森への誘い
ある程度庭を散策したカトリーナは大きな木の元へドレスの裾を上げ走った。
「お嬢様っ!?」
「ルエラ!ここ、ここにしましょ!」
カトリーナは木陰に入るとルエラに手を振る。
「もう、お嬢様。急に走りだすなんて……」
「ルエラ、ルエラ、ティータイム!」
ルエラの小言が始まる前にカトリーナは遮るように口を開いた。
「はぁ、分かりました」
ルエラは、木陰に大きな布を敷き、その上にバスケットを置いた。
「さぁ、お嬢様、出来ましたよ」
「やったぁ!」
靴を脱いで、カトリーナは布の上に座る。
「お菓子は何を持ってきたの?」
「クッキーとチョコレートです。さぁ、用意…あら……」
ルエラがバスケットを覗き込んで固まった。
「ルエラ?」
「申し訳ございません。お嬢様。紅茶を飲む為のティーカップを置いて来てしまいました。少しここでお待ちください。すぐに取って参りますので!!」
「あ、うん」
ルエラがそんなミスをするなんて珍しいな、とカトリーナは思いながら布の上に寝転がり、目をつぶる。
「あぁ、変なの。本当に綺麗な世界なんだから」
乙女ゲームの世界は昔のヨーロッパの【綺麗な所】だけを詰め込んでいる。
その為、衛生面は全く問題ない。トイレも魔法石のお陰で水洗トイレだし。お風呂も蒸し風呂ではなく、お風呂がちゃんとある。
食べ物だってそうだ。材料は普通に美味しいし、パンだってガチガチじゃない。
絶対昔のヨーロッパでは高くて買えなそうな高級品だって普通に売っている。
ただ魔法石はバカ高いが。
魔法石が無いと不便で大変な暮らしを強いられる。
日本で言うところの電気の役割をしているから、本当に大変なのだ。
魔法石は無限にある訳では無い。
ちなみに魔法石には二種類ある。
天然魔法石と、人工魔法石の二種類だ。
もちろん天然魔法石の方が魔力が高く、価値も値段も高い。鉱山から発掘可能だが、もうある程度掘り起こされてしまい、希少でなかなか手に入らない。
なので、普通の市民や下級貴族が使っているのは人工魔法石のほうだ。
人工魔法石は魔力が強い者が石に魔力を込め魔法石にしたもの。
しかし、魔力が強い者でも一日に作れる魔法石には限りがある。加えて魔力を持つ者はだんだん減少傾向にあるのだ。よって人工魔法石も年々価格が上がってきている。
そこで魔力を持つ者を発掘する為、行われるのがガルシア国民の子供達が11歳になると、行われる『魔力調査』である。
魔力の高い者ならば平民でも国が補助を出し、最先端の学問を学ぶ事が出来る。つまり貴族が集まるガルシア学園に入学する事が出来るのだ。
____ガルシア学園に主人公も入学する。そして乙女ゲームが始まる。
カトリーナは様々な情報を整理していく。
その時、涼しい風が吹いた。
「ん…?」
カトリーナはゆっくりと目を開ける。
「え!?わぁ!!」
スルリとリボンが解け、ボンネットが飛んでいく。
まるで誰かがカトリーナのボンネットのリボンを解いて持って行こうとしているようだった。
「ちょ、なんなの!!?これ!!」
急いで靴を履き、ドレスの裾をたくし上げ、追い掛ける。
ボンネットは不自然な飛び方をしている。
「なんなの、魔法なのこれっ……ってドレス脱ぎたいっ!!」
出来るだけレースやら何やらが付いていない落ち着いたやつを選んでもドレスはドレス。
動きづらいのだ。
ボンネットはどんどん森に近付いていく。
まるでカトリーナを森に誘い込んでいるかのようだった。
「……もう、待ちなさいっ!!」
これは後でルエラに怒られる、そう思いながらもカトリーナは無我夢中でボンネットを追いかけた。
***
どれぐらい走ったのだろうか。
ボトリ、とボンネットが落ちた。
カトリーナの額には汗が浮かんでいた。
「あー、本当に暑い」
ハンカチで汗を拭きながら、落ちたボンネットの前に立つ。
「やっと捕まえた…って……何これ」
カトリーナの目の前には石造りの扉があった。
「え、こんなの聞いた事ないし、記憶にもない。」
馨の教えてくれた事を思い出してみるが、石造りの扉なんてカトリーナは一度も聞いたこと無かった。
「誰かの秘密基地とか……?」
そっと扉に触れると、小さな青い稲妻…静電気のようなものが走った。
「痛っ……」
カトリーナは少し顔を歪めた後、扉を見る。
「あれ?石の扉が無くなってる」
カトリーナは不思議そうに扉の中を覗くが、真っ暗でよく見えない。
こういうのは触れない方がいい、カトリーナは頭ではそう考えていた。
だが、
「なにこのドキドキ感……」
それに勝る好奇心が既にカトリーナの心を埋めつくしていたのだ。
「ちょっただけ。パーッと行って、サッと帰って来る。うん。そうしよう」
カトリーナは覚悟を決めて暗闇に飛び込んだ。