始まりの青空
「やっぱりエルヴィス様が一番っ!!」
「えっと、この金髪のキャラ…?」
「そうそうっ!もうカッコ良くて、優しくて……なにより王子様だし!」
馨の熱くなっていく様を見ながら、今日も二人で並んで帰る。
帰り道、話す内容はいつも乙女ゲームの話で、プレイした事が無くても葵はキャラクター名ぐらいはだいたい分かるようになっていた。
「あ、そう言えば魔王について新たな事が分かって……」
馨が魔王について何かを話そうとした時だった。
「危ないっ!!」
誰かの叫び声が聞こえた。
そこらはゆっくり時が進んでいるようだった。
歩道に突っ込んでくる車。
宙に浮く。
目の前が真っ暗。
痛みは感じなかった。
***
「…あれ」
目の前に広がるのは青い空。
「…ん?」
どういう事だとゆっくり体を起こす。
そして自分の体を見る。
一度も着たことのないヒラヒラのレースが付いたドレス。小さな手足は可愛らしい。
状況が飲み込めずにぼんやりと空を見上げる。
ここは日本なのだろうか。
「お嬢様!また屋敷を抜け出されて……!」
女性の声が聞こえ、声のする方を向けばメイド服を身に纏った女性が背後に立っていた。
「…どちら様でしょうか…」
葵は戸惑いながら聞いた。
すると女性は動揺が隠しきれないようだった。
顔色は青ざめ、目は細かく揺れていた。
「……そ、んな……お嬢…」
女性の様子から見て、この体の主の侍女なのだろう。
「お嬢様、ルエラです。ルエラですよ」
今にも泣きそうな顔でルエラが何度も名前を言う。
「ルエラさん…?」
「…一度屋敷に帰りましょう」
さん付けをすれば、ルエラの顔はさらに暗くなった。
「あ、は…いや、うん」
ルエラに手を引かれながら、葵は周りを見渡した。
綺麗に整えられた芝や垣根。他にも薔薇のアーチに、長いレンガ畳の先にあるのが、白い壁の立派な邸宅。
これは…貴族の家みたい。
「お嬢様、お嬢様」
「…あっ。ごめんなさい」
ルエラの声で葵は我に返った。
その後、立派な邸宅に足を踏み入れた葵はメイド服を着た沢山の女性に囲まれた。
着替えやらなにやら、お風呂やらなんやら、バタバタと慌ただしく回る女性達を見ながら、葵は『やはりここは日本ではない』と痛感した。
「お嬢様、私は医者を呼んで参りますので、くれぐれもお部屋から抜け出そうとはお考えなさらないように。しっかりとお休みくださいませ。」
一通り終わった後、ルエラは葵に何度も念を押してから、ゆっくりと扉を閉めた。
一人になった葵はやっと息をついた。
まだ外は明るいというのに葵の服は寝間着である。
ここは日本では無いのは家の造り、女性達の顔、髪の色などから明らかだった。
しかし喋っている言語は葵には日本語に聞こえた。
ここは…一体…。
「まずはこの体の人の事知らないと…なにか手掛かりになるもの…」
部屋を見渡す。
白を基調としたアンティーク家具その中でも一際目立つ豪華な装飾が施されたドレッサーの前に行き、葵は目を見開いた。
____この人!!
鏡に映っているのは、ふわふわと緩く巻かれた腰まで伸びている薄茶色の髪に、可愛らしい桜色の唇。瞳は淡いレモン色。レモンケーキを擬人化したような可愛らしい見た目をした7、8歳ぐらいの少女だった。
__この可愛らしい見た目は__
【この子が乙女ゲームのヒロインで、カトリーナ・グレイって子〜】
以前、耳にタコができるほど馨から聞かされてきたあの乙女ゲームの主人公!!
ハッと、ドレッサーから離れ後ずさる。
__ゲームの世界に私が……?私は…山本 葵はどうなったの!
そう葵が心の中で叫び声を上げた時だった。
「うっ、あぁっ……痛い、痛い!!」
突如、葵は頭が割れてしまいそうな頭痛に襲われた。
頭を押さえ、床に転がる。
__痛い、痛い、痛い!!
無理矢理、何かをこじ開けられるような…。
「私は…」
ボヤける視界の中最後に見えたのは誰かの手。
葵は意識を手放した。