6話
繁華街とは言えない静かな通りに、情報屋の店舗はあった。
勇者は馬鹿にしたような目で自分を見てくる住人を威圧しながらここまでだどりついた。変わり果てた勇者の姿に恐怖している者もいる。
「クソ!いないぞ!もぬけの殻だ」
勇者チャンと大魔導士ソロはドアを蹴破って突入したが、そこには誰もおらず、そして何もなかった。ただの空き店舗になっていた。しかし、ゴミや埃が無く、最近まで人がいたことは明らかだった
「チャンこれを見ろ」
一番広い壁には一枚の小さな紙が貼りつけられていてそこにはこう書いてあった
<30億G払えば見逃してやる>
「ふざけるな!!」
激高した勇者チャンは怒りのあまり聖剣を引き抜いた
<特殊スキル 海裂斬Lv3 発動>
紙を建物ごと切り裂いた。海をも切り裂く彼の必殺技。数多の敵を打ち砕いてきたその技を、紙を切り裂く事に使うほどに彼の心はささくれ立っている
「落ち着けチャン、これで犯人はこいつで確定だ」
情報屋が今回の犯人だ。先ほどまではチャンの勘だけが根拠であり、半信半疑だったが確信が持てた。
と同時に勇者チャンに対して、ここまで堂々と敵対を表明する情報屋の度胸に驚いた。特殊スキルを所持したことで調子に乗っているんだろう
「一体何の騒ぎですか!?あ!私の家が!」
いかにも平民というような格好の中年の男が空き店舗に入ってきた。周りの誰かに聞いたのか、それとも音で気づいたのだろう。男は入ってきてすぐに、切り裂かれた建物と抜身の聖剣を持ったチャンを見て驚愕している
「アンタはこの家の持ち主か?」
「あ、あなたは勇者チャン様・・・」
ようやく気が付いたようだ。男が落ち着くのを待って話を聞く。
男はこの店舗の持ち主で、情報屋はこの男から店舗を借りていたが、ある時から物音が聞こえなくなり、心配になり、おととい中を覗いてみると、すっからかんの状態になっていて、それ以来誰もここには来ていないのだという
「けれど家賃は前払いで十分いただいてますので、特に問題は無いんです」
問題大有りだ。そんなこと家賃なんかの問題じゃない。
「情報屋の名は?」
「えーと確か名簿があったはずです」
「客の名くらい覚えていろ!」
「テンスターと書いています」
明らかに偽名。テンスター国の国名そのままだ
「そんなふざけた名、偽名に決まってるだろう。お前は客の素性すら確認していないのか!」
「申し訳ありません。特にそういった法律があるわけでもありませんし、一年分を前金でいただいてますので・・・・」
コイツにとっては金さえもらえればどうでもいいようだ。
「男の顔は?」
「えーと・・・・申し訳ありませんが思い出せません」
「は!?」
「自分でも不思議です。私は人の顔を覚えるのは仕事柄得意なほうなんですが、全く記憶にありません。少なくともひと月に一度は顔を合わせていたはずなんですが、なんだか夢を見た時のように、頭に靄がかかっているのです」
「なんだと!?チャンお前はどうなんだ?お前は実際にあってるんだろ」
「それが、悔しいが俺も思い出せないんだ。ずっと思い出そうとしても思い出せなくて不思議だったんだが、今店主の話を聞いてピンと来た。そいつは何らかのスキルかマジックアイテムを使って自分の顔を記憶させないようにしているのかもしれない」
「うーむ参ったな」
特殊スキルは多種多様だし、マジックアイテムも日々迷宮から新しいものが発見されている。そういったものがあっても不思議ではなかった
(随分と用心深い奴だ。これは厄介なやつを敵に回したな)
他にも色々と問いただしてみたがどうやらこの男は、情報屋に関して碌な情報を持っていなかった
「クソッたれ!!また振り出しだ!!」
「うーむ、いっそのこと金を払うというのはどうだ?国王に頼めばそれくらいは用意してくれるだろう」
特殊スキル所持者を相手に戦うのは手間だ。金で話が済むなら簡単なことだ、どうせ金を出すのは国だ。ここまで勇者に喧嘩を売っている以上、見つからないという相当な自信を感じた
「ふざけるな!!!こんなやつに金なんか一銭たりとも払うもんか!!コイツにくれてやるのは斬首!!それだけだ!!!!!」
勇者はもはやバーサーカーのようになり、家主も遠巻きにこちらを見ている人々も恐れおののいていた。
その無様な姿をみていると、突如として名案が浮かんだ
「フッ、それならこういうのはどうだ?金を払うと騙しておびき寄せ殺すってのは」
「それだ!!」
素晴らしいアイディアだ。
「あの紙になにやら書いてあったはずだ」
慌てて紙を拾い上げる。
切り捨てられた紙には「金を払う気があるならばヌケムヌ村の廃寺に夜12時に来い」と書いてあった
「ぶっ殺してやる!ふはーーーはっはっはははははっはーー!!!」
狂人のように笑う勇者チャンと大魔導士ソロは、ヌケムヌ村へと向かった。
家主はただ茫然と切り裂かれた家屋に立ち尽くしていた。