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赤月、少女、魔女狩り

 その時から、月が赤く染まっていた。


 ……それは、とある英雄の話。

 大昔、月から、大量の人間が地上にやってきた。

 しかも、全部女性だった。

 人々が何事かと思うと、女性たちはいるだけで、周りの草が枯れ、大地が崩壊し、世は地獄へと変えていった。

 女性たちは、魔女と呼ばれた。

 一人の男は立ち向かった。

 人々の歯が立たなかった魔女を圧倒し、魔法を跳ね返し、敵を狩り尽くした。

 男とその血を継ぐ者たちは、魔女狩りと呼ばれていた。

 その日から、月が赤く染まっていた。

 あれから、時が流れて……

 ……


 街の中に、男が歩いていた。

 高い身長に、着ている血が付くフードのような布を盛り上がる筋肉が目立っていて、さらにその後ろに一人の大人ほど大きな剣を背負っていた。

 こんなにも目立っているのに、彼を見る人は一人もいなかった。

 原因は簡単だ。

 街の人たちを見るとすぐわかる。

 みんな、怯えているのだ。

 まるでその男を見ただけで食われるように。

 そして、一人の若者が、酒を持ちながら騒いで向こうから歩いてきた。

 どうやら酔っているようだ。

 若者は、大剣を持つ男にぶつかった。

「なんだおま……」

 文句を全部吐き出す前に、若者は黙った。

「ま……ま……」

 顔が恐怖に染まって、若者は叫ぶ。

「魔女狩りのサン!」

 若者は震えて、隣の地面に転がった。

 サンと呼ばれる男は、無視して歩いて行った。

 男が見えなくなると、人々は騒ぎ出した。

「サンだ! 魔女狩りのサンだ!」

「分厚い鉄の壁を召喚した魔女をその剣で壁ごと真っ二つにしたらしいぜ!」

「そんなことできるのか?!」

「反魔素っていうけど、魔女の魔法を無視するか、跳ね返せる力を持ってるぜ」

「伝説の英雄の血にある噂のそれか!」

「魔女を殺すためだけに、生まれた男だぜ」

 ……

 一人の子供が、街の真ん中で泣いている。

 そして、街の向こうから、サンが歩いて来た。

 サンを見た瞬間、子供が泣き止んで、ぼーっとサンを見ていた。

「すいません! この子を許してください! すいません!」

 隣から一人の大人が子供を庇って、謝り続けた。

 子供をひと目見た後、サンは何も言わず歩いて行った。

 ……

 隣の酒場の中から、人々の声が漏れ出した。

「大きな声じゃ言えないけどよ! 自分の家族も斬ったらしいぜ!」

「シーッ! 魔女狩りに聞こえちゃったらどうすんだい! ……それって本当かい?」

「ああ、そしてこの前斬られた魔女はよ、実は魔の月から魔力貰ったあいつの恋人だったらしいぜ」

「それってつまり……」

「あいてが誰であろうが、魔女ならば斬るような冷たい男だぜ」

「でも、魔女を斬るのって世界のためじゃ……」

「そうと言ってもよー、あんな情がない男なんざ、魔女がいなくなったら、人を斬るんじゃないかね?」

「や、やめてよ」

 ……

 自分のことを噂している声に、サンは全く気にせずに歩き続けた。

「正直に言って、魔女より恐ろしいぜ」

「「「魔女狩りのサン……」」」


 街のそこに、箒を持つ女の子が衛兵に殴られていた。

「この! 思い知ったか!」

 目立つ金髪に、服と呼べない汚い布を着ている女の子だ。

 身体が傷跡だらけで、昔のと最近のが混ざり合っている。

 箒を守るように、大事に抱きかかえている。

「どうした」

 声を聞いた瞬間、衛兵が動きを止めた。

「さ……サン様でございますか!」

 怯えているように、いつの間にかいるサンを歪んだ笑顔で接す。

「彼女が何をしたか」

「いえ……その……魔女と関係ないので……」

「じゃ何故殴る」

「被害が出たわけではないが……実はその……この子……イカリアと呼ばれてるんですが……高いところに登って……その箒で空を飛ぼうとしてるんでございますよ」

「魔女ではないと言ったはずだ」

「そうです……だから毎回失敗して落ちるんですよ……ここらへんでそれやらせると困りますので……ちょっとお仕置きのほうを……」

 サンがイカリアの顔を注視した。

 視線に気付くと、イカリアはサンを見返した。

「こいつの言うことは本当か?」

 イカリアは返事せず、ただ二人を眺めていた。

「無理でございますよ、この子と人が話すところ見たことないんで……」

「親は?」

「そういうのはいないっすよ、でないと殴……お仕置きしないでございますよ」

「オレが引き取ろう」

「えーーーーーいたっ!」

 衛兵は驚くあまりに、顎がはずれた。

「でも大丈夫ですかそれは!」

 急いで顎を戻し、衛兵が問いかけた。

「家はオレしかいないから空き部屋はある」

「それはそれでまずいのでは!? いやまずくないか……でもこんな汚い子供ですよ!」

「何を焦っている」

「困っている子供を助けるなんてするはずないと思っ……なんでもないでございますよ! どうぞどうぞ!」

 二人の会話にあまり興味がないように、イカリアは箒を回している。

 サンはイカリアの肩を叩いた。

「来るか?」

 イカリアがサンを真っ直ぐ見つめた。

 そして、頷いた。


 ……

 服屋の人たちは、まるで月が落ちたかのように驚いていた。

 無理もない、なんせ想像もしなかったからな。

 まさか、あの魔女狩りのサンが女物を買っているなんて。

「……難しいものだ」

 しかもすごく真剣に選んでいる。

 サンが店を離れるまで、誰一人動いてはいなかった。

「魔女狩りのサンが……女物を……」

「明日世界が滅ぶと言われるより驚くぜ!」


 ……

 服を抱えて、家の前にいるサン。

 扉を開ける時、大きな音とともに、サンが何かの下積みになった。

 無言で上から降ってきたものを隣に置いて、サンが立ち上がった。

 落ちてきたのは、気を失っている箒を持つイカリアだった。

 どうやら、屋上から飛び降りたのようだ。

 ……

 イカリアが起きると、部屋のベッドの上にいた。

 隣にサンがいた。

 身体を見ると、いつの間にか手当されていた。

「空を飛ぶのは、諦めた方がいい」

「……」

「魔女になりたくないならな」

 イカリアは返事せず、ただ悲しい顔をしている。

「……食事の支度をする」

 サンは部屋から出ようと、立ち上がった。

「それとその汚い布を着替えろ」

 イカリアの前に服が投げられた。

「お前の服だ」

 服を見て、イカリアはちょっとだけ微笑んだ。


 次の日、八百屋の前に、サンが野菜を選んでいた。

 通った人たちは、サンを見ると漏れなく二度見をしていた。

「魔女狩りのサンが野菜を?!」

「肉と酒だけで生きているじゃないのか?!」

「むしろ食事取るのか?!」

 人たちの偏見はともかく、それほどサンがここにいるのが珍しいというわけだ。

 サンへの偏見を口に出してしまい、逃げて行く人たちを無視して、サンが色々な食材を買っていった。

 その後ろ姿を見て、八百屋のおっさんが呟いた。

「らしくないな……」


 ……色々な食材を抱えて、家の前に着くと、何故かサンが急に食材を地面に投げ込んだ。

 急いで、サンは走った。

 サンのその前には、地面に転がっているイカリアがいた。


 一日が経った朝から、イカリアが家の中で何かを探し回っていた。

「探しても無駄だ、箒は隠した」

 隣に、サンが厳しい目で見ていた。

「もう飛ぶのはやめろ、身体が持たないぞ」

 イカリアは探すのをやめて、座った。

「いい子だ」

 優しい目に変わるサンを、イカリアが悲しい顔で見つめていた。

 夜、イカリアが寝たのを確認して、サンが自分の部屋に戻った。

「これでもう無理することもないだろ」

 そう思って、夢に落ちた。


 朝、イカリアの部屋の前に、サンがいた。

「イカリア、起きてるか?」

 サンの手の上には、朝食が乗っていた。

「……まだ寝てるか」

 突然、いやな予感がサンの頭に過ぎった。

 食事を地面に置き、家の外へ走って行った。

 ……外には、血と傷だらけのイカリアが倒れていた。


 イカリアがベッドで寝込んて、隣にサンと医者らしき者がいた。

「これはひどい、体中ボロボロだ」

「……そうか」

「これ以上無理すると……いや、普通に暮らしても命に関わる、しばらくの間は絶対安静だ」

「わかった」

 医者がいなくなって、サンがイカリアを見つめていた、曇った顔で。

「お前は一体、何故飛びたいのか……」

 サンが部屋を出た。


 ……そこには、布でイカリアをベッドに縛り付けるサンがいた。

「お前が何故飛びたいのかは知らないが、おとなしくしないと死ぬのだぞ!」

 イカリアは普段の様子と違って、暴れている。

「こんなことでもしないと、お前はきっと飛んでしまう!」

 サンの必死の顔を見て、イカリアはおとなしくなった。

「よし、いい子だ」

 そして、サンは自分のポケットから何かを取り出した。

「何かあったらこの鈴を鳴らせ、オレがなんとかする」

 そう言って、サンは一つの鈴をイカリアの手に置いた。

 ホッとしたサンに、イカリアは微笑んだ。

「サン様! 大変だ! 魔女が!」

 一人の衛兵が急に大声張って、家の外から呼びかける。

「……すぐ戻る」

 サンが部屋を出た。

 その背中を、イカリアはただ見つめていた。


 返り血だらけのサンが、イカリアの部屋に帰ってきた。

 イカリアはおとなしく寝ていた。

「……よかった」

 部屋を出て、自分の部屋に戻った。

 ……それからの、夜の時。

 イカリアが自分を巻き付く布を、必死に食いちぎっていた。

 悲しい瞳に、涙を流しながら……

 ……


 魔女からのダメージで、サンが深く眠っていた。

 誰も起こせないほどに……

 朝になった時、サンが違和感を感じていた。

 箒を隠したはずのところのトラップドアが開かれていた。

「まさか……」

 急いで部屋を出た途端、それを見た。

 外へと続く、血の跡を。

 家を出た瞬間、目に入るのは……

 箒を握っているイカリアが、地面に……

 悲惨に倒れていた。


「言いたくないけど、覚悟はした方がいい」

 ベッドにイカリアを寝かせている医者は、暗い顔していた。

「ただでさえあぶないのに、一晩中高いところから落ち続けているのは流石に……」

 サンは黙っていた。

 そして、イカリアが目を開けた。

 しかし医者にも、サンにも視線を投げない。

 まるで見えない何かを見ているようだ。

「か……あさん……私もそこに……かあ……さん」

 喋るイカリアに、サンが驚いた。

 イカリアの目は明らかに焦点を失っていた。

「私も……月へ……かあ……さん」

 それから、動かなくなった。

「ご臨終だ」

「……」

 イカリアの目を閉ざした。

 窓の外見て、サンは呟く。

「月へ……とは……」

 月は、大きく赤く染まっていた。


 赤い月の下に、サンと一人の少女が立っていた。

 少女は見たこともないような、華麗なドレスを着ていた。

 髪は短く、金色に染まっていた。

 少女の手には、色々な装飾が足されている箒を握っていた。

 そして、少女の周りの物は、魔力に侵され、黒く染まっていた。

「ずいぶんと派手な魔女だな」

「魔女ではなく、魔法少女よ」

「同じだ」

「一緒にしないでよ、あんな古臭い連中とさ」

 サンが剣を抜き、少女を指した。

「何しに来た、魔女」

「だーかーらー、魔法少女よ! それとあたしはサバト、よろしくね!」

「質問に答えろ」

 サバトはつまらなさそうな顔で、短い髪をいじる。

「あたしもこんな場所まで来たくないのさ、でも魔女の娘を連れて帰らないといけないしー」

「魔女の娘……」

 サンの表情が変わった。

「知ってる? イカリアって言うらしいけど、昔魔女になった母に地球に捨てられたから、回収しに来たってわけ」

「回収したら、どうするつもりだ」

「質問多すぎよ! まああたしは優しいから教えるけどさー、魔の月様に捧げるの! どうせ孤児だし、人間たちには気付かれないと思うからね」

 サバトは箒でサンを指した。

「もういい? 魔女狩りさん」

「もういい」

 二人とも同時に、殺気を放出した。

 次の瞬間、誰かの首が空を舞っていた。

 その上の月は……


 赤く染まっていた。

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