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グラデニア戦記(仮題)  作者: K33Limited
4/34

003 ジャムの成人式

ここから主筋の時間軸になります。

 帝歴六一三年、初頭。

 その日、クレベルソン家では長女ウーナの成人を祝うささやかな集いが催された。


 人界では大抵が十四歳で成人と認められる。

 十分に躰が出来ていない者は一年後ろ倒しになる事もあった。

 成人すると、それまで家庭内で認められていた地位が、正式に官府を通じて社会的な裏付けを持つようになる。

 ウーナの場合、土地持ち騎士である父アルヴァーの正当後継者として、公的承認を得た訳だ。

 十四になったウーナ・クレベルソンは誰の眼から見ても小柄で痩せていたが、先送りとならなかったのは世情に拠る所が大きい。

 騎士である父は、昨今の情勢ではいつ戦場に伏してもおかしくはないのだから。


「それで叔母上が馬ごと突っ込んでってドバーン! よ」

「じゃあ赤熊はマルタ伯母様が倒したの? アグ姉様が倒したんじゃなくって?」

「それが違うのよトーケル。伯母上と馬とで熊を倒して、そこへ駆けつけた母上が薪割りの斧で止めを刺したの。それが事の真相よ」


 本日の主役は自慢気に胸を反らせて他人のいさおしを語った。

 弟のトーケルは今日の今日まで従姉アグレアの武勇伝だと信じていたらしい。

 隣では苦り切った顔のアグレアが「その話はもういい」と露骨な目配せをウーナに送っていたが、まったく気付いて貰えなかった。


「はっはっは! 息子よ、世の武勇伝なんてものは、そのほとんどが脚色だらけのでっち上げだ。黒猫卿アグレア・ドレイファス殿の熊殺し伝説も、その例には漏れないという事だな」

「でっち上げたのはお母様と叔母様です! あの一件を勲に替えて私に肩身の狭い思いをさせようと画策したんです!」

「人聞きの悪い事をお言いでないわよ。愚かな娘に反省を促す為でしょう」

「ぐっ、ぎにぃ」


 歯噛みするアグレアはあの一件に関しては本当に散々であった。

 従妹たちを命の危険に晒したと、こっぴどく叱られた事は勿論、馬で突撃した母マルタも重度の骨折。以来、杖が手放せなくなっていた。

 母と叔母とがでっち上げた勲は日々その身を苛み、一時期は円形脱毛症に悩まされる有様だったのだ。


「アグ姉様。他の熊退治は? そっちは本当でしょ?」


 トーケルが真剣な目で食い下がる。

 アグレアにしてみればさっさと話題を変えて欲しい所だったが、どうにも抜け出せずに泥沼にはまったような気分だった。


「あー、うん。ドレッドウッドの灰色熊とか夕闇峠の黒熊は本当。他は大抵作り話よ。誰が作ったのかは知らないけど、全部が本当だったら私、百頭近く殺してることになっちゃう」

「アグちゃんの両手は熊さんの血で真っ赤っかよ。伝説の赤い手(マニ・スカルラッティ)もびっくりね」

「うるっさいっ!」


 ウーナのからっとした揶揄に益々腐るアグレア。その手を常に血で濡らす伝説の殺し屋を引き合いに出されたのでは堪ったものではない。

 アグレアは三年前に頓死した父の後を継いで、今ではドレイファス家を担う女侯爵となっていた。

 亡き父の奨めで円形脱毛症克服の為に本当に熊狩りを始め、話に上った二頭の他に、仕留めぬまでも何頭かを撃退している。

 そうして嘘から出た真を地で行き、女傑の評にぴたりと収まってみせたのだ。

 お蔭で周囲の男性は一歩も二歩も距離を取る。

 それが目下、アグレア最大の悩みではあった。


「さぁ、仔羊の丸焼きが上がったわよ!」


 台所からクレベルソン夫人ハンナと養女のジャマルディが現れ、大皿に乗せた豪快な料理が運び込まれる。

 テーブルのド真ん中に祝いのメイン料理が収まると、歓声と祝賀の声が沸き上がった。

 夜空に輝く舟帆座の下、田舎貴族の家には水入らずの和やかな空気が満ち満ちていった。




 翌朝。まだ一面を雪に覆われた牧場には、様変わりしたウーナの姿が見られた。

 伯母が腕利きの職人に仕立てさせたという象牙色アイボリーの革鎧を纏い、父アルヴァーから受け継いだ父祖代々の剣を佩いて、さもご満悦といった風である。


「よく似合ってる。色もウーナにぴったり」

「そう? ちょっと白過ぎる気もするけれど、確かに悪くはないわね」

「そういうの何て言うか知ってる?」

「知らないわ。何て言うの?」

「馬子にも衣裳だよ」

「へー、初めて聞くわね」

「ウーナ、褒められてないからね」


 褒めた傍からアグレアの横槍が入り、ジャムは鈍感なウーナのフォローに回った。

 真珠の艶を放つ白銀の髪。

 雪原を映す雪白の肌。

 そこへ滑らかな象牙色の鎧を着れば、その姿はまるで清冽せいれつな北海の姫騎士のようではないか。

 ジャムは天命によって得られた姉妹の晴れ姿を誇らしく思った。


「母上がくれた弓矢もあるのよ。矢羽根はジャムとトーケルが付けてくれたの。みんなで熊でも狩りに行く?」

「何それ、私への挑戦チャレンジ? いい度胸ね。受けた。抜けっ」

「ノー、ノノノノォ!」


 軽口を叩いてじゃれ合う二人を、ジャムは眩しそうに見つめていた。

 こうして睦みの輪の中にいると、乱れた世の事など忘れてしまいそうになる。

 しかし、目の前の幸福が砂の城である事をジャムは分かっていた。

 アルヴァーはウーナの成人に際して、同時に家督を譲ったのだ。

 自らはポーラノーラの都市軍に籍を置くという。

 それは、いよいよ北地深くまで中央の混乱が飛び火して来るという事だった。

 ウーナはというと、領地近郊の開拓村に勤めていたアルヴァーの後任として、近く任地へ赴く事が決まっていた。

 勿論それにはジャムも付いて行くつもりだ。


「どうしたのジャム。ボーッとして」

「え? ううん、なんでもない」

「そう言えば、なんでジャムは一緒に成人しなかったの? 二人は同い年でしょう?」

「ああ、それはこうよ」


 アグレアの疑問に横合いからウーナがしゃしゃり出た。

 アルヴァーとハンナは一生に一度の事だからと、ジャムにきちんとしたヘムネスの儀礼を授けたいと考えたのだ。

 二人は儀式の段取りを知るヘムネス人を訪ね歩いた。

 ようやく見つけた時には百キロ以上も離れたハンナの実家近く、カポ・マリーナの街にいたという。

 二人が見つけた相手は軍人で、そうそう自由の利く身ではなかった。

 軍との交渉を経て、どうにか足を運んで貰える事になったのが来月。

 それで年初が通例の成人の儀を、ジャムに限っては一月後ろ倒しする事になったのだ。


「ヘムネス人の成人儀式かぁ。何だかワクワクするわね」

「アグちゃんも来ればいいじゃない。どうせ暇なんでしょ?」

「暇な訳あるかっ。侯爵よ? 私」

「そんな、私女優よ!? みたいな言い方して」

「言ってないから。でもそう何度もは無理。近々、また帝都に行かなくちゃならないし」

「またですか? 一昨年は見物だって言ってましたよね」 

「そ。父上の後を継いだ報告を兼ねてね。皇太子殿下もチラ見して来たわ。素敵な贈り物を頂いてちょっとイラッと来たけど」


 一体何を貰ったのか興味はあったが、アグレアのこめかみに青筋を見たジャムは即座に質問を控えた。

 何かは分からないが、皇太子はやらかしたようだった。


「あら、じゃあ私も家督を継いだ報告をしに行くべきかしら? 皇太子殿下の贈り物なら私だって欲しいわ」

「ウーナはただの騎士でしょ。私は女侯爵なの。分かる? この違い」

「ええ、馬鹿にされたって事はちゃんとね」


 鼻で笑ったアグレアと、笑われたウーナとが、腰を低くして身構えた。

 ジャムがここでホイッスルを鳴らせばカバディカバディでも始まりそうな雰囲気だ。


「今度の帝都行きはどんな用事なんですか?」

「中央軍がセイバーウォールで反乱軍とひと合戦するの。その助っ人よ」

「セイバーウォール! 帝国がミストリカ王国を防ぎ切った難攻不落の城塞ね! 城壁をよじ登ろうとした兵士の剣が無数に突き立っているって本当の話かしら?」


 頬を紅潮させるウーナ。彼女の言葉通り、センチュリオ南部の大城壁は、統一以前の帝国が南方の守備の要とした要衝中の要衝だ。

 そこへ赴くという事は、先年、農民の窮状に立ち上がったミストリカ州総督、大騎士クリフトン・ギルマーティンの軍勢と矛を交える事を意味していた。


「ね。二人はどう思う? 私は体制側で蜂起した農民を鎮圧する。ミストリカの大騎士は農民と共に立って帝国の圧政を突き崩そうとする。勝利すべきなのはどっち?」

「そんなの考えたって無駄よ。戦いになれは主義主張なんて蹴っ散らかして、徹頭徹尾、力のぶつかり合いだもの。いつだって勝つのは強い方よ」


 難しい質問だな、と思っていたらウーナが即座に答えを返した。けれどジャムの考えはまた別だ。


「でもウーナ、理由は大事だよ。誰も強さを理由にして戦う訳じゃない」

「それはそうね。ならジャムは今の質問にどう答えるのかしら?」


 ジャムは黙した。

 故郷ナパスで奴隷に落とされ、父も母も別々に売られて行った。

 船で北国に運ばれて、本当は官府のイスカル人相手に売られる筈だったのだ。それが偶然居合わせたフリア人に買い取られ、今、こうしてここに立っている。

 己の人生に根ざした答えはあった。


「人の立場は思いもよらない。大切なのはどんな立場であっても、自分が正しいと思った事の為に力を尽くす事。私たちは今みんな体制側。アグ姉様は総督でウーナは騎士。私もクレベルソン家に迎えられて中央に仕える騎士の子として育った」

「なら私と来てセイバーウォールで戦う?」

「戦わない。私はマリブ人の人狩りに遭って奴隷になったけど、ミストリカの州総督は志のある立派な人だと思うから、だから戦わない。私が戦うのは、例えばこの牧場の為。私たちが暮らすこの場所を誰にも荒らされたくない。同じ思いの人がどんな土地にもいると思う。だから私は彼らの為になら戦う」

「え? ジャム貴女、それって蜂起する側って事?」

「そんな簡単な話じゃないよ、ウーナ。蜂起した農民だって賊になって村を荒らすなんて事しょっちゅうあるでしょ?」

「ん、まぁそう、そうね」

「だから私は、私はそう。ウーナの為に戦う」

「えっ、私?」

「おおー、なんか熱いねっ」

「ウーナはこれから、お父様の後を継いで、騎士として頑張って行くんだと思う。それを私が全力で支える。間違ってるなって思ったら命を懸けても止める――。だってウーナが、私の命だから」


 真っ直ぐなジャムのラベンダーの瞳。それを受けてウーナは軽く目を見張り、次いで柔らかく細めた。


「聞きましたかしら奥様?」

「なんて素晴らしい嫁!」

「んもぅ! 茶化さないでってばぁ!」


 二人の意地の悪さに羞恥が沸き上がり、チョコレート色の頬に赤味が差す。

 ジャムは照れ隠しにウーナをポカポカと叩いた。


「ちょっとジャム。貴女、自分の命をそんな乱暴に叩くもんじゃないわよ?」

「うるさいうるさい!」 

「涙目のジャム可愛過ぎる」

「この娘ってばすぐに泣くから」

「私は真面目に言ったのに!」


 分かっているわよ。そう言ってウーナが抱きしめるとジャムはようやく大人しくなった。

 立場がどうのではなく、信じるものの為、大切なものの為に戦う。その尊さ、美しさはウーナにせよアグレアにせよ良く理解出来た。そしてそれを容易には許さぬ立場というしがらみも。






 月が明けて二月。天の守護座は展帆宮ソルヴィットから魔鏡宮スペキュラムへと移った。

 半眼微笑の麗しき女神が三日月に腰掛ける宵の入り。クレベルソン一家は牧場に編んだ藁の祭壇を前に、風変わりな格好で並んでいた。


「ちょっと、この藁のスカート、チクチクするわ」

「僕は寒いよ。まだ冬なのに、なんでこんなに薄着じゃなきゃいけないのかな?」


 一家は肌着姿で、腰には藁のスカートを巻き、頭には造花の額環を乗せている。

 寒さを訴えるトーケルの唇は既に紫色。

 痒みに襲われるウーナは腰の辺りを悩ましく動かしていた。

 そこへゴホンッと低い咳払いが一つ。


「皆さん、儀式の為です。しばらく我慢して下さい。直ぐに体は温まります」

「痒いのは?」

「我慢を。今日は皆さんの大切な人の大切な儀式です」

「努力するわ」


 額環とスカートは儀式の為に用意された物で、この日の為に招いたヘムネス人、クワベナ・ハゲマロの持参品だった。

 彼の名乗りを受けた時、勿論、ウーナは爆笑した。

 例えばクワベナ・ハゲなら耐えられた。クワベナ・マロでも行けただろう。しかしハゲマロである。完全にツボに入ってしまった。

 家族は最悪の心象だと考えた。が、爆笑された当人は嫌そうな顔一つせず、名前を気に入って貰えたと喜んだ。


 クワベナ・ハゲマロはミストラ地方ムナール州マーゴの出身。ジャムの生まれたヌンバス州ナパスとはカンタゴナ州を挟んで南北に四〇〇キロほど離れている。

 北の部族だというジャムの真っ直ぐで白い髪に対し、南の部族である彼は黒くてチリチリの縮れ毛だ。

 彼もかつては奴隷制の下、マリブ人の主に仕えていた。

 中央戦争の煽りから、騎士だった主と共に各地へ赴いている。

 功績を上げる立場ではなかったが、幾度となく主を窮地から救った。それが認められ、軍籍に入る条件で奴隷の身分から解放されたのだ。

 いつの時代も争乱期になるとクワベナのようなヘムネス人が増えた。しかし、結局は軍の奴隷だった。

 他の人種と異なり、規定の休暇等で自由に軍営を離れる事を許されないのだ。

 今日ここに来れたのも、アルヴァーが粘り強く官府と交渉した結果であって、真の解放の訪れには、今ある争乱の終結を待たなくてはならなかった。


「儀式の前に、ご家族の皆様に心からの感謝を伝えたい。我が同胞を保護し、育てて下さった。奴隷としてではなく、家族として。ありがとう。本当に、ありがとう――。あなた方北の民はこうして我々を受け入れてくれる。当然のように。しかしそれは、私たちには奇跡なのです。今日ここに成人の時を迎えるジャマルディ・イニヤンガ。彼女は奇跡の子になった。皆さんの手によって。その深い愛によって――。感謝を。地母神タタハリの御名の下、全ての同胞に代わり、ご家族の幸多きを祈ります」


 クワベナの真摯な言葉は、鼓膜を伝って胸の奥へと染み入った。

 知らずと成した事を讃えられて、一家の誰もが誇らしさと、それから一抹の気恥しさを覚えた。


 挨拶を済ませたクワベナはジャムを祭壇の前に招いた。

 本来は生花なのだが、二月の北国ではそうもいかず、カラフルな造花を編んだ額環を乗せている。

 髪を包み込むように流れるケープには銀糸の刺繍。それが祭壇の両脇にくべられた篝火にキラキラと煌めいていた。


「ジャム、ジャム。とっても奇麗よ」


 皆が黙して神妙な空気だというのに、思ったことを口にせずにはいられないのがウーナ。けれど、それは皆の思いの代弁でもあった。

 ジャムにはそれが嬉しくて仕方がない。

 ジャムはウーナを振り返って、とても愛らしい、はにかんだ笑みを覗かせるのだった。


 ジャムは藁の祭壇に正対し、地母神タタハリの絵にお辞儀をした。

 足を前後に交差させ、左手の親指と人差し指で作った輪を胸の中心に当てる。

 右腕は体側へ。肘は伸ばしきらずに、軽く曲げてしなやかな線を描く。こちらも指で輪を作っている

 風変わりなお辞儀だった。


 祭壇の脇に侍したクワベナが、ヘムネスの言葉で祈りを唱え始めた。

 耳慣れぬ長い祈り。時折そこにジャムの復唱が重なる。

 幾つかの単語はジャムから教わっていたのでウーナたちにも分かった。

 ババ、ママ、ダダ、カカ。どれも家族を表す言葉だ。


「ヘブ ンゴマ ナ ビンティ ヤ ジュア!」


 クワベナが大きな声で叫ぶ。

 次いで平太鼓を取り、指の腹で軽快な音を刻み始めた。

 そこへ歌が合わさり、ジャムが軽やかに踊り始める。

 くるくると旋回して流れるように。段々と大きな弧を描いて、みんなの前を横切った。


「さぁ皆さんも踊って! ご家族全員でどうぞ、さぁ! ンゴマ、ンゴマ!」


 え? 踊るの?

 出し抜けに振られて四人が四人ともそう思った。

 予期せぬ流れに躊躇われたが、それが儀式だと言うなら否も応もない。


「直ぐに温まるって、そういうことね」


 ウーナはトーケルに言って一番に踊り始めた。

 それはフリア人の牧歌的なダンスとは違い、全身を揺すり動かす激しいリズムだ。

 飛び込めば躍動に鼓動が高まり、熱い血流が全身を駆け巡る。

 対になって、白と黒の姉妹がくるくる回る。

 足が滑って転べば笑う。

 アルヴァーもハンナもトーケルも、可笑しくなって夢中になって、本当にこんな儀式なの? という半信半疑な気持ちはあっという間に霞んでしまった。


「インバ、インバ!」

「インバ、インバ!」

「ンゴマ、ンゴマ!」

「ンゴマ、ンゴマ!」


 クワベナの掛け声に意味も分からずみんなで叫んだ。

 ジャムは大地を踏む足裏から、パワーが吹き込まれるのを感じていた。

 懐かしい故郷の土の香りを感じていた。

 疲れを知らないジャムのダンス。

 迸る汗が黒い素肌をブラックダイヤモンドのように輝かせる。

 マリブ人はヘムネス人を見て夜の国の化け物だと言った。

 それは真実ではない。

 フリア人はヘムネス人を見て言った。彼らは太陽の子供たちだと。

 そう、それが真実だ。


 北国に南国の熱狂が渦を巻いたかのようだった。



「ダメよダメ、もう無理だわ。クッタクタよ」


 ハンナが草の上に倒れ込み、アルヴァーも続いて隣に転がり込んだ。

 汗だくの二人は元気に踊り続ける子供たちを眺めた。

 苦労というほどの苦労もない、楽しい子育ての日々が思い返される。

 来年トーケルが成人すれば親の務めもいよいよ終わるのだ。


「みんな本当に良い子たちだ」

「そうね。特にジャムよ。ウーナは捌けてるというかなんというか、時々本当に女の子かしらって思わされるけど」

「確かにウーナは変ってる。その分トーケルは真面目かもな」

「あの子はお姉ちゃんの影に隠れちゃって、もう少し男らしさを磨かないとダメ」

「ははは、いやに厳しいんだな」

「当然よ。親が厳しくしなくちゃ。何せ、こんな世の中ですもの」

「そうか……。そうだな」


 子供たちは踊る。

 揺れて回って叫んで跳ねて。

 飛び散る汗が篝火に染まれば赤い流星。

 藁のスカートはシャカシャカと、クワベナの平太鼓に彩りを添えた。


 やがて、よれた足取りで三人の輪からトーケルが最初に外れた。

 ペタンと座り込んで、荒い息に肩を激しく上下させている。

 続いてウーナ。

 彼女は少し離れた場所までふらふら歩いて行って、残雪の上に大の字になった。


 平太鼓の音が止み、最後まで残ったジャムは祭壇の前で再び風変わりなお辞儀。

 クワベナはジャムの額に手をかざした。


「ジャマルディ・イニヤンガ。太陽の娘(ビンティ ヤ ジュア)。お前の祈りと踊りをタタハリは見届けた。タタハリは大地。いつでも足元に、影のように共にある。命ある限りお前を立たせるだろう」


 クワベナは祭壇の小壺を取り、中に指を差し込んだ。

 抜き出された指はぬらぬらと光を反射している。

 それは女神タタハリの血。甘い甘いハチミツだ。

 クワベナの指がジャムの眉間に触れ、鼻梁をなぞった。

 次いで唇の上に円を描くように滑らせる。


「ジャマルディ・イニヤンガ。これでお前は大人になった。南に生まれ、北で育ったお前には、遠く大地を見晴るかす力がある。道を誤ることはない。恐れずに進めばいい」


 おめでとう、と大の字になったままウーナが声を張り上げた。

 おめでとう。そして拍手。

 家族の祝福がジャムを優しく包み込む。

 ジャムは何か言葉を返そうとしたが、感極まって溢れた涙に、すべて流されてしまったようだった。

地図等

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75065318

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