06 廃邑置県
月曜日の早朝。
圏外だった携帯端末の表示が、大志がワームホールをくぐると同時に正常に戻った。
とはいえ、携帯端末で日時の確認は出来ていたわけで、選挙は昨日即日開票されたはずだった。
そして落選確実だとわかっていても、大志は選挙結果を知るべく画面をタップする。
しかしまもなく、携帯端末の電源が落ちたのであった。
「いたぞ!」
「こっちだ!」
凄まじい勢いで、タイル敷きを叩く靴の音が聞こえる。
マイクや照明を、そしてカメラを持った連中が警官の制止を振り切って大志の周囲を取り囲み、我先にと賞賛の声と質問を浴びせた。
「大和大志さん、●●県衆議院選挙第六区、接戦でした。当選おめでとうございます!」
「現在の心境についてお聞かせ下さい!」
「●●県番外地についての感想を一言!」
大志はもみくちゃになりながらもやっとの事で声を絞り出す。
落とした携帯端末は踏まれ、砕けた。
「俺が当選? 本当に?」
「おめでとうございます! 大衆の勝利です!」
「視聴者の皆さんに今後の抱負をお聞かせ下さい!」
「宇宙人とお話しされた感想をお願いします!」
「え、えぇえ!?」
「タルガリア人を名乗る宇宙人は宇宙船の中に入ったまま姿を見せませんが、被災者の方々への賠償をどう考えているのか聞いてはいただけませんか! 仲良しだとうかがっています!」
「被災者の方に怪我一つ無かったことについてのご意見をお願いします!」
損害賠償──。
大志は未だ広場にめり込んだままの宇宙船と、破壊されたビルや道路に目をやった。
宇宙人に損害賠償を求めるなど、無謀かも知れない。本当に無理に決まっていた。
だが、それでもなお、大志はやらねばならないと思った。
声は、宇宙船に向けて自然に出ていた。
「オールセア!」
それは今や日本中、いや、世界中にその名が知れ渡った宇宙人の名前だった。
◇
「あの日、駅前にいた人たち、プラチナがもらえるらしいわよ、お父さん。不公平だとは思わない?」
「そうはいっても、損害賠償だろ?」
「建物を壊された地主さんなんて、ウン十億円分のプラチナらしいわよ?」
「それは当然だよ」
「どうして同じ街に住んでいる私たちには一銭のお金ももらえないのよ」
「それはお前、俺たち怪我してないし」
「それは……そうだけど」
「お前さ、そんな浅ましいこと言っていないで、少しはあの大和大志を見習えよ」
「どうしてよ」
「たいした度胸じゃないか。宇宙人と直談判したんだぞ、賠償金払え、ってな! 大した男だよ、アレは」
『速報です。●●県警は●●県衆議院選挙第六区にて当選した大和大志容疑者を公職選挙法違反の容疑で書類送検しました』
===疑惑のファーストコンタクト、大和大志容疑者===
と、テロップがテレビに映っている。
「公職選挙法違反!? あれほどの票を取っておきながらどうして!」
『──宇宙人による電波ジャックの件が問題視されたようですね。一方的な報道が公平な選挙活動を妨げた、と言ったところでしょうか』
『待ってください、あれは事故のような物ですよ。だってアレは大和大志容疑者の思惑とは無関係に、宇宙人によって強制的に流された物なのですから』
『本当にそうでしょうか。それらの点も含めて、今後の捜査には注目が集まってきそうです』
「馬鹿なことを言うな!」
「落ち着いて、お父さん!」
◇
『政府の公式発表が出ます。首相が今、記者会見場に現れました。この一連の騒動にどういった見解を示すのでしょうか──』
六十台の首相の顔がテレビに大写しになる。
一度の失敗を経験し、政権に返り咲いた忍耐と胆力の人だ。
そして、経済を回復基調にのせた優秀な政治家でもある。
その首相が口を開く。
『国民の皆さん。私たちは今、大切なお客様を迎えています。このお客様は遥か宇宙の彼方から飛来し、人類初の縁を運んできてくださいました』
===政府が公式に飛来物を宇宙船であると認定、宇宙人との初接触を認める===
『私はこの幸運に感謝するとともに、大きな喜びを持ってこの宇宙からのお客様を迎えたく思います。我が国日本は、タルガリア人の代表オールセアさんを歓迎します。ようこそ、日本へ! これからも末永くお付き合い致しましょう!』
===タルガリア人代表オールセアさんを歓迎へ===
『オールセアさんは我々日本人のゆかりの方々、日本の国民であり友人でもある邪馬台国女王台与さんたちとの縁も運んできてくださいました。日本政府と致しましては、●●県番外地を邪馬台国『県』として新設する意向であることを日本国民の皆様へお伝えしておこうと思います』
===邪馬台国県くぁwせdrftgyふじこlp;===
「邪馬台国県!?」
「ちょっと、お父さん!」
◇
邪馬台国、宮殿、謁見の間。
太い柱が天井に向けて幾本も天井に向けて伸びる、広々とした室内。
一人のスーツの男が書類を片手に眼鏡を上へ直しつつ語る。
対するは座する邪馬台国の女王、台与。
彼女は両手を振り振り、なんとか応対していたが……。
「邪馬台国『県』? 『県』とはなんですか!」
「御身の安全を私ども日本国が保証すると言うことです」
「大和を出しなさい! 私は大和と話がしたいのです。他の者と話をしたくありません!」
「台与様、私はこれでも道州制特別区域推進本部の川谷という者でして、このたび日本国内に自治体を新設するに当たりお話をと思いましてお伺いしたのですが……」
「大和、大和はどこですか!」
「もちろん、特例法によって台与様のご身分や邪馬台国の警察機構は保持されますし、今とそう変わらない、いえ、より一層住みよい生活をお約束致します、はい!」
「大和! 大和! いないのですか大和大志!!」
「台与様?」
台与は声を上げて泣き始めてしまった。
さめざめと白ける謁見の間、川谷は居心地悪そうに部屋の中央に立ち続ける。