プロローグ
今夜も大都会の上空をパラグライダーでかっ飛ぶ。レオタードすがたで。
気色わるいほど大きな月に照らされて、いまごろバックでは杏里のあの名曲が流れているんじゃなかろうか。
アタシの名は水戸かず子。職業ヘンタイ、ってちがうわ!
任務でこれから、とある男を訪ねる。男の名は青木岳人。しがない印刷工で、みすぼらしいアパートに住んでいるらしい。
青木に会うのはこれがはじめて。情報どおりの男かもわからないし、会えるかどうかすらも……。
とりあえず目的地に着いた。通報されるまえにパラグライダーを畳んで、さっさとやっつけてしまおう。
204号室。午後8時すぎのいまは在宅しているとの事前情報だ。
深呼吸してからインターホンを鳴らす。最悪の場合、これからくんずほぐれつのバトルに発展する可能性がある。アタシのミッションはいつだって危険をともなう。
青木はすぐに出てこなかった。ドアの向こうで様子をうかがっているのか。
ドアスコープからレオタードすがたのアタシを見て欲情しているのか。もしドアを開けてアタシに飛びついてきたら、この長い脚で蹴っ飛ばしてやる!
ガチャリと音がして、ゆっくりドアが開いた。こちらの緊張もマックスになる。
……誰もいないぞ? 玄関は、てゆうかそこから見渡せる部屋のなかまで真っ暗だった。もしかして浴室かトイレに隠れているのか。
狭い玄関に脚を踏み入れドアを後ろ手に閉めた。手探りで明かりのスイッチをさがしてオンにする。
わりと小綺麗なワンルームだった。あとは世帯主が襲ってこないことを祈るのみだが……。
誰もいなかった。浴室、トイレ、クローゼット、ベランダとぜんぶ探した。ほかに隠れられる場所は見当たらない。
何これ、なんでいないの? たしかにドアは内側から開かれたのに。
ま、いいか。想定の範囲内ってやつ。これまでもわけわかんない奇術師とかと戦ったこともあるし。
作戦変更……てほどでもないか、ほぼ作戦どおり。アタシのミッションはコイツをお届けすることなんだから。
てなわけで、ベッド脇の棚に現物を置いてアタシは部屋を出た。新聞紙で拵えた偽札の束を。