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30本目の世界線  作者: 大原英一
雷鳴
8/32

7本目

 佐須刑事から解放されたとき、多々木(たたき)(はじめ)は、何かしらんがドッと疲れたような気がした。

 刑事が話してくれた密室からの失踪事件。本来であれば多々木の大好物のはずだった。探偵冥利に尽きるというもの。

 ところが今回は、どういうわけか気が重い。

 密室内で発見された偽札のことも気がかりだった。新聞紙を紙幣大にカットしただけのそれは、お粗末きわまりなかったが、問題はそこに広告が含まれていたことだ。

 多々木探偵事務所の広告。しかも連絡先である電話番号に赤いペンで丸が付けられていた。

 これは何かの陰謀か、それとも神がかり的な偶然なのか……。


 妙なダルさを感じながら凶祥寺にある事務所に帰り着いた多々木は、所長席の自分のイスにどっかと腰をおろした。といってもデスクはふたつしかないのだが。

「お帰りなさい、所長」

 事務所の紅一点である若林芽衣(めい)が声をかける。これまた所長を含め、ふたりしか職員はいないのだが。

「……若林くん、すまんがお茶を淹れておくれ」

「了解しました。あっついやつですね」

「うん、ありがとう」


 この多々木という中年男には妙なこだわりがあって、唯一の従業員である芽衣にお茶を所望したぶんだけお返しすることを自らに課している。

 目には目をお茶にはお茶を、てなわけで、突拍子もないタイミングでお茶を淹れようとしては彼女にウザがられている。

 まあ最終的に彼女は笑いを堪えられずに吹き出してしまうのだが。

「顔色がわるいみたいですけど……」

 湯吞みを差し出しながら芽衣が心配げに言った。


「大丈夫……ただちょっと邪気に当てられたようだ。お茶を飲んで静かにしていれば治る」

「そうですか。それじゃあ、わたしも大人しくしていますね」

「ああ」

 言って多々木は目を閉じた。だが静寂は1秒と()たなかった。事務所の呼び鈴が鳴らされたのである。

 芽衣が困ったような笑みを浮かべながら玄関へと向かう。どうやら、お客がきたらしい。


 事務所にあらわれたのは小柄な老婆だった。すでに背骨も曲がりはじめている。

 多々木は一瞬、うわ、と思った。おばあちゃんのお客は苦手だった。全部が全部そうというわけじゃないが人(づか)いが荒いのだ。

 以前、凶祥寺にほど近い住宅地で猫がいなくなったといって、日がな一日猫捜しをさせられたこともある。ボク、猫探偵じゃねっつーの!

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、おかけになってください」

 やだなー、めんどくさいなーと思いつつ、とびきりの営業スマイルで探偵は老婆にソファをすすめた。


「ご無礼いたします」

 ぺこりと(こうべ)を垂れて老婆はソファに座った。そして背負っていた巾着袋からごそごそと何かを取り出す。

「こちら様のことを、新聞で見たもんだで」

 老婆が差し出したそれを見て、多々木は心臓が止まるかと思った。この事務所の新聞広告だった。電話番号に赤丸までされている。


 こんな偶然があるのか。

 佐須刑事に見せられたサンプルとまるきり一緒……いや、証拠品のほうは紙面ではなく紙幣サイズにカットされていたが。

 そもそも警察で保管している品を老婆が入手できるわけがない。

 ゆえに偶然なのだ。探偵事務所をさがしていた無関係の人たちが、たまたまおなじ広告を目にし、ここへ連絡しようと思って電話番号に赤丸した。ありえないことじゃない。

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