09 月の裏側
「国連安保理は全ての常任理事国の意向として、宇宙空間より飛来した飛翔体、および地球外知性体について日本が査察を受け入れることを強く要求するものである」
「日本が独占的利益を享受している事態は容認できない」
彼らは敵国条項をちらつかせ、日本に行動を迫る。
対する日本の反応は冷ややかだった。
日本は官房長官の談話でタルガリア人について、彼らが惑星破壊兵器や大規模地表掃討兵器を所持している可能性を匂わせた。それだけで、表向きは声高な大国の主張は潮が引くように引いていったのである。
◇
ワームホール内部へ向けて、道路と並行して鉄路が敷かれつつある。
宇宙船が突入し、半ば崩れた駅の改修工事はすぐには終わらないだろうが、線路を敷く作業は急ピッチで行われていた。
作業員の男は、しきりに携帯端末を弄っては親方にどやされている。
「こらお前! またお前か! お前、仕事やる気があるのか!」
「済みません親方!」
「全く! 早く片付けろ!」
親方が去ったのを確認すると、男は悪びれもせずにまた携帯端末を弄り始める。
「クライアントに上げる情報がありすぎると言うのも問題だな。どの情報が大事でどの情報が不要か、この俺ですら全く見当もつきやしねえ。しかし、赤に白に青い月か。しっかし、三つものお月さんがあるとは、ここは本当に別の惑星なんだな……」
◇
一時期に比べると、綺麗に片付けられた駅前に、外国人の観光客が話題の宇宙船を見物に来ていた。
「こうして実際に見ると……壮観なものですね、これが宇宙船ですか」
その白人の若者の呟きに、近くにいた女性が答えていた。
女性もまた、興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせている。
「タルガリア人と言うそうです」
「そのタルガリア人はこの船で地球まで来られたのですか?」
「いえ、これはただの連絡艇で、なんでも本船は月の裏側に停泊中だとか」
「ほう! 月の裏側に異星人の基地があるという都市伝説は本当だったんですね!」
「そうかも知れません」
「船の表面にさざ波が立って、蠢いて見えるのはなんでしょうね?」
「ああ、それはなんでも衝突で破損した船の外殻をナノマシンが修理して回っているとかなんとか」
「この船は動かないのですか?」
「さあ。それはなんとも」
「どこでそういった知識をお知りに?」
「タルガリア人本人の口からです。オールセアさん。ほら、あの人垣の向こうに見える金髪の女性です」
「ふぅ、この様子では本国へ報告は彼女の画像も添付しないといけませんか」
「え?」
「いえ、なんでもありません。私が彼女に質問しても?」
「オールセアさんさえお手空きならば、別に構わないのではないでしょうか」
◇
ホワイトハウス。
大統領は今日も忙しい。忙しいが、彼の気を引く情報があった。
「国務長官、この情報はどこから?」
「確かな筋からです」
「世界を代表するのは我が国だ。どうしてあのエイリアンは我が国に来ない」
大統領は書面の表面を何度も指でつつく。
「寿司や天麩羅が食べたかったのではないでしょうか」
「カリフォルニアに招待しよう」
「やはり本場の味でしょう」
「エリア51から彼らについて情報を引き出せないか、当たってはくれないかね?」
「大統領まで都市伝説に左右されるなど、世も末ですな」
「くだらんジョークで誤魔化すな。我が国独自のルートがあると聞いている。最優先だ」
「わかりました、閣下」
◇
北が日本列島を飛び越すように、太平洋上の公海へ向けて弾道ミサイルを放った。
が、しかし、ミサイルは高度約六百キロメートルの地点で撃墜された。
いずこかから飛来した凝集光を浴びてのことであった。
なお、詳細なデータは、国内はもとよりどの国際機関からも公表されていない。
◇
国連の担当官は粘り強く日本の高官との会談に臨んでいた。
「日本は国連の査察団を受け入れるべきだ」
「あいにくと、我が国が異星人と接触する主導的な役割を握っているわけでは無いのです」
本心からの言葉であった。
出て行って欲しい、とは言わないまでも、本当に扱いに困るお客様であったから。
「見え透いた嘘でも、外交儀礼上は許されると言ったところですかな?」
「それが、本当にそうなんです、彼らは我が国の一国民ただ一人に会いに来ただけであると主張していましてね、政府としては関与するわけにはいかんのですよ」
おかげで文民を一人、登用せざるおえなくなったのだ。
「我が国の政体は民主国家です。どこぞの独裁国家と同じにしてもらっちゃ困る」
「後日、後悔しますぞ?」
担当官は椅子を蹴っては席を立つ。
「なんの話か、とんと見当もつきませんな」
高官は、会談の最後まで飄々とした調子で続けたのである。
◇
「日本へ落着した異星起源の降下ユニットの機動を調べたところ、月の裏側にその起点があることを突き止めた。安全保障理事会は、これを人類の危機と認定し、異星文明との決着を図ることを決意した」
「暴論だ!」
そう叫ぶ理事国もあった。しかし。
「理事国十五カ国中、常任理事国賛成四、棄権一にて本案は決議されました」
人類の未来は、多国籍軍による事態打開へと道を開いたのである。