていたので、僕と同じく整理を終えたのだろう。
質問再スタートだ。
「それじゃあ質問。犯人は一人?」
「イエス。犯人は一人だよ」
「もう一つ質問。犯人は一人って言うけど、犯人は一人じゃないとダメなの?」
「イエスかな。複数人だとこうはいかないと思う」
犯人は一人である必要がある。
ここに何かがありそうな気がする。
「えっと、私からも質問です。事件って言うのは殺人事件の必要はありますか?」
「イエスノー……かな。殺人事件じゃないとこうもすんなり犯人を特定できないかもしれない」
「えっと、もう一つ質問です。話を聞いた瞬間に犯人がわかった。ってありますけど、例えば死体を見た瞬間に犯人がわかった。でも問題は成立しますか?」
「それはイエス……じゃないな。条件さえ合えばイエス、かな。それさえ守られれば死体を発見でも問題は成立するよ。条件があっててとりあえず事件があったってわかったらそれでOK」
ふむふむ。事件があったことがわかれば犯人がわかるのか。
つまり、事件が起こる→事件を知る。この間の時点でAは犯人を特定するだけの何かを知っているってことか。
「質問。さっき犯人を最初から知ってたわけじゃないって言ってたけど、犯人候補も知らなかった? 例えばこういうことをやりそうなのはあの人。みたいな」
「その聞き方だとー……イエスかな」
ハルのこの感じ……。
ケンジの時もそうだけど、出題者が回答に悩むってことは質問側が問題の本質に限りなく近い質問をしているからだ。
だから質問に慎重に答える必要が出てきて言葉が詰まる。下手に答えてヒントになってもダメ出し、間違った回答をするわけにもいかないから。
だからこれはメタ読みだけど重要なところだ。もう少し突いてみよう。
「もう一つ質問。殺人事件の方法を重要?」
「事件の方法? どういうこと?」
「殺し方のことだよ。例えば包丁で刺したとか、鈍器で殴ったとか、殺し方は重要なのかなーって」
「あー、そういうことならノーだよ。殺し方はなんでもいい。ただ殺し方だから自殺じゃないよ。……でも、なんで?」
「たぶんですけど、殺し方が特定のものなら、この方法で殺せたのはこの人。みたいな推理で犯人を当てたと考えたんじゃないでしょうか?」
「さすが四條さん。その通りだよ」
例えば弓で撃たれて死んでいた。とかなら弓をやっていた人が犯人の可能性が高いし、首を絞められて死んでいた。けど特殊なもので絞められていた。とかならその道具を使っている人が犯人の可能性が高くなる。そういうことだ。
「えっと、質問です。念のためなんですけど、これは現実でも起こり得る話ですよね?」
「イエスだよ。現実でも起こる可能性があるよ」
「えっと、もう一つ質問です。犯人は一人って言ってましたけど、被害者側も一人じゃないとダメですか?」
「それはノーかな。被害者側は何人でも大丈夫だと思う。ただAは残してね。犯人以外全員死亡は問題にならないから」
なるほど、今の説明からすると、僕とケンジとハルと四條さんがいて、ケンジだけが殺されても、ハルも殺されてもいいわけか。
……ん? なにか違和感が……。
「えっと、質問です。Aは犯人から自分が犯人だって聞きましたか?」
「ノーだよ。Aは自分の力で犯人を特定しました!」
「もう一つ質問です。話を聞いたら犯人がわかったって問題ですけど、その聞いた話から犯人を割り出しましたか?」
「ノーかな。なんなら殺人事件があった。だけでも犯人の特定はできたと思うよ」
僕が自分の考えに違和感を覚える中、四條さんは質問を飛ばしていた。
うーん、でも僕は自分の考えの何に違和感を覚えていたんだろう。
……そういえば、今回の問題はやたらと人数に関して制限があるように思う。犯人は一人の方がいいとか、被害者は多くてもいいとか。
だから僕は自分の身近な人を使って問題の再現を頭の中でしたわけで―――。
「……あっ」
ひらめいた。
ひらめいてしまった。
「うっ……。まこと、もしかしてわかったの?」
うげっ! とでも言いたそうな顔でハルがこちらを見てきた。
何なんだよその表情。
「まだわかってないよ。だから質問させて」
「うー……。それいつものわかってて言ってくる質問じゃーん」
ハルがすっかり項垂れてしまったけれど僕は構わずに質問をする。
「質問。この問題に人数は重要ですか?」
「イエスノー。条件さえ合ってるなら人数は何人でもいいよ」
「もう一つ質問。犯人がわかった段階で犯人は生きていますか?」
「イエスだよ……」
「さらに質問。といってもこれが本命なんだけど、この問題の舞台は特殊なものですか?」
「い、イエスかな……。特殊じゃなくてもいいかもだけど、問題だと特殊な舞台になってる」
「さらに質問。その特殊な舞台とはクローズド・サークルですか?」
「い、イエス……」
「これはもらったかな」
このハルの反応を見るに僕の考えに間違いはないみたいだ。
「す、すごいです二ノ宮君。私なんて今の質問を聞いてもまだわからないです」
「まあ推理は直感とひらめきって言うもんね。もしかしたら僕と四條さんの立場が逆だったかもしれないよ」
なにかの推理物で読んだけれど、推理というものは直感とひらめきが大事らしい。
数学の数式のように正しいものを正しく並べただけでは正しい答えになるとは限らない。その正しさの中にある違和感に気が付けるかどうか、それが推理をする上では重要……らしい。
「……それじゃあまこと、推理をどうぞ」
「え? ハルの出題者としての練習なのにアレをやるの?」
「そりゃあやるよ。決まり事だもん」
「ケンジが勝手に言い出しただけなんだけど……」
「いいからやるの!!」
ハルが半ば自棄になってきた。
これ以上は言い争っても体力や気力が無駄になるのは間違いない。ここは大人な僕が折れるとしよう。そうしよう。
ただここまでしておいて推理を外しても恥ずかしいし、最後の確認はしておこう。
・Aは犯人じゃない。
・Aは共犯者ではない。
・Aは犯行現場を見ていない。
・Aは事件のことを聞いた時点で犯人を特定できていた。
・Aは最初から犯人と知っていたわけではない。
・Aはちゃんと考えたうえで犯人を特定していて、その考えも当たっている。
・犯人は一人じゃないとダメ。複数人では問題が成立しない。
・被害者は複数人でもいい。ただAは生き残っている必要がある。
・事件の話を聞いた。ではなく、死体を見た。でも問題は成立する。ただし条件がある。
・事件は殺人事件じゃなくても成立するかもしれないけど、殺人事件が望ましい。
・Aは犯人候補も知らなかった。
・殺人の方法は重要じゃない。
・被害者は自殺ではない。
・現実でも起こり得る話。
・Aは犯人から自分が犯人とは聞いていない。
・Aは聞いた話から犯人を推理したわけじゃない。
・この問題にある程度人数は重要。
・Aが犯人を特定した時点で犯人は生きている。
・問題の舞台は少し特殊でクローズド・サークルである。
うん。大丈夫。矛盾はない。
「それじゃあ始めるよ。まず、この問題の重要なところは大きく分けて二か所ある」
「たぶんですけど、一つ目は人数ですよね? 犯人は一人じゃないとダメなのに被害者は複数人でもいいっておかしいですよね?」
「そうだね。四條さんの言う通り、今回の問題にはある程度だけど人数が関わってくる。そしてもう一つの問題はクローズド・サークル。まあこれはあった方がすんなり納得できるだけでなくてもどうにかなるとは思うけどね」
そう。ぶっちゃけた話、クローズド・サークルに関してはなくても問題は成立するっちゃ成立する。
ただ、そうだった方がすんなり納得ができるというだけのものだ。
「でも、私はここまで二ノ宮君の推理を聞いてもわかりません。どうして話を聞いただけで犯人がわかったんでしょうか? 安楽椅子探偵とかではないですよね?」
「それは違うね。確かに物語の中には話を聞くだけで現場に行かずに推理する探偵がいたりするけど、この問題は少なくともそうじゃない。だよね、ハル?」
「わかってるくせに~」
推理パートに入ってからハルは拗ねていた。
ケンジとやるとき大丈夫なんだろうかと少し心配になってくる。
「とりあえずなんだけど、今回の問題を僕らで表してみよう。登場人物は僕、ハル、四條さん、ケンジの四人」
「一之瀬君も必要なんですか? ここにはいませんけど」
「うん。今回の問題ではその方がわかりやすいと思うよ」
今言った通り僕ら三人ではこの問題の違和感には気づきにくい。というか、よほどのことがないと気が付かないだろう。
だからここにはいないケンジにもしっかりと登場してもらう。
「それじゃあ説明するね。まず犯人は僕、四條さんをAだとして、ケンジが死んだとする。その話を四條さんが僕かハル聞く。これだとなんで四條さんが犯人が僕だとわかったのかはわからない。ここまではいいよね?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃあもう一つのパターン。役はさっきと一緒で犯人は僕、Aは四條さん。さっきと違うのは死体役がケンジだけじゃなくてハルもだって部分」
「なんで私を殺すのさ」
「僕が死にたくないからだけど」
「最愛の幼馴染を想像の中とはいえ殺すなー!!」
……何だろう。
今日のハル、なんだかいつもより面倒くさい。よっぽど問題を解かれるのが嫌なんだろうか。嫌なんだろうな。世界の終わりみたいな顔してるし。
「さっきの続きね。ハルとケンジが死んだという話を四條さんは僕から聞く。さっきはこの段階で四條さんは犯人がだれだかわらなかったけど、今回は違う」
「え……、それってどういう……。……あっ!!」
「四條さんもわかったみたいだね」
ここまで説明すれば四條さんならこの問題の本質に気が付く。
この問題の本質。ハルがひたすらに隠そうとしていた条件。それは―――
「この問題の大事な部分―――それはAが事件の話を聞いた段階で生きている人間が犯人とAの二人だけであること。だよ」
そう。これがこの問題を解く上で一番大事で大切な部分。
「つまり事件が起きて、その場にいるのは自分ともう一人だけという状況だったら犯人は自然と話を持ってきた人になるよねっていうのがこの問題の答え。違う? ハル」
「せ、正解だよー! こんにゃろー!!」
ハルがお店の中だというのに自棄くそ気味に叫ぶ。
せっかく目立たないように推理してたのに台無しだ。人目がすごい。やめてほしい。
「なるほど、だから三舟さんは人数に関する質問で悩んでたり、事件はちゃんと生きている人数の減る殺人事件がいいって言ったり、問題の舞台はクローズド・サークルにしてたんですね」
「そうだね。窃盗事件とかだと、ただなくなっただけとか考えちゃいそうだし、クローズド・サークルじゃないと外部の人間の可能性を考えちゃうからね。まあクローズド・サークルだからって百パーセント外部の人間がいないわけじゃないけど」
ハルが時々言いよどんでいた理由は大方こういうことだ。
人数制限、特殊な舞台、それらをうっかり口にしてしまったら簡単に問題を解かれてしまうからハルは必死にうまい言い方を探していたのだろう。
「ハルにしてはよく頑張ったと思うよ」
「ほ、ほんと? 私出題者ちゃんと出来てた?」
「できてたと思うよ。うっかり発言もなかったし、これならケンジの代わりもできるんじゃない?」
「そっか……そっか!!」
いつも元気なハルをよく知っている僕からすれば、落ち込んでいるハルはあまり見たくない。
ハルはいつも元気で、こちらの都合もを最低限は守りつつ振り回してくるのがちょうどいいのだ。
ハルだって人間だから落ち込んだり、悔しがったり、悲しんだりすることもある。でも今はそういう場面ではきっとないから、笑っていてほしい。
「それじゃあお昼いこっか? まことも来るよね」
「どうせ断っても無理やり連れてくんでしょ?」
「まあね! 琴音ちゃんもいいよね?」
「はい、私も頭を使ったら小腹がすいてきちゃいました」
「え? 小腹? あれだけ頭使ったのに?」
「ハルは大腹が空いてるもんね」
「な、なにをーっ! いっぱい食べて何が悪いんじゃー!!」
よかった。ようやくいつものハルに戻った。やっぱりハルはこうでなくっちゃ。
「そうだ、ハル。言い忘れてたよ」
「え? なにか推理で忘れてたことなんてあったっけ?」
「違う違う。そうじゃなくって」
ハルは練習だけどいつも通りやるって言った。
だから最後までいつも通りやり通そう。
「次はもっと手ごたえのある問題を頼むよ」