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『何度さしても死なない男。どうして?』

「リベンジだ!!」


 学校からの帰り道。僕とケンジと昨日から一緒に帰るようになったハルの三人で歩いていると、ケンジがなにやらやる気満々の様子で盛り上がっていた。


「あー、おいしいよね。みかんみたいで」


 本当はなんて言ったのかわかっていたけど、面倒なことになりそうなのであえてとぼけてみる。


「オレンジじゃねえよ! てかちょっとしか似てないからな!!」

「マコト……耳大丈夫?」

「まさかハルにこんな心配をされる日が来るとは。すごい複雑な気分だ……」


 ケンジの鋭いツッコミはともかく、ハルのマジな感じの心配の言葉はとても不自然な形で僕の胸に刺さった。

 なにこの複雑でモヤモヤする感情。


「マコトさー。お昼も言ったかもだけどいい加減諦めるというか、認めなよ。なんだかんだ自分だって楽しんでるって」

「いや、だからちゃんとお昼にはやったんだよ。もう一日分の頭使っちゃったんだよ」

「じゃあ明日は土曜日で学校休みだから明日の分が使えるね。やったじゃん!」

「全然よくないよ。やってないよ」


 明日やらなくていいからって、明日の分の力を今日使うってのは違うよね。おかしいよね?


「だぁーっ! なんだっていい! いくぞ! 問題!」


 僕とハルがつまらない言い合いをしていると、なにやら我慢の限界が来たらしいケンジが強引にスープの提供に入った。

 ああ、やっぱり逃げられない。


「『何度さしても死なない男。どうして?』」


 どうやら今回の問題はこれらしい。

 しかもこの問題は結構面倒くさい感じがする。


「こういう問題がシンプルで短い問題って問題文自体に情報が少ないから厄介な感じがするんだけど……」

「おお、さすがはマコトだな。その通りだ。ウミガメのスープは問題文から少しずつ情報を集めて、さらにその集めた情報から次の情報を。って、感じだから問題文が短くてシンプルな方が面倒な傾向があるぞ」

「やっぱり……」


 ケンジの別にありがたくもない肯定の言葉に肩を落とす僕。

 それとは逆にハルはなんか燃えていた。


「今度こそは私が解くよ! いつもマコトに任せてばかりなのも悔しいしね!!」

「いいぞ三舟! 俺もマコトに解かれるよりは三舟に解かれる方がマシだしな。まあ勝たせるつもりはないけどな!!」


 どうしよう。僕だけ置いてどんどん二人がヒートアップしていく。それに比例してどんどん僕はクールダウンしてくんだけど。


「それじゃあしつもーん! 何でさしたかは重要なの?」

「ハル、急にどうしたのさ、そんなまともでいい感じの質問しちゃって……」

「なによそれ! 私だってやればできるんだから!」


 さっきの仕返しのつもりで言ってやると、ハルはそこそこある胸を張りながら頬を膨らませて怒った。

 うん。少しだけ気が晴れた。


「イチャイチャしてるとこ悪いが答えるぞ。答えはノーだ。させれば何でもいい」

「いや、別にイチャイチャしてないんだけど」

「えーっ。そんな風に見えるー? 照れちゃうなー」


 僕がケンジに否定していると割り込むようにハルが言った。それもちょっと顔を赤くして腰をくねくねさせて、まるで本当にイチャイチャしてるところを見られて恥ずかしいみたいな感じで。

 仮にイチャイチャしてたように見えたとしても、僕なんかとイチャイチャしなくたってハルならもっといい男子を捕まえて本当にイチャイチャできるだろうに。


「まあいいや。質問。何度さしても死なない。って言ってるけど本当に死なないの?」


 このことについては今日のお昼にさんざん考えたことなので、すぐに頭の片隅に追いやって質問を飛ばす。


「イエス。本当に死なないぜ」

「続いて質問。そのさした相手は人間?」

「やっぱりマコトは素人じゃねえな。答えはイエスだな」

「続いて質問。それは生身の人間?」

「ん? どういうことだ?」

「ほら、おもちゃの人形とか、紙に書いたイラストの人間とか、そういう人じゃなくて僕らみたいな現実の人間かってこと」

「ああ、そういうことか。そういうことならイエスだな。さした相手は現実の生身の人間だ」

「そうなんだ。てっきり黒ひげ危機一発的なのを想像してたんだけど」

「やっぱりお前の思考回路おかしいぞ。普通この段階でそんな考えは出てこねえよ。俺だってそこにたどり着くまで時間かかったのに」


 ケンジが何やらダメージを食らってるけどそっとしておくことにした。

 だって別に僕は特別賢いわけじゃない。テストの点数はいつも平均より少しいいくらいだし、今回のここまでの思考だって、死なない男ってどういうことだろう?→死なないってことは普通の人間じゃないかも?→普通の人間じゃない人間って何だろう? →人形とかかな? って感じの至って普通の思考回路だ。


「なんだかんだ言ってマコトもやるきなんじゃーん」

「早く終わらせたいだけだよ。それに質問しないとハルが怒るんじゃないか」

「ふーん。まあいいよ。そういうことにしてあげる」


 なんか含みのある言い方をしたハルは今度は自分が頑張る番とばかりに質問をした。


「しつもーん。さされた男はさされた時なにか叫びましたか?」

「マコトからは絶対にでない面白い質問だな。答えはノーだ」

「もいっこしつもーん。それって痛くないからってこと?」

「イエスだな」

「しつもーん。それってほんとに人間? なんか聞いてる限り不死身の人間にしか思えないんだけど」

「イエスだな。ほんとにほんとに本当に正真正銘の人間だ。おまけに不死身みたいな特殊な事情もないな」


 ハルのちょっと変わった質問が三つほど飛んだところで質問タイムがいったん終了する。

 質問が尽きたようだ。


「よしっ! まだ優勢だな!」


 質問が止まり、具体的な解決の糸口がまだ見えていないところからケンジが嬉しそうにそう言った。

 といっても、まだ僕らとケンジが別れる場所までは距離があるし、時間も余裕がある。まだまだ余裕はないはずなんだけど。


「ふっふっふ。それはどうかな、一之瀬くん」


 突然ハルが自信ありげなことを言う。

 顎に指まで添えちゃってカッコまで付けてる。これではずしたらからかってやろう。


「ほーう。そんなことを言うってことは三舟は答えがわかったのか?」

「まあね! なんせ今日私自身が経験したことだもん! 今回はマコトに出番はないよ!」

「それは助かるよ。それじゃあハル、早速その推理とやらを聞かせてよ。探偵っぽくやらないとケンジは認めてくれないから気を付けてね」


 十中八九間違いだとは思うけど、一応は聞いてあげる。

 それにもしかしたら何かしらのヒントになるものがあるかもしれないし、可能性は限りなく低いけどハルが本当に正解を口にするかもしれない。

 どちらにしても一応はハルの推理を聞いておいて損はないし、問題の解決を早めるのには必要なことだ。


「それじゃあ聞かせてあげましょう! 私の完璧な推理を!!」


 ハルがどんどん自分でハードルを上げていく。

 間違えてた時のことなんて考えてないんだろうなー。


「まずこの問題にはややこしいところがあるんだよ。ひっかけって言ってもいいね!」

「ほうほう、それでそれで? どこがややこしいんだ?」

「それはズバリ! 『さしても』の部分だよ!!」

「へー、どうややこしいんだ?」

「問題文で死なない。とか出てるからナイフとかで刺したって私たちは考えてたんだけど、この『さしても』の部分はたぶんそういう『刺しても』じゃないんだよ」

「面白い推理だな。じゃあどういう『さしても』なんだ?」


 ハルがナイフで刺しようなジェスチャーをしながら自信ありげに言う。

 でも確かにケンジの言う通りこの推理は面白い。

 ハルの言う通り僕も問題文からして『刺しても』だと思い込んでいた。

 これはもしかしたらもしかするかもしれない。


「私の推理からするとたぶん指を差すとかの『()()』なんだよ!」

「なるほど、それで肝心の回答はどうなるんだ?」

「つまり男は授業とかで何回も差されたんだよ! だけど指を差されただけで死ぬわけないから何度()しても死なない男。なんだよ!!」

「おー。ハルのわりにちゃんと考えられてる」

「なによ私のわりって! でも褒めてくれてもいるから許す!!」


 実際このハルの推理は面白いし、今の情報だけで言えば納得もいく。ケンジが正解って言ったら素直に受け取ってしまうくらいにまとな回答だった。


「なかなか面白い推理だけど、残念だな三舟。不正解だ」

「えーっ!!?? 嘘でしょ!?」

「嘘じゃねえよ。でも本当に面白い推理だ。君は小説家にでもなればいい」

「ケンジ、それ犯人のセリフだよ」


 ケンジの不正解の言葉にハルが心底驚いた反応をした。そしてそれからしょんぼりした。

 まああれだけ自信ありげだったし仕方ないのかもしれないけど。

 ただ思ったよりもまともな推理だったのでからかうのはやめておいてあげよう。後が怖いしね。


「ところでケンジ、質問いいかな?」

「おう。バッチコイ!」

「それじゃあ質問。ハルも言ってたけど問題文の『さす』は刃物とかで刺すの『()()』でいいの?」

「イエスだな。その()()であってるぜ」

「もういっこ質問。何度刺されても死なない男って言ってるけど、例えば何度撃っても死なない男。みたいな他の方法でも問題は成立する?」

「イエスだな。男を殺す方法は何でもいいぜ」


 ケンジから質問の答えを聞けたところで今まで出た情報を一旦まとめてみよう。


 ・問題文の『さす』は漢字にすると『刺す』。

 ・男を刺すものは何でもいい。

 ・問題文の『刺す』は別に相手を殺す内容にだったら変更が可能。何度撃っても死なない男など。

 ・男は本当に死なない。

 ・相手は人形やイラストの人間ではなく、生身の人間。

 ・男は刺された時に叫んだりしていない。

 ・男は痛みを感じていない。

 ・男はしっかりとした人間で不死身などの特殊能力はない。


 こんなところだろうか。


「とりあえず男は普通の人間で、どんな方法でも死なないと。その上痛みも感じない」

「そうだな。その認識であってるぜ」


 まだまだ余裕だからなのかケンジの表情は明るい。

 でもまだ時間は半分くらいあるし、僕らも慌てるような時間じゃない。

 なんて考えていたんだけど、隣にはしょんぼりしている幼馴染が一人。


「うぅ……恥ずかしい……あんなにドヤってたのに……」

「ハル、元気だしなよ。ケンジも言ってたけど面白い推理だったよ。正解でも納得できたし」

「ほ、ほんと!?」

「ほんとほんと。まあドヤってたのは恥ずかしいけどね」

「うわーんっ!! やっぱり恥ずかしいんじゃん! 私は辱めを受けた! もうお嫁にいけない! 責任を取ってマコトに結婚してもらうからー!!」

「あー、はいはい。大丈夫だよ。ハルならどうにでもなるって」


 素直に褒めるだけなのはなんだかモヤっとしたのでからかい交じりにフォローをしたらとんでもないことを言われた。

 まったく、ハルは僕なんかを選らばなくたって平気だと何度心の中で言えばいいのさ。いや、ちゃんと口に出してないのが悪いんだけどさ。


「質問。刺した時に血は出ますか?」

「うーん……ちょっと難しいがイエスでいいかな。俺も詳しくは知らん」

「ふーん。ちょっと難しいんだ」

「な、なんだよ。そうだよ」


 ケンジがちょっとたじろいだ。

 数自体は少ないけれど今までの経験から言えば、ケンジがイエスノーや回答に悩んだところには結構重要ななにかが隠れている。

 ここはもう少し突いた方が良さそうだ。


「質問。血が出ると仮定して、血の量はたくさん出ますか?」

「それはイエスだな」

「質問。その血は本物の血ですか?」

「イエスだな。血糊とか絵の具の赤とか作り物じゃないぜ」


 なるほど、今の二つの質問でおもちゃのナイフで刺した。や、お芝居や劇の演出のような線はなくなった。

 さて、次はどんな質問をしようかと悩んでいると、どうやら元気を取り戻したらしいハルが大きく手を挙げて質問をした。


「しつもーん。 この問題みたいな状況に私たちもなったことある?」

「うっ、地味に嫌な質問だな。答えはノーだ」

「もいっこしつもーん。つまり普通に生きてたら中々起きないけど、誰にでも起きる可能性はあるってこと?」

「イエスだな。可能性はかなり低いだろうけどな」

「私達でも可能性はゼロじゃない。でも私は普通に包丁とかで刺されたら死んじゃうけどなー」


 ハルの言う通りだ。

 包丁で刺されれば下手をすれば死ぬ。よくても重症だ。それにさっき聞いた「刺した時に血が出ますか?」の質問にも微妙に引っかかるように思う。


「痛みを感じさせず、けれど刃物はちゃんと刺して、さらに相手を殺さない……」


 自分で呟いて本当にどんな状況なんだと思う。

 刃物で刺されれば痛いし、ちゃんと刺されば下手をすれば死ぬ。そんな当然のことが当然じゃないこの状況。

 ここまでの情報からして男に何かしらのトリックが隠れているのは明白だ。

 けれど男は不死身なんかではなく、特殊な能力を持ってもないという。なんなら僕らにも可能性は低いながらもあるという。つまり現実に起こりうることということだ。


「どうすれば僕が包丁で刺されても痛くないか……」

「痛みを感じる前に死んじゃえばいいんじゃない? 即死ってやつ? それか愛のある私に刺されれば愛が勝って痛みがないかも」

「……ハル、それもしかしたらかなりいいかも」

「えっ!? ままま、マコトは私の愛のある攻撃なら痛くないの?」


 ハルがなにやらバカなことを言ってるけど僕はそれを無視してケンジに質問をする。


「質問。男は即死ですか?」

「イエスノーだな。即死でもそうじゃなくても構わない」

「そっか、ハルの言う通り即死なら痛みを感じる間もないと思ったんだけど」

「そうだな。今日の三舟はかなりいい感じだ」

「えへへー、やっぱりー、照れちゃうなー」


 僕とケンジに褒められてご満悦のハル。

 でも問題は解決してないんだよなー。


「痛みを感じる前に死ぬ。ほんとにいい感じだと思うんだけど……ん?」


 ここまで考えて、もしかして? みたいな直感がきた。


「ケンジ、質問。その男の人は健康ですか?」

「うっ……ノーだな」

「これはもらったかな」


 今の質問ですべてがわかった。

 僕の考えが正しければ、今までの質問の回答も納得がいく。

 ケンジの表情もやや曇り気味で僕の答えが正解だという可能性は十分にある。


「ちょっとまってちょっとまって!!」


 まだ少し時間的には余裕があるけどさっさと答えてしまおうと思ってると、ハルから待ったがかかった。


「どうしたのさハル。もう答えが出たんだけど」

「まだもうちょっと時間あるじゃん! 今日は私も調子いいみたいだし自分で解きたい!!」

「まあいいんじゃねえの。三舟の気持ちも俺はわかるしな。マコトはギリギリまで三舟のヒントになりそうな質問してくれよ。もしかしたら途中で間違ってたことに気付く可能性もあるしな」

「えー、面倒なんだけど」

「女の子はそういうものなの! いいからヒントちょうだい!!」


 面倒だけど、これ以上なにか言い返しても逆に疲れるだけなのは明白だ。

 ケンジもハルの味方みたいだし、僕に勝ち目なんて一つもない。

 なら大人しく、流れに逆らわず、すべてを時の進むままにいた方が最終的には楽に済む。


「それじゃあ質問。男は生まれた時から死ねない体でしたか?」

「ノーだな」

「続いて質問。男はなにかしらの出来事で死ねない体になりましたか?」

「イエスだな」


 これでどうだ? とばかりに僕とケンジはハルの方を見る。

 もう勝負とか関係なくなってきてることは見て見ぬふりだ。


「うーん。つまり男はなにかしらのトラブルで死ねなくなったってことだよね? でも私たちが死ねなくなるような出来事って何だろう?」


「「ん~~っ!!」」


 ダメかーっ! と、ケンジと二人で頭を抱える。

 ほんとどうしよう。これ以上はヒントというよりも答えに近いんだけど。なんなら今の質問もほとんど答えなんだけど。


「し、質問。男は死なない状態で刺されている最中に意識がありますか?」

「ノーだな」

「質問。男を殺すときに使用する道具はおもちゃなどではなく本物?」

「イエスだな」

「質問。男は攻撃をガードできるようなものを持っていた?」

「ノーだな」


 これ以上はないというくらい革新的でどうにか答えとまではいかない質問。

 これで無理なら僕でも無理だ。問題を解くよりハルを答えに導くほうが難しいとは。


「寝ている最中に刺したから痛みもなくってこと? でも即死じゃなかったら普通に痛いよね?」


 うん。もう駄目だね。僕には無理だ。

 その結論に至ったのは僕だけじゃなくてケンジもらしい。何かを悟ったような顔をしている。


「もうそろそろ時間だね。それじゃあケンジ、答え合わせと行こうか」

「だな」

「えっ!? ちょっとまってよ」


 ハルが慌てているけど本当にもうそろそろタイムアップだ。

 僕らとケンジとが分かれる道まであと三分ほどしかない。

 けれど念のため、もう一度今までわかっていることをおさらいしておこう。


 ・問題文の『さす』は漢字にすると『刺す』。

 ・男を刺すものは何でもいい。

 ・問題文の『刺す』は別に相手を殺す内容にだったら変更が可能。何度撃っても死なない男など。

 ・男は本当に死なない。

 ・相手は人形やイラストの人間ではなく、生身の人間。

 ・男は刺された時に叫んだりしていない。

 ・男は痛みを感じていない。

 ・男はしっかりとした人間で不死身などの特殊能力はない。

 ・男を刺した時に血は出る。(ただし基本的に。詳しくはケンジも知らないらしい)

 ・男は血が出るとして量はたくさん出る。

 ・男から出た血は絵具や血糊などの作り物ではない。

 ・この状況に普通の人はなったことがない。

 ・僕らのような普通の人でも可能性的には低いけど、同じ状況になる可能性はある。

 ・男は即死でも即死じゃなくてもいい。

 ・男の人は健康ではない。

 ・男は生まれた時から死ねない体だったのではなく、ある出来事の後から死ねない体になった。

 ・男は死なない最中に刺されているときに意識はない。

 ・男を殺した道具は本物。

 ・男は攻撃をガードできるようなものは持っていない。


 まあ、こんなところだろう。

 うん。僕の答えはどの質問にも引っかからないし、たぶん正解だ。


「それじゃあ推理を始めるよ」

「だからちょっと待ってってば! もう少し! あと少しだけ!!」


 ハルが未練がましく喚いてるけど、それを無視して推理を始める。


「この問題の厄介なところは男が死なないというところだよね」

「だな。それをどう説明してくれるんだ?」

「そうだね、まず前提として男は僕らと同じ普通の人間である。特殊な能力はない。ってことだから、現実で起きないことではないってことになる」

「うんうん。それで?」

「次に劇やドラマみたいなお芝居の可能性だけど、それも血は本物って質問で証明されてるし、イラストやおもちゃでもない生身の人間であることが質問でわかってる」

「そうだな」

「そして質問で可能性は低いけど僕らみたいな普通の人間でも同じ状況になり得るってこともわかってる。でも僕らは包丁で刺されれば痛いし、下手をすれば死ぬし、血は絶対に出る」

「当たり前だな。俺だってそうだ」

「でもここで少し引っかかることがある。包丁で刺されれば普通は絶対に血が出るはずなのに、ケンジは質問の回答に少し渋った」

「そうだったっけ?」


 ここにきてしらばっくれるケンジ。

 あきらめの悪い。


「ということはここに何かしらのトリックがある。包丁で刺されても死なない何かしらのトリックがここに隠れてるんだ」

「どこに隠れてるんだよ?」

「何度も言うけど、僕らは包丁で刺されれば下手をすれば死ぬ。これを確定で死ぬと仮定して、僕らはどうやったら死なないでいられるかを考えたら答えは自ずと狭まってくる」

「何が言いたいんだよ?」

「最後のほうの質問で、男は健康な状態ではないことがわかった。それに最初から死ねなかったわけじゃなくて、あとから死ねなくなった」

「言ったな」

「そこで考えたんだ。特殊能力みたいな超次元の事象を抜きにして、生きている僕らが死なない状態になる方法を。けどそんな方法はやっぱりない。不死身じゃないんだから」

「当然だな」


 そう、これは当然の話だ。

 人はいつか絶対に死ぬ。こればっかりはどれほど医学が進化したっておそらく変わらないだろう。

 どれほど生を望んだところで誰にでも等しく死はやってくる。

 そう、()はやってくるんだ。


「だから逆に考えた。生きている僕らじゃなければ生きられるのかって」

「それは矛盾してるだろ。死んでるのに生きてるって」

「ケンジの言う通りこれは矛盾してる。でも、これが今回の答えだよね?」


 そう。これが今回の答え。

 人が何をされても死なないためのたった一つの方法。


「もうはっきり言っちゃうけど、この問題の男は問題文の時点で()()()()()()()()んだよね?」

「なにいって……」

「既に死んでいる人を何度刺したってもう死んでるんだからこれ以上死なない。痛みもたぶんないし、血は出る。死んでるから叫べるはずもないし、殺す方法を変えたって元がすでに死んでいるんだからこれ以上死ぬことはない」


 これが今回の答え。

 問題の男は問題文の時点ですでに死んでいる。

 すでに死んでいる人がこれ以上死ぬことはない。たとえどんな殺害方法を使ったとしても。


「……まいった。降参だ」


 ケンジが参ったと両手を上げる。

 今回も僕の勝ちだ。


「ハルも今のでわかった?」

「うん。でもまさか最初から男が死んでるなんて思わなかったよ」

「そこが最初からわかってたら問題にならないからね。ケンジだって僕らにそれを悟らせないようにしてたはずだし」

「当たり前だろ。マコトの言う通りそれがバレたら今みたいに一瞬で終わっちまうよ」


 あれほど答えにたどり着けなかったハルも今の僕の説明でようやくわかったらしい。

 これで僕の探偵タイムもおしまいだ。


「ったく、今回もなかなかいいところまではもってけたのになー。次は負けねー!!」

「やっぱりまたやるんだね」

「あたぼーよ! 勝つまでは絶対にやめねーっ!!」


 それなら次にでも負けちゃおうかな。というめんどくさがりな僕と、それっていつまでたっても終わらないんじゃ、というちょっと意地悪な僕とが混在する中、僕はいつものセリフを口にする。


「次はもっと手ごたえのある問題を頼むよ」



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