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『Aさんが豚を殴ったが、誰もそれを咎めることはなかった。』

「今日もやってきたな! 楽しい楽しい食事の時間が!!」


 いつもの学校。いつもの放課後。

 なんてことなく授業を終え、ホームルームも終わり、部活に勤しんだり、友達と遊ぶなど青春を謳歌しようとするクラスメイトを尻目に、家でまったりしたいなどと考えていた僕のところにケンジが意気揚々とやってきた。


「今日も元気だね、ケンジ。何かいいことでもあったの? あと昼休みならとっくに終わったよ」

「いんや。あるのはこれからだ!」

「へー、そうなんだ。それはよかったね」


 ケンジの言おうとすることくらいは簡単に察することができたけれど、しらを切った。

 だけどそこは腐っても親友。

 こんな僕の対応なんて予定通りと言わんばかりに話を進める。


「ふっふっふっ。そんな態度とったって駄目だぜ。お前がなんだかんだウミガメのスープを楽しんでるのはわかってるんだ」

「……今度いい眼科を調べておくよ。いや、精神科の方がいいかな?」

「ひでーな!? てか、俺の視力は両目とも1.0で精神もまともだ!」

「そうだったんだ。それはよかったよ。それじゃあ今日も何もせずに帰ろうか」

「わかってはいるんだけど、ここまでくるとさすがに清々しいな。逆にすげーよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ケンジの皮肉に適当に返事をして鞄を肩にかける。


「マコトー。帰ろー」


 僕とケンジがいつも通りなやり取りをしていると、さっきまで友達と話していた幼馴染のハルが鞄を持ってこっちにやってきた。


「うん。ちょうど今帰ろうと思ってたところだよ」

「そしてちょうど今ウミガメのスープをしようと思ってたところだな!!」


 めげることないケンジが元気いっぱいに言う。

 一体このバイタリティーというかやる気はどこからやってきているのだろう。


「おー! 今日もやるんだ! よく問題思いつくね! あれ答える方もだけど問題考える方も大変そうなのに」

「まあな! と言いたいところだが、何も全部俺が考えてる問題なわけじゃないからな。ネットで探せばいくらでも問題はあるし、なんなら専用のアプリなんてのもあるんだぜ。だから問題に事欠くことはない!」

「へー、そうなんだ。アプリにもなってるのに私知らなかったよ」

「確かにメジャーなアプリかって言われたらそうじゃないからな。知る人ぞ知る! みたいな感じの方が近い感じもする」


 こんな会話をしながら下駄箱で靴を買い替え、校門を抜ける。


「それで今日はどんな問題なの? できれば簡単なのがいいんだけど。私でも解けそうなやつ」

「おっ! 三舟は話が早くて助かるな。誰かさんとは大違いだぜ!」

「あー、まあ確かにマコトは素直じゃないから……」


 ケンジの皮肉の対象を一瞬で僕だと決めつけたハルがこちらに呆れた目を向けてくる。

 うーん。そのマコトだもんねー。しょうがないよねー。みたいな諦めの視線はやめてほしい。僕だって全力でやるときはやるんだ。

 今日だってこのあと全力で家でまったりする予定なんだ。


「くだらないこと考えてないでウミガメのスープしようよ。どうせマコトだって嫌ではないんでしょ」

「そりゃあ嫌ではないよ。でもそんなことより僕の心が読めてるみたいな感じなのはなんで?」

「なんでって、伊達に幼馴染やってないからだよ。どうせ僕だってやるときはやる。これから家でまったりするんだ! みたいなこと考えてたんでしょ?」


 なにやらアクションまで加えて演じてくれるハル。

 見事に全問正解である。


「ほら、図星だ」

「三舟はマコト関係なら満点だよな。さすがは幼馴染」

「へへん! マコトのことで私にわからないことはない!!」


 腰に手を当て自慢げに語るハル。

 否定したいところだけど、少しは確信をついているので何とも返答に困まる。


「それよりもケンジ。早く問題を出してよ。問題が出るのが遅ければ遅いほど僕らが不利になる」

「見事な話題転換だな。まあいいや!」


 僕が強引に話題を変えると、ケンジは僕らの関係に感心したような顔をしながらも問題を口にした。


「それじゃあ問題。『Aさんが豚を殴ったが、誰もそれを咎めることはなかった。』さて、どういうことでしょう?」


「うわっ……。なんかバイオレンスな問題だね」


 出題された問題に対してハルが少し顔を引き攣らせた。

 ただ僕からすれば、一問目から人が死んだというワードが入った問題だったので、さして気にならない。


「それじゃあ早速しつもーん! Aさんが豚を殴った時に周りに人はいた?」

「おっ、なかなかいい質問だな三舟。ただその質問の答えはイエスノーだ」

「いてもいいし、いなくてもいいってこと?」

「そうだな。誰かがいてもいなくてもいい。見られてても見られてなくてもいい。そういう意味で捉えてもらって構わないぜ。ただ見られてないから咎められないってわけじゃないからな」

「あ、そうなんだ」

「そうだったら簡単すぎるでしょ……」


 前回の経験からしっかりと質問の仕方を学んだハルが早速質問を飛ばした。

 その解答にハルが素の反応を返し、僕は少し苦笑した。


「質問。それって殴った時に誰にも見られてなくて、後でそのことを誰かに話しても咎められないってこと?」

「そうだな。さっきの問題の補足として完璧だ」


 つまり豚を殴ったことに対して後にも先にも誰も咎める人はいないってことか。


「しつもーん。誰も咎めなかったってことは、誰も豚を殴ったことを悪いと思ってないってこと?」

「イエスだな。誰もAさんが豚を殴ったことを悪いと思ってないぜ」

「もういっこ、しつもーん。殴ったって、全力で殴ったの?」

「そうだな……全力とまではいかないまでも結構な力では殴ったと思うぜ。だからイエスだな」


 ハルが二つほど質問を飛ばし、ケンジがそれに答える。

 質問の内容も良いもので、僕自身も気になっていたことだった。


「……マコト、また質問役わたしにだけ押し付けるつもりでしょ」

「そんなことないよ。さっき質問したじゃない」

「一回だけじゃん! マコトの方が私よりこういうの得意なんだから質問たくさんあるでしょ! 私ですら三つも質問してるんだからね!」

「わかったよ。ちゃんと質問するからそんなに怒らないでよ」


 別に質問のすべてをハルに押し付けるつもりなんて毛頭なかったんだけど、これ以上変に取り繕っても時間と労力の無駄だ。ここは僕が折れておくことにする。

 しっかりと話し合わないとダメ。みたいな意見もあるかもしれないが、平和的に敗北をするという精神も必要だと僕は思う。


「質問。この話は現実の話?」

「イエスだな。現実でも起こり得る話だぜ」

「ごめん、言い方が悪かったや。Aさんは小説やドラマの中の登場人物なんかじゃなくて現実の人? って言いたかったんだ」

「あー、なるほどな。それでもイエスだ。Aさんは物語上の人物じゃなくて現実の人間だぜ」

「続いて質問。殴るのは豚じゃないとダメなの?」

「いんや。豚じゃなくてもいいな。条件さえ同じならオッケーだ。だからノーだな」


 とりあえずハルと同じく二つほど質問を重ね、一定の情報を得た。

 特に条件さえ同じなら豚じゃなくてもいい。というケンジの言葉にはかなりのヒントがあるように思う。この条件さえ詰めることができればこのもんだは解けそうな気もする。

 さらに嬉しいことに僕が質問したことでハルも機嫌をよくしてくれたのか、今は顎に細い指を添えて考え込んでいる。転ばなきゃいいけど。


「しつもーん。Aさんは豚を殴りたくて殴ったの?」

「イエスだな。殴りたくてってのはちょっとあれだが、自分の意志で豚を殴ったぜ」

「もういっこ、しつもーん。周りの人はともかく、Aさん自身は豚を殴ったことを悪いと思ってる?」

「うーん。何とも言えないが、あったとしても多少の罪悪感。ってくらいだとは思うぜ」


 どうやらこの問題上では、誰も豚を殴ることに対して悪いという認識はなさそうだ。

 ここだけ聞くと、すごい荒れた世界に思える。


「質問。その豚には殴られないといけない理由があった?」

「ちょっと答えづらいが、イエスだな」

「質問。逆にAさんには豚を殴らないといけない理由があった?」

「イエスだな。理由があってAさんは豚を殴ったぜ」


 それなりの質問が重なり、情報も結構出てきた。

 それらの情報をいったん頭の中で整理する。


 ・Aさんも周りの人も豚を殴ることに対して悪いとは思っていない。

 ・条件さえ同じなら豚は別の動物でもいい。

 ・殴った時の力はそれなりの力が入っていた。

 ・Aさんには豚を殴る理由はあった。

 ・現実でも起こりうる話。


 この五つくらいだろう。


「そういえば基本的なこと聞いてなかったや。質問。豚を殴ったって言うのは食用になる豚を殴ったとかそういうこと?」

「おもしろい着眼点だな。だけど答えはノーだ。食用の豚の処理とかではないぜ」

「ちがったか。割といい考えだと思ったんだけど」

「わたしもー。正解かと思っちゃったよ」

「俺もすげーいい質問だと思うぜ。ほんと苦労とじみた質問だよ」

「初心者もいいところなんだけど……」


 僕がウミガメのスープを経験したのはこれで三回目だ。

 日にち計算をしたってまだ三日目。とても玄人なんて言えない。


「しつもーん。さっき現実の話って言ってたけど、それって私達にも似たような経験あったりする?」

「うーん。こればっかりは何とも言えないな。可能性としてはあり得る。くらいに思っといてくれ」

「質問。今までの話を総合すると、そういった業者とか職種の人以外でもこの状況になる可能性があるってこと?」

「イエスだな。誰にでもこの経験がある可能性があるぜ」


 今のやり取りにはなにか大きな意味があったように思う。

 普通に暮らしていて豚を殴るなんて機会はそうないはずだ。それも豚のお世話をしているわけでもない人でも経験した可能性があるとケンジは言った。

 ここになにかこの問題を解くカギが隠れているのは間違いない。


「ん~。もう質問が思いつかないよ~」


 ここまで情報が出てきたところでハルが唸りながら降参気味の発言をする。

 といっても、このままだと僕も降参じゃなくて負けそうなんだけど。もうケンジとの別れ道まで五分くらいしかない。


「これは勝ちはもらったか」


 こっちが引っかかりは見つけられても、それを手繰り寄せられるものがない。だからかケンジが勝ち誇ったような笑みを僕に向けてくる。

 なんで僕にだけ……。なんていう文句は呑み込んで、頭のソースを問題を解決することだけにそそぐ。

 自分の意志で始めたわけじゃないけど、やってしまったからには負けるのは悔しい。


「もう少しでなにか掴めそうなんだけど……」

「えっ? そうなの? わたしさっぱりなんだけど」

「さっきからいろいろ引っかかってはいるんだ。豚を殴った人についてとか、殴られた豚についてとか、でもどう引っかかってるのかがどうにも」


 そう。この問題のカギになりそうな場所の把握はできている。

 でもその先、その問題を解決するための質問がどうにも思い浮かばない。


「ウミガメのスープは普通の推理ものとは少し違うからな。それが原因かもな」

「そうなの? まあ確かになぞなぞに近い気もするけど」


 ケンジの言葉に対してハルが同意を示し、推理とウミガメのスープとの違いをケンジがハルに説明した。


「推理物は最初から情報がすべて出切ってるんだよ。推理する段階で読者が解く気になれば解けるようになってるんだ。でもウミガメは情報がすべて隠されてるからな。情報を集めるところから始めなきゃなんだ。だから今まで推理物を得意としてたマコトでも少し苦戦するんだろうよ」

「あぁ、確かに。そう言われるとテレビの警察ものとか探偵ものとは少し違う感じ」


 詳しい説明を受けてハルがさらに納得したところで残り時間はざっと三分ほど。

 いよいよ怪しくなってきた。


「うーん。マコトが推理してくれるなら、私はなんでもいいから質問した方がいいよね。私じゃもう解けそうにないし、かといって一之瀬くんに負けるのも悔しいしね」

「へへへっ。最後まであがくがいいさ!」


 今までで一番手応えがあるからか、悪役みたいなセリフを吐くケンジ。


「しつもーん。殴られた豚は最終的に死んじゃうの?」

「おっ! かなりいい質問だな三舟! 考え方によっちゃアレだけど答えはノーだ!」

「そうなの? もう頭に浮かんだやつ全部質問しちゃえ! みたいな感じだったんだけど」

「今までで一番いい質問まであるな!」

「へぇー。でもよかった。豚が死んだとかって話だとやっぱりちょっと悲しいもんね。生きててくれてよかったよ」

「あー……。それなんだがな、それが質問だとしたら答えはノーだ」

「えっ? だって豚は死んでないんだよね?」

「ああ」

「じゃあ生きてるんだよね?」

「いや、ノーだな」

「なんでっ!?」


 ハルの言う通りケンジの言ってることはおかしい。矛盾している。

 生き物の生死は生きているか死んでいるかの二択しかないはずだ。


「質問。一応の確認だけど、仮死状態だから生きてるとも死んでいるとも言える。とかじゃないよね?」

「ああ。そういうことじゃないぜ。答えはイエスだな」

「えぇ~っ!! やっぱりおかしいよ! 生きても死んでもないなんて変じゃん!!」


 ハルがケンジの返答に抗議を声を上げる。

 でも確かにハルの言う通りなのだ。さっきも言った通り、生き物の生死には生きているか死んでいるかの二択しかない。仮死状態という逃げ道もちゃんと封じた。なのにどちらでもないと答えるケンジ。

 間違いない。ここにこの問題を解くカギがある。

 それもさっきまでの引っかかりとは比べ物にならないくらい重要なカギがだ。


 よし。いったん冷静に今まで集めた情報をもう一度思い出そう。


 ・Aさんも周りの人も豚を殴ることに対して悪いとは思っていない。

 ・条件さえ同じなら豚は別の動物でもいい。

 ・殴った時の力はそれなりの力が入っていた。

 ・Aさんには豚を殴る理由はあった。

 ・現実でも起こりうる話。

 ・殴られた豚は食用の豚などではない。

 ・この出来事は僕たちみたいな普段豚と関係のない人でも経験がある可能性がある。

 ・豚は最終的に生きても死んでもいない。仮死状態でもない。


 僕らがここまでで得られた情報はこれで全部だ。


「う~ん。やっぱり今さっきの最終的に豚が死んでも生きてもいないってのが気になるな……。」


 顎に手を当て、残り一分程となった時間で頭をフル回転させる。


「生きても死んでもいない。仮死状態みたいなどちらとも取れる状態でもない。だとしたら……あ」


 ひらめいた。

 生きても死んでもない。仮死状態のようなどっちつかずの状態でもない。そんな生死間でありえない状態が一つだけあった。


「ねえ、マコト! 今の「あ」ってもしかして!?」

「うん。わかったよ。この問題の答えが」


 そういって僕がケンジの方を見ると、さっきまでの余裕綽々の様子は見事に消え去り、冷や汗でも流してるんじゃないかってくらいの顔をしていた。


「質問。豚を殴ったって言ったけど、それって素手で殴ったの?」

「ノ、ノーだな。ふつうは何か道具を使うと思うぜ」

「もう一個質問。というかこっちが本命なんだけど―――」


 ここまで散々僕らをおちょっくってくれた罰として、僕はもったいぶった言い回しでケンジを追い詰める。

 それにこれは最初にケンジが決めたことでもある。『解決する時は探偵と犯人みたいな感じでやる』そう言ったのはケンジだ。

 僕はあの時反対したけど、結局やることになったのだから都合よくつかわせてもらおう。


「ケンジの言う豚って生き物の豚なの?」

「……ノ、ノー」


 参ったというように渋々答えたケンジ。

 これは勝負ありだ。


「ねえねえマコト。自分だけわかったからって満足してないで私にもわかるように教えてよ!」

「あー、うん。ごめんごめん。というか今の僕の質問で大体わからなかった?」

「うん! さっぱり! これっぽっちも一ミクロンもわかんない!!」


 変なところで自信に満ち溢れている幼馴染に困惑しながらも、ケンジにトドメを指すという意味も込めてこの問題を解説する。


「まずこの豚についてなんだけど、さっき僕が質問した通り生き物の豚じゃないんだ」

「それはさっきの質問でわかったけどさ、じゃあなに? 豚っていう名前の他の何かがあるってことなの?」

「それも違う。豚自体はハルの考えてるあの豚であってる。だけど生き物じゃない」

「? どういうこと?」

「そうだね……あー、確かハルも生き物じゃない猫を持ってたはずだよ。部屋にあった」

「私の部屋に? うっそだぁ」

「嘘じゃないよ。ハルの部屋にいるでしょ。生きてないけど猫が」


 疑わしい顔で僕を非難するハルに自分の部屋の中をよく思い出すように言う。

 するとハルはようやく答えに行き着いたようで顔を明るくした。


「わかった! ぬいぐるみだ! 私の部屋に猫のぬいぐるみがある!!」

「そう、正解。つまり今回の豚もそういう感じなんだよ」

「あー、なるほどね。じゃあ答えは豚のぬいぐるみを殴ったけど誰も責めなかったってことか!」


 正解にたどり着けたのが嬉しいのかハルが笑顔になった。が、すぐにその顔を曇らせる。


「ねぇ、私自分の猫のぬいぐるみ殴られたら怒るんだけど……。というか絶対私以外にも怒る人がいるよね」


 そうだよね? と、ハルが同調を期待した顔で僕を見てくる。


「そうだね。今のハルの答えじゃ誰もAさんを責めなかった理由が説明できない」

「じゃあどういうことなの? 豚はぬいぐるみじゃないんだよね? 似てるってだけで」

「うん。豚はぬいぐるみじゃない。豚は―――」


 僕はここまでハルと二人で話していたのを切り上げて出題者のケンジに目を向ける。


「豚は―――貯金箱だよ。ね? ケンジ」

「せ、正解だ……」


 苦虫を噛み潰したような顔で悔しがるケンジに僕はとびっきりの笑顔を向けてあげた。


「あー、なるほど! 豚の貯金箱ってあるもんね! 確かにあれなら殴っても誰も文句は言わないよ! 貯金箱だもん」


 そう。この問題の答えは―――『実は殴っていた豚は貯金箱だった』だ。


「これは納得だよー。貯金箱なら誰も文句は言わないし、最初から生きても死んでもないんだから最後が死んでるはずも生きてるはずもない。殴ったのは素手じゃなくて金づち。現実でも起こるし、私たちに経験があってもおかしくないし、猫や犬の貯金箱だってある。全部の条件に当てはまるよ!!」

「解説ありがとう、ハル。ケンジへの説明の手間が省けたよ」

「あれ? でも一之瀬くん私の質問に少し渋ったよね? あれはなんで?」

「それはたぶん物を壊すってことを殺すって捉えると。ってことじゃないかな」

「マコトの言う通りだよ。それであってる」

「にしても危なかったよ。なんだかんだ言ってもう別れ道だ」


 そう。本当に今回はぎりぎりだった。

 始まりが少し遅かったとはいえ、僕らの現在地はケンジとの別れ道のちょうどど真ん中。


「ちっくしょー! 今回は勝ったと思ったのによ~」

「残念だったね」

「覚えてろよマコト! 明日こそは絶対にお前を負かしてやるからな!!」

「やっぱり明日もやるんだね……」

「当たり前だ! なんならお前に勝つまでは絶対にやめねえ!!」

「えー、それ本気で言ってる?」

「本気も本気、超本気だ!!!」


 どうやら今回のギリギリのやり取りで、さらにケンジをやる気にさせてしまったらしい。

 僕としたことがちょっとその場の雰囲気に流されてやりすぎてしまった。

 けれど過ぎてしまったものは仕方がない。それに僕だってこの時間が嫌いなわけではないのだ。

 だから、僕は今日もこの言葉をケンジに送る。


「次はもっと手ごたえのある問題を頼むよ」

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