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13 食事とは栄養補給だけが理由じゃない

 第十四軍管区長ゲルベルトは場末の酒場でしんみりと愚痴をこぼしていた。

 部下の弔いは出来ないが、せめてのはなむけにと肉を頼んだのである。

 そして、注文が終わるとグラスになみなみと注がれた火酒をあおる。


「俺は間違ったことはしちゃいない。だがよ、部下たちに顔向けできないんだ」

「旦那、少し飲み過ぎじゃ無いのかね」

「火酒なんて、俺たちの故郷の者にとっちゃ、水と一緒さ」

「あいよ、旦那、注文のステーキの上がりだ」

「ありがとう ……ん? このステーキ、肉はどこにあるんだ?」

「輪切りになったレモンの下ですぜ、旦那」


 ランタンの影に羽虫が舞う。

 夜は静かにふけていった。

 彼はこの国を去るつもりでいた。

 無能者には、この国で居場所が無いのである。




 ◇




 第十三軍管区長は、藁葺き小屋の中で手足を縛られ、転がされていた。

 粗末な木製の戸の前に、石斧を持った男が二人、暇そうに立っている。


「お前たち、俺を誰だか知ってこんなマネをやっているのか!」

「お前が誰であろうと、俺たちには関係の無いことだ」

「なんだと?」

「静かに中でおとなしくしておくことだな。猿ぐつわを噛ませても構わないんだぞ」

「誰の指図だ! 連邦議会か!? お前たちの背後は誰だ!」

「台与様の命令に決まっている」

「誰だそれは……蛮族の頭か」

「われら邪馬台の民こそが豊葦原の中心。蛮族はお前たちだろ?」

「笑わせるな、よほどの辺境から流れてきた蛮族のようだな」

「少し痛い目に遭わせないとわからないようだな」


 腕まくりした男に、同僚が止めに入る。


「止めておけ、台与様の意に背く気か?」

「蛮族呼ばわりされたんだぞ?」

「止せ。ほら。カカリカン殿が来たぞ」

「運が良かったな、お前」


 男は舌打ちして持ち場に戻る。

 男と入れ替わるように、灰色のスーツを着た男が部屋に入ってきては口を開く。


「おはようございます。それでは、先日からの事情徴収を再開したいと思いますので、よろしくお付き合い下さい。……面倒でしょうけれど、これも規則ですから」

「俺をどうするつもりだ」


 第十三軍管区長は縛られたまま吠える。


「適切な時期に解放されると思いますが、わかりません。何せ、そんな細々としたことについても、この件は全て上が決めることになっておりますので。まあ、しばらくの辛抱です。なに。きっと、たいした手間は掛かりません」

「ええと、食事は済んでますね?」

「いえ、まだです」

「そうですか。ならば、食事をとりながら事情徴収と行きましょうか。カツ丼なんて、頂けます?」





 ◇




「一課長、ご注文の出前が届いております」


 部下が被疑者の顔を見て、


「……運び込んでも?」

「ええ、お願いします」


 蛮族二人のやりとりを見た第十三軍管区長は、狐につままれたような、ボーっとした覇気の無い顔を見せるのだった。




 ◇




 気味の悪い色をした食事だが、芳香を放っていた。

 恐る恐る第十三軍管区長が口にした結果がこれである。


「うめぇ、うま、ガッガッガッ! おう、うまうま! カツガツカッ!」

「どうです? カツ丼のお味は。美味しいでしょう」

「うんま、うま!」

「どうです? 事情徴収に協力してくれる気になられましたか? 第十三軍管区長、バルナルト・ヴァルセルさん」

「おたくらはいつもこんな美味いメシを食っているのか?」

「ああ、その程度フツーですよ。普通」


 男、明石は手のひらで自分の頬を扇ぐ。


 しかしである。

 これが普通の味だというのか。バルナルトが食べてきた食事はなんだったのだろう。

 このカツドンに比べれば、バルナルトたちが食べてきた食事は家畜の餌以下だと言えた。

 蛮族だと侮っていた自分が恨めしい。

 食事だけでこうも違うのだ。


「ヴァルセルさん。ダーザッハ連邦。もう一度、あなたの国について教えてくれませんか。今までのご説明ではイマイチ要領を得ませんでしたので」

「要領を得ないとは?」

「私どもは頭が悪いので、詳しく、もっと言葉を簡単な言葉にかみ砕いて教えていただきたいのです。文明国の言葉は難過ぎます」

「そうか。それは仕方ない。美味い飯の礼程度はせねばなるまい」


 バルナルトの頬が緩む。


「助かります。これで私も上司に顔が立つというものです」


 邪馬台国県警捜査一課長の明石も相好を崩し、光を返した眼鏡が輝く。


「それで、なにを聞きたい」

「あず、あなた方の国について教えていただきたいのです。政体などはどうなっているのですか?」

「我ら連邦は同志ビルギッタ書記長を中心とする評議会が指導する、ダーザッハ王国とアウグーン公国の連邦だ」


 バルナルトは誇らしげに言った。


「評議会の指導と申しますのは?」

「決まっている。正しい評議会が一般の民衆を導くのだ」


 胸を叩いてバルナルト。


「なるほど。評議会が国の実権を握っているわけですか。軍はどうなんです? やはり軍も評議会の指導の下にあるのでしょうか」

「もちろんだ。我ら軍は完全に評議会の統制下にある」

「なるほどなるほど。しかし、軍の予算はどこから出てくるのですか?」

「国が出すに決まっているでは無いか。全て民衆から集めた税金だ。国が集める税金は全てダーザッハ連邦が徴収する。公国と王国には、評議会が決めた予算が配分されている」


 明石の眼鏡が再び光る。


「つまり、ヴァルセルさん。あなた方の給料はダーザッハ連邦の評議会が出しているわけですね?」

「遠回しな言い方をする。これが蛮族のやり方か。さすがに洗練されていないな」

「ご気分を害してしまい、誠に申し訳ありません」


 明石は笑ったように見えた。


「これだから蛮族はいつまでも蛮族のままなのだ。少しは我ら世界最先端の連邦を見習ってみてはどうなんだ」

「全く全く仰るとおり。実に勉強になります」


 これはおかしい。

 ベルナルトは腹の底から笑い声を上げていた。


「ふはは! それでは、いつ我らを解放するつもりだ。連邦が本気になればこんな、つまらん邑ひとつ、一瞬のうちに灰塵と化すぞ」

「怖いことを仰らないで下さい。でも、心配はしていません。私どもには私どもなりの対応を粛々と取らせて頂くだけですから」

「怖いもの知らずとはお前たちのことだな」

「そんなことはありませんとも、おお怖い、怖い」


 ベルナルトは明石が両の掌を振っておどけてみせるのを見、「蛮族とは仕方の無いものだな」と、薄く笑った。


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