乳兄弟は疲れてる3
一度顔合わせのために、ジークヴァルトと男爵夫妻が公爵家に出向いた。
叔母が言うには、大公の娘である公爵夫人は愛らしく、15歳を超える娘を持つような女性には見えなかったらしい。
だが大変聡明で、ジークヴァルトを婿にと言うのは元々最初に夫人から公爵に、
「騎士団に、とても賢く優秀な青年がいるそうですわ」
と言葉があり、ちょうど見合い相手を決めかねていた公爵は、候補の一人にジークヴァルトを書き込んでいた。
だが、他の候補は伯爵家以上が多くどうなるかと思っていたが、一度会い話をしただけで他の令息にはない知識や、カールの祖父……ジークヴァルトの祖父と兄弟……から直々に薫陶を受けた商売においての判断力、話題性などをためした。
次々と他の令息が厳しい審査からふるい落とされていく中、夫人のお茶目なお遊びにも付き合えることもあって太鼓判を押されたのだった。
それからは夫人だけに許可を得てケイトリンに手紙を書き、文通するようになったらしい。
「でも、お前、自分の身を守れないじゃないか。大丈夫か?」
「……それは、そうなんだけど……」
考え込むジークヴァルトに、向こうの家に警護兼側近をつけてもらえと伝えていたのだが、数日後ジークヴァルトが公爵家を訪れる際、一緒に連れて行かれた時唖然とした。
「確か、エリク=ハインツの孫だったかな?」
「はい。公爵閣下。カール・エリク=ハインツと申します」
エリク=ハインツは商会の名前。
貴族は姓が必要だから、そのまま商会名を姓として名乗っている。
ちなみにエリクがジークヴァルトの祖父、ハインツが祖父の名前である。
ジークヴァルトはヴェルダン男爵家だからヴェルダンだ。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、お忙しい中、お時間を割いていただき、こちらこそありがとうございます」
頭を下げる。
驚いた。
あのレスラート卿の父親なのに腰が低い……あの尊大さはどこから来てるんだ?
顔にありありと出ていたらしい。
夫人が扇を口元に当て、
「レスラートは母親に似てるの。もう旦那様はレスラート親子を絶縁したわ。一応次男のベンノは有事の後見人として名前を残しているけれど」
「絶縁……」
「そうよ。元々あの女はわたくしと旦那様の仲を裂いて入ってきた愛人なの。何かあったら今までのお金は返金に、慰謝料を女の実家に払ってもらうことになっていたのよ。フフフフ……家も土地も財産も、ここにいる間の散財でパァね。ついでにわたくしのお気に入りのジークヴァルトに一生の傷を負わせたのですもの……生涯償っていただきましょう」
ニンマリ……
美少女が笑うと背中がゾワゾワっとする。
「ありがとうございます。夫人。僕をそこまで買ってくださって……今まで以上に努力いたします」
ジークヴァルトは丁寧に頭を下げる。
「嫌だわぁ。夫人だなんて。わたくしのことはお母さんと呼んで頂戴ね? ジーク」
「お母さんと呼ばせていただきたいのですが、夫人はとてもお若いです。僕の姉と変わらないかと……」
「あら、嬉しいわ。でも、ケイトリンの旦那様ですもの」
「はい」
二人がキャッキャうふふと何やら策略を巡らせているのを横目に、
「エリク=ハインツの……まぁ、カールと呼ぼう。カール」
「はい。公爵閣下」
「まぁ、後で呼び方を考えるか……では、カール。君は職場を変える気はあるか?」
「仕事を変えるでしょうか……そうですね。俺……いえ私は商会を継ぐ気はありません。弟が継ぐ予定で、今祖父の元で勉強中です」
「そうか……では、聞けるな。これは命令ではない。だが、もし君が納得すれば、君に……君と君の家に我が家が所有している爵位を二つ譲りたい」
固まる。
……爵位?
強張ったのが分かったのか苦笑する。
「……突然で悪かったな? これは陛下とも話を通し、男爵家には許可を得ている。今回の私の元バカ息子とその妻である元王女の不祥事によって、一番迷惑を被ったのはジークヴァルト。しかし、男爵家の嫡子ではない一般の騎士に、ホイホイと王が頭を下げられない」
まぁ、そうだろうなぁ……。
と思う。
尊大なバカも謝罪しなくて当然と、思っているくらいだ。
ジークヴァルトは泣き寝入りだったはずである。
「しかし、今回は悪質だ。レスラートの愛人の実家は元々問題があり取り潰された。そして、ジークヴァルトに手を上げた令嬢の実家も斜陽……時間の問題。私達はすぐに手を尽くしたが、実は陛下は初動が遅れ、王領からの馬便が動かなくなり、野菜や麦が城に搬入されず、王都でも買い物も不可能になった」
「……祖父が怒ったのですね?」
公爵は大きく頷く。
やっぱりか……。
納得する。
カールの祖父は、ジークヴァルトの祖父である兄と一緒に事業を起こした。
当初は兄のエリクが働き、ハインツが学校に行って読み書き計算を習い、その後、エリクは働きながら夜に弟にそれらを教わって店を大きくした。
エリクは女性のように美しい顔立ちに、温厚で誠実な人だったらしい。
周囲の人に愛され、周囲を愛し、その人柄に店は活気に溢れ賑わっていた。
二人は相次いで結婚し、これから店を盛り上げて行こうとしていた矢先、生まれたばかりの娘を置いてエリクが商談のために王都を出てすぐのこと……盗賊に扮した貴族が、エリク夫妻の馬車を襲った。
二人は殺され、護衛と御者は腕や足を切られ、虫の息で発見された。
その貴族は護衛と御者が覚えていた紋章で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった家。
金が欲しかったのだろう。
ハインツは訴えたが冷たくあしらわれ、兄夫婦の遺児を引き取り育てながら遺された商会を盤石の状態まで広げていった。
そして、姪が見初められ嫁いでからも、虎視眈々と兄夫婦の無念を晴らそうと狙っていたのだ。
「……確か、レスラート卿の愛人という女性の実家は、先代が祖父の兄……ジークヴァルトの祖父を殺したのです。盗賊に扮し、商談に向かう大伯父夫婦を殺害し、金目のものを全て奪いました。御者と護衛も虫の息で一人を除いて、すぐ亡くなりました。一人だけ、幼なじみだった男が一命を取り止め、身につけていた紋章と、口にしていた名前などを覚えていましたが、一般からの訴えは先代王まで耳に留めてもらえませんでした。何度も祖父をお呼びになり、話を聞いてくださったのは大公殿下のみと伺いました」
「……義父殿か……」
唇を噛む。
老齢で、今は領地でのんびりしているのだが、大公は現在でも発言力があり、王ですら今でも何かあったときには相談する。
「祖父に聞いたのですが、今回の件も、一度大公殿下に相談されております。許可を得たと申しておりました」
「……やられた!」
頭を抱える。
「ここまで遅れたなんて……この家が潰されたらどうしたら……」
「うふふ……わたくしとケイトリンはお父様の元に帰りますわ。どうせ、帰るつもりだったのですもの」
「なっ!」
「……貴方の子供かどうかわからない子供を最低でも一人育てたのです。感謝していただきたいわ」
冷たい目で言い放つ夫人に、必死にすがりつく。
「わ、悪かった! 君のいう通りだ!私の見る目がなかった! レスラートは私の息子ではない!」
「そうでしょう?」
「あぁ、そうだとも!」
……かなり、公爵は年下の夫人に頭が上がらないらしい。