08 幸福な社会とは
テレビの中で、アナウンサーを前に大志が喋っていた。
『今日のゲストは宇宙人、タルガリア人とファーストコンタクトを持たれた大和大志さんです!』
『こんにちは』
『こんにちは。大和さんはどうでした? タルガリア人と声を交わしてみて』
とある夫婦はそろってテレビを見ている。
「見ろ! 大和大志がテレビに出てるぞ!」
「見ればわかるわよ、そのくらい」
「かーっ、本物はなにを言っても違うねえ」
「なによ、お父さん、いい歳こいて恥ずかしい」
「歳は関係ないだろ? そんなこと言えばお前だってナントカ、ってアイドルに熱上げてたじゃないか」
「あれはっ!」
「なんだよ」
「なによ」
『タルガリア人の人とは仲良く出来そうですか?』
『彼らは非常に友好的です。敵対さえしなければ、彼らは信頼に足る存在で、とても頼りになる友人となってくれるでしょう』
大志にとって、タルガリア人は信用できる。いや、信用するしかない。
だから、こう言った返事になったようだ。
「……なあお前」
「なによ」
「俺たちも仲良くしようか」
「……知らないっ」
◇
首相官邸。
「対タルガリア全権大使、兼邪馬台国県担当国務大臣 大和大志殿。お受けしていただき恐縮です」
「俺……いや、私などに務まるでしょうか」
「あなたしかいません。あなたが日本の希望です」
大志は首相の揺るぎない目を見て、心を決める。
「謹んで、お受け致します」
その日、落選議員大和大志は、対タルガリア全権大使、兼邪馬台国県担当の文民の国務大臣として、改造内閣に入閣を果たした。
◇◇◇
王宮に、王家の旗と共に、赤い旗がはためいている。
ここはダーザッハ連邦、ダーザッハ王国の王宮である。
そしてその最高指導者の執務室に座すのはお飾りの国王に代わり、実務を預かる総書記ビルギッタ・ナイブリッヒである。
紫の髪を万年筆で掻き上げて、その者を睨み付けている。
そんな彼女の前に、一人の気弱そうな書記官が畏まっていた。
「山が消えるなどと言うことがあり得るのかッ!」
「同志ビルギッタ、現実として第十四軍管区は消滅しております」
「そんな馬鹿なことが……世迷い言をと、矯正施設に送り込むぞ!」
「いえ、私は確かにこの目で見ました書記長閣下!」
「黙れッ! 誰か! この者を連れて行け! 我が国は世界最高の幸福な社会を標榜している。精神異常者など存在しない!」
扉の両脇に控えていた兵士が、書記官の両脇を抱え込んでは外に連れて行こうとする。
「さぁ、来るんだ!」
「同志ビルギッタ、同志ビルギッタ、私は嘘など吐いておりません、どうかお考え直しを!」
「早くその無用者を連れて行けッ!」
書記官はもがきつつ叫ぶ。
だが、ビルギッタは叱りつけるだけで、書記官の言葉に耳を貸そうとしなかった。
◇
「大和、大和! お会いしとうございました!」
「女王陛下、ご機嫌麗しく」
「大和、私のことは台与で結構です。それよりも大和、『県』とは?」
「現地の歴史、特殊性を鑑み、当該地方自治体の首長に王を置くそうです。つまり、台与はこれからも女王のままですし、台与の身分は保障されています」
「そうですか。しかし大和。我が邪馬台国は未知の土地に放り込まれました。東西南北、なにもわかっていません。調査に人材を割こうにも、先の戦いで多くの命が失われ、とてもそんな余裕はありません。そして地形が変わってしまい、水の供給が絶たれて田が干上がり始めています。このままでは、いずれ邪馬台国は滅びます。なんとかなりませんか、大和」
大志は脇に控える官僚からドローンによる航空写真を受け取った。
「幸い近くに河川があるようです。土木治水工事を兼ねて、田に水を引きましょう。直近では、給水車で水をピストン輸送し、田に水を供給しましょう。給水車にスプリンクラーを取り付ければ事足りることでしょう」
邪馬台国の栽培している米は陸穂と言って、畑でとれる米である。稲を植えている場所を水田のように水浸しにしておく必要は無い。ただ、河川の護岸工事は急務といえた。しかし、工期は年単位を見ておかねばなるまい。
やることは山のようにあり、右を見ても左を見ても、問題は山積みだったのである。
「この建物はなんです?」
台与は邪馬台国の風景に合わせ、素朴なデザインを採用した駅舎を見やって言う。
「駅、と申します。鉄の馬車が、この場所に人や荷物を運んでくるのです」
「てつ? ばしゃ? それはなんですか? 荷物は牛が運ぶものではないのですか?」
牛が通じることに大志は胸をなで下ろす。
「そうです、牛車のための道とお考えください」
「みち、とはなんですか?」
「……」
大志は黒いアスファルトで舗装されつつある、邪馬台国側の道路を指し示した。
「これが道です。鉄の馬車……ええと、木材よりも堅くて丈夫な材料から作られている、牛がひく荷車が通る場所です」
「荷車とはなんなのですか? そもそも車とはいかなるものなのでしょう?」
「……」
◇
「防人用にと、日本政府から供与されたニューナンブがあるのですが、防人たち、彼らに新しい武器を渡してあげてはくれませんか?」
早速台与は、防人の主だった者を集めた。
「みなさん、これが新たな武器です。大和からの贈り物です」
「さあ、遠慮せず手に取ってみられて下さい」
大志が防人に勧めた。しかし、防人たちは小声でひそひそと話し合った後、大志に告げたのである。
「我ら防人はこの石斧を持つことで精霊の加護を得ている。この武器からは精霊の力を感じない。ニューナンブ、この武器は我ら防人には不要のものだ」
「しかし、敵は銃を装備して言います」
「ジュウ? なんだそれは」
「見たでしょう。筒の先から火を噴き出し、弾を遠くに飛ばす武器です」
「あのような子供だまし、我らには通じぬ、我らには精霊様の加護がある」
「いやいやいや、実際やられていたじゃないですか」
「そんなことはない」
「……どうしても?」
「二言はない。不要だ」
防人たちの意思は固かった。