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30本目の世界線  作者: 大原英一
雷鳴
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5本目

 水戸かず子と名乗った謎の女。いや正味の話、かなりの美女である。

 初見のときはレオタードすがただったが、いまはふつうの服装に戻っていた。最初、なんだこいつと思ったが、むしろレオタード復活キボンヌのオレだった。

「……さん。青木さん?」

「はっ」

「紙とペンを……てゆうか、聞いてなかったでしょ」

「聞いてたって。パラグライダーで時を駆けちゃった話でしょ?」

 多少不満そうな顔でオレからペンを受け取ると、彼女は紙に何やら書きはじめた。


 2016年→2017年→2016年(水戸)

 2017年→2016年(青木)


「つまり、こういうこと。アタシは未来へ行って帰ってきた。あなたは過去へ溯行(さかのぼ)ったまま。そしていま、おなじ2016年にいるってわけ」

「水戸さんのほうは、ほぼノーダメージじゃね?」

「簡単に言ってくれるわね。こっちは商売道具を未来に置いてきちゃった、てのに」

「このまま来年まで待てば取り戻せるんじゃね?」

「あなたこそ、1年ダブっただけで問題なくね? ……そういえば、あなたにとって今日は2017年の何月何日だったの」

「3月31日」


「丸1年、先輩ってわけね。それじゃ、あらためて聞くけど……」

 と、彼女はヘンな目くばせをした。だいたいが下世話な話になるパターンだ。

「あなたにとっての去年、つまり2016年に、何か大きなイベントはなかった? 株式の特定銘柄が急騰したとか、万馬券が出たとか、ロト6が……」

「株も競馬もやらないから興味ない。ロト6も買ったことがない」

「あなたって、何がたのしくて生きてるの?」

「……パチンコを少々」

「つまんねー! こいつマジ、つまんねー」

 言って彼女は大の字に寝そべった。いや、パンツ見えるからマジで。


「じゃあアタシ、そろそろ帰るわ」

「あのさ、いまさらだけど、アンタ何者なの」

「わかるでしょ、秘密組織のエージェントよ。趣味でレオタード着てると思った?」

「何なん、あのレオタード。目立ちすぎだろ」

「逆転の発想よ。あれだけ仮装すれば、逆に普段のアタシがバレずに済む」

「あ、なるほど。……でもいま、オレに普段のカッコさらしてんじゃん」

「今回はイレギュラー。任務失敗しちゃったし、いまはもう勤務時間外てことで」

 任務、そういえば荷物がどうとか言ってたっけ。

「荷物が何だったか、やっぱり言えないわけ?」

「ええ、ごめんなさい。それだけは」


 これ以上引き留める理由もないので、オレは彼女を玄関まで送ることにした。そうして立ち上がったとき、ふとある物が目に入った。

 心臓が凍る、という表現はこういうときに用いるのではなかろうか。

 それはオレにとって見慣れたはずの入館証だった。IDカード。オレらのように顧客の個人情報を扱う職場では、こういった通行手形的なカードが必要になる。まあ一般企業で言うところの社員証みたいなものだ。

 ちがう……オレとはちがう男の写真がそのカードにはプリントされていた。名前もちがう。山田一郎、と書いてある。


 ふつうに考えれば、これはオレではない誰かのIDカードということになる。だが、なぜそれがオレの部屋に置いてある?

 予感がしてオレは咄嗟に財布をしらべた。そこに入れてある運転免許証を見たとき、予感は絶望へと変わった。

 人は本当に力が抜けると、膝から(くずおれ)るものだと身をもってしった。

「……どうしたの」

 傍から見てもテンパり度120パーセントの、オレの一連の行動を見て水戸さんが心配してくれた。


「やばい……やばいよ、水戸さん」

 オレ、ちょっと泣いちゃったもん。IDカードと運転免許証のふたつを彼女に見せた。山田一郎さんとかいう、全然しらない人のね!

「え、ちょっと待って。……ウソでしょ」

 彼女も怯えたように口元を押さえている。オレの気持ちを汲んでくれたらしい。

「マジだよ、水戸さん。免許証も財布もスマホも、この部屋にあるものはぜんぶオレのものだ。ただ、写真に写っている人物が替わってしまっている」


「世界線が移動した……の?」

 ぽつりと彼女はつぶやいた。

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