2本目
その日、私立探偵の多々木一は捜査一課刑事の佐須正義から呼び出しを受けた。
多々木はさる事件を通じて佐須と知り合い、それからというもの、ことあるごとに刑事から協力要請を受けるようになった。公式・非公式を問わずだ。
またぞろ今日も捜査協力の話かと探偵は考えていたが、いざ佐須を目の前にすると、彼の表情がことのほか険しいことに気づいた。
「どうしたの佐須さん。ボク、何かやらかした?」
「単刀直入に行くぞ。この男をしっているか」
あいさつもそこそこに刑事は本題に入った。1枚の写真を探偵に見せつつ言った。
「誰?」
「名前は青木岳人だ」
「しらない」
「そうか。……だろうな」
探偵の返答をなかば予想していたように刑事はため息をつく。
青木岳人、31歳。元派遣社員。2017年5月現在、失踪中。
失踪が発覚した経緯はこうだ。青木の母親(60歳)がここひと月息子と連絡が取れないと訴えた。電話に出ないのはもちろん何度アパートを訪ねても留守にしている。ドアが施錠されているので部屋へ入ることもできない。
もしかすると、もしかするかもしれないとの思いから、母親はアパートの大家に頼んで合鍵にてドアを開放……ところが。
内側からドアガードがかかっており、またしても部屋に入ることができない。こうなるともう大家の手には負えない。何らかの事故が発生している可能性大になる。
かくして後処理は警察の手に渡り、特大の金切りバサミが持ち出された挙句、青木の部屋は開放された……ところが。
「青木のすがたは、なかった。部屋を密室状態にして彼は行方をくらましたんだ」
「うは」と探偵は声を上げた。「それ、ボクの大好きなやつじゃないか」
「そう言うだろうと思ったよ。けどな、この話にはつづきがある」
言って刑事はつぎの切札を出した。
「青木の部屋で見つけた証拠品。オリジナルは見せられないから、もちろんコピーだ。これが何だか、わかるか」
「……新聞記事?」
「大きさがミソだ」
「紙幣のサイズだね。まさか偽札?」
「1枚ならわからんが、おなじようなものが500枚あって帯留めまでされていた。偽札に見立てた何か、かもしれんな」
「密室、偽札、失踪……堪らない」
「まだだ、まだ終わらんよ」
「それはシャアのセリフ」と探偵はツッコミを入れる。「……まだ何かあるの?」
刑事は鼻を鳴らし、つぎの紙切れを差し出した。
「今度の1枚はカラーコピーだ。書かれている記事に注目だな」
「あっ」探偵は目玉が飛び出るほどに刮目した。「これ、ウチ(の探偵事務所)が出した広告じゃないか。え、なんで? なんで電話番号のところに赤丸がしてあるの」
「広告を出したのは、いつだ」
「3月だったかな……あれっ、」
探偵はようやく理解したような顔で刑事を見た。
「もしかして今日ボクが呼ばれたのって、このため? 自作自演乙てやつ?」
「まあ、あんたが自作自演で赤丸を付けてくれたなら話は早いんだが。……3月に広告を出したと言ったよな? それなら赤丸した人物はこのふた月のあいだに、あんたの事務所を訪ねたかも」
「そうとはかぎらないさ。赤丸を付けただけで、けっきょく同業他社に流れたかもしれない。商売はキビしいんだよ?」
「とりあえず、この2ヵ月くらいに会った人物を調べてくれないか」
「あのさ」と探偵はため息を吐く。「いちおう聞くけど、これって失踪事件だよね。一課の刑事さんが出張るようなこと?」
「いや、青木はまず生きちゃいないさ。刑事の勘……これは殺人だ」
「まあたしかに、失踪するのに密室をこさえる意味がわからないけどね」
「それだけじゃない。青木は財布もケータイも部屋の鍵すらも持たず、まるで煙のように消えちまったんだ。ありえないよ。だがそれも、すべて犯人の演出と考えれば説明がつく。青木を隠したか殺した犯人の」
やがて探偵は観念するように言った。
「……わかったよ。ボクも協力しよう」
「恩に着る。事件が解決したら牛丼、おごるからさ」
「生卵も付けてよ? あとモ●バーガーも」
「どんな食べ合わせだよっ」