10 正義の旗のもとに
輪になった、多量の水の回転する中心で、タルガリア人の作った人工知性体は黙々と作業をこなす。
ここは月の裏側。月の裏側のクレーターに張り付くように、その巨大宇宙船はあった。
縮退炉を装備した、水をマイクロブラックホールに注ぎ込むことにより縮退を起こさせ、エネルギーを取り出して推進する恒星間を翔る船である。
都市船、機動母艦ラウラ・メル・オールセア。
タルガリア人、オールセアの母船であった。
◇
「人類の未来は俺たちに掛かっているんだ!」
白い宇宙服を着た人影。
ステーションより選抜された彼らはその機動母艦に肉薄しようとし、その大きさ、美しさ、荘厳さに圧倒される。
人はあまりにも巨大なものを目にしたとき、神を想起するものらしい。
「神よ……」
歪な球形をした何層もの外郭。
星そのものともいえる複数の地殻を内包した人工の小天体。
その口が開いている。口の前を、水状の帯が巻いている。
天体は核を剥き出しにして開いていた。
まるで、ウツボカズラが舞い寄る虫をおびき寄せるように、その人工天体は中身を彼らの前に晒していたのである。
その時。
打ち寄せるは流星。
機動母艦の外殻と衝突し、黄色い花が咲く。
砕け散った破片が彼らの元にも降りかかるが、機動母艦は傷一つ負った形跡がない。
そして、舞い散る塵も、口の中へは入らない。
──エネルギー障壁。
誰ともなく呟く声が聞こえた。
今、人類は神の創造した壁を前に、核爆弾を仕掛け、冒涜的な行為に及ぼうとする。
そして、閃光の後、彼らは天を仰ぐのであった。
──爆発──。
「ダメだ。これはやつのコアにぶち込む必要がある」
「コアどころか一歩も近づけないじゃないか!」
「熱くなるな。なにか方法があるはずだ」
「ねぇよ!」
暫く後、同じ位置にて眩しい光があふれた。
しかし、機動母艦は全く傷ついた様子もない。
無傷。
「バカな!」
「冗談だろ?」
人類の切り札『核』は、異星起源の船に対して、なんら効果を持たなかったのである。
眼には眼を、歯には歯を。
これは自由人同士の契約である
──ならば、羽虫に眠りを邪魔をされた人間ならば、その羽虫をどうする?
瞬間、光が爆発する。
彼らの頭に、体に、手に足に。
幾条もの凝集光が降り注いだ。
──有志諸国連合主導による対異星間文明作戦失敗。
彼らは、初期作戦の準備計画の段階において、計画の軌道修正に迫られたのである。
◇
防音機構の働いた部屋。
そこに、異様な生物がいた。
灰色の鮫肌を持つ彼ら。
漆黒の眼が異様に大きく、肥大した頭部の大きさに比べて体は貧弱であり小さい。
──グレイ。
彼らはそう呼ばれていた。
「なんと言っている?」
「タルガリアは不可侵だ、と言っています」
「理由を聞いてみろ」
「我らと銀河を二つに分けて相争っている人種で、戦端を開いても我が方に益はない、と、このように」
「タルガリア人に勝てないのか?」
「回答を差し控える、とのことです」
担当官と、その生物のやりとりを聞いていた大佐はついに情報の洗い出しをあきらめた。
「……伏せておけ」
「は?」
「なにも聞かなかったことにしろ。その方が大統領も枕を高くして眠れるだろう」
「宜しいのですか?」
「構わんと言っている。記録も消去しろ。完全にだ。証拠を残すなよ?」
「……了解」
防音室で、会談は慌ただしく行われ、そして幕を閉じたのである。
◇
王家の旗とともに、赤い旗の翻る王宮の一室。
書記長ビルギッタの執務室で、今日も彼女はたまりにたまった政務を次々とこなしていた。
革命で処刑した官僚の仕事のほとんどを、彼女が一手に政務を引き受けていたのである。
「第十四軍管区ともう三日以上連絡が取れておりません、同志ビルギッタ」
「第十四軍管区? 先日、山が消えたなどと世迷い言を申していたのは誰であったか?」
「は、矯正員三百七十五号であります!」
「ああ、療養所送りにしたのだったな。……呼び戻せ」
ビルギッタは呟く。
「は?」
「聞こえなかったのか愚か者! 私はかの者を呼び戻せと言ったのだ!」
担当官がピンと背筋を伸ばして反り返る。
「は、直ちに使いの者を走らせます!」
「嘆かわしい。全く、どいつもこいつも共生主義の理想からはほど遠い! ダーザッハの御旗の元に、一刻も早く世界を統一し、共生主義の理想を実現せねばなるまい!」
◇
「貴様、名は?」
「……」
「同志ビルギッタ。矯正員三百七十五号は数日前からこの調子でして……」
「貴様か!」
「ひぃ!?」
「貴様がこの者をこんな状態にしたのだな!?」
「そんな、私は同志ビルギッタに命じられて……」
「どの口が言うかァッ!」
「ひぃい!?」
「誰かある! この無用者を摘まみ出せ! 今すぐにだ! 矯正員三百七十五号は幸福追求局へと移送せよ!」
「はっ! さあ、来るんだ!」
「お、俺はなにも悪いことはしてない! 同志ビルギッタ、お考え直しを!!」
扉の両脇に控えていた兵士が、必死で命乞いをする政治局担当員を抱えて摘まみ出す。
そして、哀れみの眼を矯正員三百七十五号に向けると、背中を押して部屋を出て行く。
「消えろッ! 参謀局長はある! いるか!」
「は、参謀局長ヴァルガー、ここに!」
「矯正員三百七十五号のことは聞いているな?」
「は! 山が消えたとか」
「そうだ。真偽のほどは?」
「第十四軍管区には謎の蛮族の集落が存在する模様でして、第十四軍管区基地施設その他は消滅している模様であります」
「……情報の出所は?」
「当然我が参謀局の担当員であります」
「脅威は確認できないのだな?」
「は!」
「蹂躙せよ」
「は?」
「そんな蛮族、我が赤軍で踏み潰し、さっさと平らげよと申したのだッ!」
「か、畏まりました書記長閣下!」




