020 デイバーリーチの戦い3
ストービヨルンが都市軍の手に戻った日。タンマーロ・タッセッティは南へ伝令を飛ばしていた。
日に夜を継いで地方首都ウィンターゲートに駆け込んだ使者により、デイバーリーチの状況を知った官府は、しかし、軍を動かさなかった。
今回の連合都市軍の運用は中央の決定であり、中央の判断を仰ぐ事を先決とした為だ。
後日、タンマーロは、デイバーリーチから派遣している六千の兵だけでも戻すよう要求したのだが、これも中央の判断を待つとして断られてしまった。
「何故だ!」
タンマーロは焦った。ストービヨルン攻略前、リーチ城に残る兵糧を七日分と試算したが、既に十日が経過している。
リザンドロは恐らく、厳しい決断をしただろう。
戦力外の負傷者から、餓死者が出始めているに違いない。
「中央は俺たちに座して死を待てと言いうのかっ、ふざけるなっ!」
怒りの拳を壁に打ちつける。
歪んだ手甲からは血が流れた。
居合わせる副官ら幕僚たちも、歯噛みする思いは同じだ。
「都督。この上は我らで南門の包囲を破り、全軍でウィンターゲートへ向かっては? リザンドロ総督も意を汲んで呼応しましょう。ウィンターゲートとて逃れ来る兵を受け入れぬという事はないのですから」
その考えはタンマーロにもあった。だが問題もある。
当初、ストービヨルン北面に陣を張った敵は二千程度。攻城で幾分か兵を失ったとはいえ、こちらの半数だった。それが今は四千に増えている。バランサスへ突破を狙う潜伏兵を幻視していた敵が、それをいよいよ看破して、こちらに寄せて来たのだ。
突破は出来るだろう。しかし立て直した敵に晒した後背を突かれる。それで南門の包囲を破るのは至難の上にも至難と言う他はない。ならば都市ゲリラ戦か。知り尽くした我が庭でそれをする事は可能だ。だが、三年間都督として統治してきた街を、この手で焼くのか。仮に街の住民が今や憎しフリア人だけだったとしても、タンマーロの心はそれを拒んだ。騎士としての誇りが、それを許さなかった。真面目な男だった。
「中央の腐敗を嫌って地方へ来て見ればこの有様だ。お前たちには本当に済まない事をした。許してくれ」
タンマーロ・タッセッティの覚悟は、言下に幕僚らにも伝わった。
険しい顔をする者もいれば、天井を仰ぐ者もいる。どれもが、呑み込んで、肚に収めようという男の顔だった。
「今日、この城を出て、待ち受けるものが死の他にはないとしても、今はただ、友の為に戦いたい。束の間、妻や子の事は忘れて、ただ、友の為に。――我が守護、獅子宮のイスカリオが、正しくイスカル人の神であるなら、希望の一つも示して下さろう。戦え。神はそれをお望みだ。戦え。剣を手にやって来たからには」
抜剣。そして捧げ。
戦え、戦え、戦え――。
互いを鼓舞し、奮い立たせ、デイバーリーチ都市軍はストービヨルンを打って出た。
敵襲の声が上がった時、既に陣中にも馬蹄の響きが届いていた。
陣幕を飛び出したヤコブとアルヴァーは見た。城門を監視していた兵が、追い縋る敵の馬群に呑み込まれ、擦り潰さてい行く様を。
「横陣ーっ! 突っ込んで来るぞぉー!!」
馬上に上がってヤコブが叫んだ。
城門から続く幅二十メートルの道を、密集した敵騎兵がハンマーのように迫って来る。
自陣は窮屈な間道にあり、十分な防御陣の金床を敷けるかも怪しかった。
「ヤコブ! 散開だっ、散開して敵を通せ!」
「何!? 聞こえん! 何だアルヴァー!」
味方の怒号と迫る馬蹄に呑まれて互いの声すら届かない。ならばとアルヴァーは自陣の兵を左方に下げ、少しでも隙間を開けようと試みた。そこへ敵勢が雪崩を打って飛び込んで来る。
兵士の体がひしゃげながら冗談のように高々と宙を舞う。
馬群に蹴散らされたヤコブの隊は統御を失い、後追いで迫って来た敵歩兵部隊によって蹂躙され始めた。
「挟み込めーっ!!」
下げた兵を反転させて、アルヴァーは横合いから敵歩兵に打ちかかった。
通り抜けた千騎ほどの敵騎馬は反転せず、そのまま街を目指して遠ざかって行く。
歩兵もかなりの数が抜けて行った。
「追うな! 留まる敵に集中しろっ」
陣営の端に配されていたウーナ隊は、丁字の辻から最も離れており、この頃になってようやく敵の見える所まで出て来られた。
「父上!」
「ウーナ、ジャム! お前たちは真っすぐ北上して西の街道から街に入れ! 通過した敵は斜行してる。南の街道に乗って正門前の包囲軍を背後から突く気だっ、急げ!!」
指示が下るや否や、ウーナは麾下に号令をかけ、一目散に北を目指した。
間道を飛び出て牧草地帯に駆け込めば、陣を突破した敵歩兵はまだ近かったが、それを無視して一路北進する。
「ウーナ、これはどうなるって事なの?」
「さぁ? ただ恐らくは、リーチ城の敵も打って出て、市街戦にはなりそうね」
「そうなると街に被害が?」
「それは仕方ないわよジャム。住民だって市街戦は当たり前に予測しているわ。敵が彼らを的に掛けない限りは、概ね家屋の被害だけで済むでしょう」
「そっか。なら少しは安心だね」
牧場育ちの二人は、疾駆しながら普通に会話をしてのけた。
追走してくる配下の数は、あの日、不慮の遭遇戦で四分の三に減っていた。後日の捜索で十二名の重傷者を街へ送り、三十四名の遺体を焼いている。
既に焼けていた者。
切り伏せられた者。
離脱を試みて力尽きた者。
全員を見つけ出せたのがせめてもの救いだ。
だが、ウーナは滅入る素振りも見せなかった。
それをジャムは強さと思った。
あの夜、先んじてストービヨルンの状況を知ろうと考えたのは決して判断ミスではない。遭遇戦もまたそうだ。結果に囚われて指揮官が折れてしまっては、隊は今このように整然と馬列を組めはしなかっただろう。
ただ、ジャムには一つの願いがあった。
それはウーナの心の奥底に触れたいという願いだ。
変わらぬ面差しの下で、僅かでも揺れるものがあるのだとしたら、そこに寄り添うのは自分でありたいと。
デイバーエンドの都督リザンドロ・ピエリは天守に立って、正門先へと延びる南への街道を見下ろしていた。
最初、それは辻風が起こす土煙だろうと思った。しかし、その中から突き進んでくる馬群を見て、靡く旗を見て、直ぐに状況を悟る。
「総員、武器を取れ! 休んでいる者も全てだ。叩き起こせ! 南から打って出る。どれだけの犠牲を払おうと、ウィンターゲートまでは足を止めるな!」
援軍はないのだな。望む所だ――。
リザンドロは自らも兜を被り、槍を取った。そこへ階下から幕僚の一人が転がり込んで来た。
「てっ、敵襲!」
「何、どの門が破られた!?」
不慮の急報に臨戦の面相が尚の事吊り上がる。
「地下からっ、敵は地下から侵入しています!」
「地下だと? 地下の何処だ!?」
「分かりません! 敵は地下牢方面から雪崩れ込んだ模様。乱戦の中、内から西門に寄せる動きです!」
地下とは何か、リザンドロには分からなかった。抜け道でもあって、それを逆手に取られたか。ならばタンマーロはそれを失念していたのか。いや、そうではあるまい。タンマーロも知らなかったのだ。
「よし、ならば西門へは俺が行く。お前たち、南門の指揮は任せたぞ。いいかっ、俺を待つ必要はない! タンマーロと共に落ちて行けっ」
リザンドロは走った。
駆け下りて広間を飛び出す。
城内広場は既に敵味方入り乱れ、怒号と叫喚に満ちていた。
食と睡眠を奪われてきた城兵は、千ばかりの敵を押し返せずにいる。
ドスンと重い響きに目を遣れば、東門が外からの攻撃に大きくたわむのが目に入った。
「無暗に詰めかけるな! ノルデンフリアの兵は今直ぐに南門に向かえ! 東西の門はデイバーエンドの兵で支える。俺に付いて来いっ」
取り巻きだけを連れて、リザンドロは内から西門へ詰めかける敵を押し止めんと、乱戦に踊り込んで行った。
自ら槍を扱いて五人ばかりを突き殺せば、近くの兵は何とか気勢を発して、そこへ続こうと懸命に藻掻く。
しかし分厚い。寡兵の敵がまるで貝型城砦のように頑健を誇った。蓄える熱量がはっきりと違うのだ。
「奮い立て! ここを凌げば後は南へ逃れるのみだ! 早、迎えの兵が来ているぞっ、女神プラキアの名に懸けて、希望の星は南にある! 南だ、者共っ、今この敵ばかりを倒して、生きて南の星を追えよ!」
喝発虚しく、最早どの顔も今以上には及ばない。精も根も、それこそ底力までを使い果たしているのだった。
「そこにいるのはリザンドロ・ピエリかっ!!」
呼びかけに振り返れば反乱軍の将が一人、重たげな剣を構えて立っている。
年輪を刻む顔皺に歴戦の凄味というものが窺えた。
思い当たる名は、ある。
リザンドロはこれを敵と定め、槍を捨て、腰の剣に手をかけた。
「カリンジャーの大騎士、オーラ・ハルネスと見た! ローバーンの大騎士、リザンドロ・ピエリが相手をしてやる! 老いた首を晒すがいいっ」
西街道から包囲軍に接したウーナたちは、西包囲の指揮官ヴィゴ・イェンセンに状況を上げた。
ヴィゴは千の兵を割いて南のルンデゴートに救援を回し、自らは西門が開くのに備え、陣頭に腰を据えた。
ウーナ隊はその麾下に入って共に突入の時を待つ。
「まさかこっちも仕掛けの最中とはね。色々一遍に動き出したカンジ」
ハスミンが興奮気味に言う。クロムイエローの瞳は門塔に翻るデイバーリーチの旗を見上げていた。
一方、ウーナたちが掲げる旗はジャム考案の白黒昇旗。旗を見たヴィゴは怪訝な表情を見せたが、ウーナから「不吉を相手に押し付けるのです」と説明されて、半ば納得したようではあった。
「隊長。前に出過ぎでは? 我々はもう少し後方にいた方が邪魔にならないかと」
「ヘンネム。私たちは皆同じ反乱軍よ。ヴィゴ卿から下がれとの指示がない限り、このままでいいわ」
疎らに降る矢に盾も構えず、ウーナは泰然自若としていた。
ジャムやシクスが急ぎ集めた情報によれば、ルンデゴートはカールの示唆した地下からの攻めを敢行したらしい。遺構の廃材を取り除くのに随分と時をかけだが、大騎士オーラ・ハルネスに千の兵を付けて突入させたという。
場内から響く喧騒がその成功を物語っていた。
「開くぞ! 全軍構え。開門した味方を討つなよ!」
ヴィゴの言葉に裏打ちされて門扉が軋み、それまでくぐもっていた怒号が大いに鼓膜を震わせた。
「今だっ、雪崩れ込めーっ!!」
槍兵を先頭に突入が始まり、ウーナたちも駆け足で追随した。
門を潜る時、冷やりとしたものを感じたが、投下穴から何かが落ちて来る事はなかった。落下格子も既に除かれて、包囲軍は流れるように城内広場へ切り込んで行った。
同じ頃、南門前の広場では、後背から吶喊したタンマーロの部隊と、城門から打って出た城兵部隊とに挟まれ、ルンデゴートの本陣が方円陣を敷いて懸命に防いでいた。
そこへアルヴァーの部隊が南から、また、ヴィゴの切り分けた一千兵が西から押し寄せ、複雑奇怪な混戦状態へと陥って行く。
「アルヴァー、間に合ったのか?」
「ああ、後は時間の問題だ」
「こいつ、それは俺に言っているのか」
「悪気を問うな、ヤコブ。ここを凌げばデイバーリーチは落ちる。デイバーリーチが落ちれば日和見の連中も、帝都のグリーデマン伯爵も一斉に動く。そうなんだろ?」
「ああ……。そうだな」
ストービヨルンでタンマーロの騎兵突撃をまともに受けたヤコブは、腹部に騎槍を受けて重傷を負っていた。
助かるまい。分かっていて、アルヴァーは友を連れて来た。せめて勝利の瞬間を見せたかった。ヤコブもまた、それを望んでいた。
「アルヴァー、こいつを、お前に」
ヤコブは青褪めた唇を震わせながら、手にした金の鎖を差し出した。その先端には黄金の錨がぶら下がっている。
「そんなものは後にしろ」
アルヴァーにはその輝きがまるで呪いのように感じられた。魅入られた友は今や死の淵に喘いでいるではないか。
「いや、今だ。頼む」
「……分かった」
ヤコブはもう、命を手放そうとしていた。
成人の儀を共にしてから二十五年。苦楽を分け合ってきた親友にして悪友。その手から黄金の遺志を託されて、アルヴァーは泣いた。
鞍上に伏したヤコブを乗せて、栗駒が後方へと下がって行く。
「我が友の守護、異客宮のココペリよ。あいつの大好きな酒をたらふく飲ませてやってくれ。このアルヴァー・クレベルソン。酒の肴にひと戦、参らせようほどにっ!」
城内広場は本城によって南北に分断されている。ウーナたちが飛び込んだ北側には、東西の門があった。
敵味方入り乱れ、沿うべき流れも見当たらず、先頭のウーナは途中途中立ち止って、後続が分断されないように気を配っていた。
「ノルデンフリアの兵は城内から南広場へ出ようという魂胆らしいわ! 向かって来るデイバーエンドの兵だけを相手にしなさいっ」
しかしそのデイバーエンドの兵たちも、気力はあるが、ここまで削られた体力はいかんともしがたい様子。反乱軍が一方的に押す流れの中で、やがて大勢は決した。東門も開け放たれ、いよいよ北広場は掃討へと移って行く。
寝不足に目をギラつかせ、頬のこけた城兵からは、ぽつりぽつりと武器を捨てる者も現れだしていた。そんな中、敵味方問わぬ多くの者の目が広場の中央へと吸い寄せられた。
銀ッと弾け、豪ッと打ち下ろす剣と剣。
切り結ぶのは二人の大騎士。
互いに雷喝を発し、叫び、猛り、あらん限りの力を振るう。
オーラの大鍔剣とリザンドロの片手半剣。二つの軌道が重なる度に、刃鳴響き渡り、文字通りに火花を散らせた。
老境に差しかかろうというオーラは、老いても尚衰えぬ膂力で、鍔を競っても押し負けるという事がない。
脂の乗ったリザンドロは諸手、片手と捌きを変えて、上中下段を厳しく攻める。
押し引き鬩ぐ駆け引きの妙は、見る者をして驚倒、嘆息を為さしめ、そこに勝敗の境もあるとなれば、誰しも胸潰れる思いを得ただろう。
刃を交えながらリザンドロは一連の反乱がいかな大事かを知った。
事を悟るに遅きを失した己を激しく詰った。
ここにグリーデマン伯爵の二枚看板と言われた一方のオーラ・ハルネスがいる。その事は反乱の裏に大将軍が腕組みをして立つ事の証左に他ならない。この事実があれば、タンマーロは確実に援兵を率いて来られたのだ。
何合打ち合ったか、汗に塗れて覚えもつかなくなった頃、渾身を闘わせて弾けた所に間合いが生じ、そこに束の間の静止が訪れた。
「若さに勝るばかりではないな。実に良い腕前だ」
「カリンジャーにその人ありと謳われたオーラ卿の誉め言葉とは、痛み入る」
これまでの無言の対峙が破られ、リザンドロは次の一太刀が勝負と悟った。
じりじりと鉄靴が前に出る。
相手はさすがに肩で息をし始めている。
ここか?――まだ測る。
今か?――応じ手には乗れない。
行くか!
眦を決して、ここぞと大きく踏み込んだ。
ガインッ――。
何を打ち払ったのか。
踏み込んだ刹那、反射的に動いたリザンドロは、それがオーラの手を離れた大鍔剣だと察するに数瞬を要した。そして右腋に熱く鋭い痛みが走る。
見れば、オーラの手に握り込まれた逆手短剣が、腋盾を交わして突き立っている。その切っ先は肺腑にまで達していた。
「許せ」
低く沈むオーラの声に、リザンドロは頷いた。
喉元にせり上がる血を必死に呑み込んで、搦め手に出たオーラを笑って許した。
――タンマーロ。俺の代わりに、故郷の、ローバーンの土を踏んでくれ。
リザンドロ・ピエリはそれで絶えた。
「この者の骸を、誰も汚すな! この者の名はローバーンのリザンドロ・ピエリ! 記憶に留めておけ。天晴な騎士であったと!」
一方の歓声と、一方の消沈が無色のマーブルを描いて城内広場を埋め尽くした。
その状況を見たウーナは、隊の者に向けて、降伏を促して回るよう指示を発した。
将を失ったデイバーエンドの兵たちは皆一様に項垂れて、次々に兜を脱ぎ、武器を捨てて行った。
リザンドロ・ピエリがその生涯を閉じた時、僚友タンマーロ・タッセッティは我武者羅になって敵の輪形防御陣をこじ開けていた。
城門から雪崩打つ城兵も、その数で闇雲に突き進み、いよいよ膨大な離脱兵の奔流が南街道へと流出し始めた。
「無理に蓋をしようとするな! 流れの横合いから突き崩していけっ」
アルヴァーは多少の兵は行かせてしまえと、後を任せて自らは先を目指した。そこに敵指揮官の背中を見たのだ。
鉢型兜の頭頂に赤々しい羽根飾りを付けた金鎧の騎士。その背に向けて大音声に呼ばわった。
「デイバーリーチの都督、タンマーロ・タッセッティかっ!」
「俺を呼ぶ貴様は何者だ!?」
大兜を巡らせ、タンマーロは射抜く目でアルヴァーを刺した。
「ポーラノーラの騎士、アルヴァー・クレベルソン。貴殿の命、我が友ヤコブ・オスカリウスの墓前に所望だっ!」
「弔い合戦とは嗤わせる。格の違いを見せてやろう! ローバーンの大騎士、タンマーロ・タッセッティが今行くぞ!」
副官らが止める中、タンマーロは馬首を返してアルヴァーと真っ向、正面に向き合った。
狭間の二十メートル足らずを犇めく兵が埋めている。
黒い波間の向こうに、甲斐というものが見えた気がした。
「お前たちは落城兵の指揮を執れ。馬鹿の一つ覚えに街道を行かさず、四方八方路地に散るよう道筋を付けてやるんだ。いいな!」
「ですが都督!」
「槍を貸せ槍を!」
食い下がる副官から無造作に長槍を奪って、代わりとばかりにタンマーロは首紐に通した指輪を放った。
「お前はローバーンへ行って、俺の家族にそいつを渡すんだ。いいな。お前が、その手で渡すんだぞ」
返事を待たずに拍車を入れて、タンマーロはアルヴァーに槍の穂先を差し向けた。
――中央を見切った俺が、今や中央に見放された。このまま三軍暴骨の内に果てるなら、「せめて槍一本、騎士らしく駈けて獅子の気迫も見せてやらねば、生涯に何の満足があるものかっ」
誰なと言い放って、タンマーロは嚇怒と怜悧の狭間に重く槍を据えた。
流れは北から南。
兜の波頭を切り分けて、タンマーロの騎馬が滑らかに駈ける。
迎え撃つアルヴァーは流れに押し留まって、伴回りの兵から短槍を受け取った。
敵はフルプレート。跳ね上げたままの眉庇下に、総身を絞って槍を投じる。
唸る槍は風を巻いて渡り、僅かに逸れてタンマーロの右肩、肩当を掠めて去った。
アルヴァーは直ぐさま剣を手繰る。
タンマーロが来た。タンマーロが来た。
その勢い。迸る殺気。アルヴァーの馬が慄き嘶き、半歩を下がる。
「捉えた!!」
タンマーロは、馬体につられたアルヴァーが姿勢を失ったと見て取った。そして、その傾ぐ胸板目がけて槍先を固定し、一心不乱に駆け抜けて行く。
アルヴァーは右方から迫る槍を交わすように、苦しい息を吐いて鞍の左へ体を沈めた。
交錯――。
タンマーロの槍が馬のたてがみを散らし、アルヴァーの右腿を裂いて行き過ぎる。
右水平に突き出されたアルヴァーの手に剣は――ない。
身を起こして鞍上を振り返れば、それはタンマーロの右脇腹を深々と刺し貫いていた。
タンマーロは崩れ落ち、その姿を流れゆく兵士の波間へと消し去った。
「……やったぞヤコブ」
アルヴァーは手首に絡げた金鎖を解いた。
「済まんが友よ、これで勘弁してくれ。俺には遠い祖先よりも家族だ。――そら、返すぞっ」
天に輝く太陽目がけて、アルヴァーは黄金の錨を投げ上げた。
金色の光が八方に広がって、まるで昼間の花火の様に、敢え無く、儚く、弾けて消えた。
地図等
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