運命の糸は手繰り寄る
(縦妻……)
翌日、光は間違い電話の相手の事を考えていた。顔どころか、下の名前すら知らない。そんな相手の事を気に掛けるなんて、光は自分で自分の事をおかしく感じていた。
(……会ってみたいな)
それは、勿論恋愛感情からくるものではない。ただ、単純に胸をくすぐる好奇心。
(まず、市外局番をダイヤルしてないのに電話が繋がったって事は、少なくとも市内に住んでるって事か?)
光は、北海道札幌市に住んでいる。
(札幌市在住、名字が『縦妻』……)
そう考えると案外絞られるように思われたが、そもそも年齢が分からない。それでは探す範囲が広すぎる。
(………………)
結局、もう一度電話してしまうのが一番手っ取り早い。今度は一応番号を控えてある。
(でも、それやったら完全にストーカーだよな……。向こうは俺の事なんか何とも思ってないだろうし。顔見てもらえれば別だけど――)
そうして、答えの出ない自問自答を繰り返しながら光は、その日眠りについた。
翌朝、光は学校に向かって自転車を漕いでいた。朝の通勤ラッシュで道路が騒がしい時間帯だが、光はそういう喧騒が嫌いで普段からなるべく避ける様にしていた。
「いや、いるいるそーゆー奴! どんな暑くてもワイシャツのボタン一番上まで閉めてんだって」
信号待ちで自転車を漕ぐのを止めていると、すぐ傍の連中の会話が聞こえてきた。
「大体、クラスに一人は『あー、こいつはワイシャツのボタン一番上まで閉めてそう』ってキャラの奴がいて、あとそれ以外にも二人ずつぐらいは人知れず一番上まで閉めてる奴がいるんだよな」
「あー、分かる分かる! 大体そんな感じの割合に落ち着くんだよね」
(…………なんだこいつら……)
光は、意味不明な会話で盛り上がっている男子生徒二名を心底気持ち悪く感じていた。
「あと、女子はスカートとかね。たまにいるよなー、何が何でもスカートは膝下を守る奴」
(………………)
光は、とりあえず引き続き話に耳を傾ける事にした。
「実際これはほとんどいねーけどな。せいぜいクラスに一人ずつくらい?」
「まあそれぐらいいれば良い方だろうな。俺らのクラスもみんなスカート短いし」
光は、それは別に良いだろと思っていた。
「あ、縦妻とか! あいつは絶対スカート短くしたりしねーよな」
(!)
「あー、縦妻。あいつ相当美人なのにスカート短くしてくれないからなあ。縦妻以外で誰か女子二十人ズボンにしても良いから縦妻はミニスカにして欲しい」
「いや、縦妻がミニスカートにしてくれるんだったら俺ワイシャツのボタン一番上まで閉めるよ」
そんな事を話しながら、二人の男子生徒は楽しそうに笑った。
(縦妻……! 高校生?)
二人の男子生徒は詰襟の学生服を着ている。
(くそ……、さすがに校章は見えないか)
ボタンに刻まれた校章までは見えなかったが、香織の通う高校では男子は詰襟だという事は分かる。
(この辺りで詰襟の高校っていうと、北高、古川、丘玉……)
信号が青になり、二人の男子生徒は自転車を漕ぎ始めた。
(縦妻……)
勿論、彼らの話している「縦妻」が間違い電話の相手と同一かどうかは分からないが、とりあえず光は男子が詰襟の高校に通っている女生徒に絞る事にした。