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39話

 



「なんだ、もう朝か……」


 ベッドから起き上がった緑田は、ぐっと大きく伸びをした。

 今日はいつもと違って、やけに頭がシャキッと冴え渡る目覚めだった。


 枕元に置いてあった懐中時計を手に取り、文字盤を確認すると、時刻は午前5時50分。


「ふふ……」


 緑田は心底満足そうに口元を緩めた。


 時計店で見つけて買い求めたこの懐中時計の値段は、20万ゴールド。転生してこの世界に来てから、間違いなく一番高額な買い物だった。


 購入を決断するまでは胃が痛むほど悩み抜いたが、手にしている今は深い満足感に包まれていた。これは断じて愚かな無駄遣いや散財などではない。自分の生活の質を上げるための、極めて有効な「投資」なのだ。


「散歩にでも出かけてみるか……。昔から早起きは三文の徳って言うしな」


 いつもなら目を覚ましても、しばらくは頭に霧がかかったようにぼーっとしているのが常だった。だが今日の体には、どこからかエネルギーが満ち溢れている。


「今日は最高の一日になる気がする」


 緑田は素早く身支度を済ませると、澄み切った朝日が照らし出す王都の街へと元気よく飛び出していった。





 ◇





苦悶の表情で緑田はうずくまっていた。


「おい、てめぇ! さっさと謝れよ!」


 ネズミ顔の男が、うずくまる緑田の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。


「んがっ!」


「なにが「んがっ!」だよ馬鹿!」


ネズミ男は笑った。


「ちょっと見ろよ」


「ん? どうしたんだよ、バッファ」


「よく見ろよこいつ。なんか、やばいもん持ってんぞ」


「あ! マジじゃん。コイツ、懐中時計なんか持ってるよ。しかも、どう見ても上等な代物じゃねぇか」


「いいねぇ、いいじゃん。俺たちへの迷惑料として、ありがたく貰っとこうぜ」


「だな……」


「や、やめろ……!」


「あ? なんだこいつ、まだ口利けやがるのかよ。もう二三発ぶん殴っておくか!」


 下劣な笑い声をあげる男たちを前に、緑田は地面這いつくばって呻き声を漏らすことしかできない。絶望に染まる視界の中、ふと、緑田の右手に一匹の黄色い蝶がひらりと舞い降りて止まった。


「アーサーさーーーーーーーーーん!!」


 喧騒の向こうから響いてきたのは、ここ最近ずっと行動を共にしてきた少年——ユウタの声だった。


(ユウタ……!)


 そこからの展開は、まるで嵐のようだった。


 全速力で駆けつけてきたユウタが構えたのは一本の木刀。有無を言わせぬ凄まじい連撃で男たちを次々と叩きのめし、形勢逆転を見たチンピラどもは這う這うの体で逃げ出していった。


 静まり返っていた周囲の路地裏には、少年の圧倒的な勇気と手際の良さに感嘆した野次馬たちの歓声が湧き上がっていた。


「アーサーさん、怪我はありませんか?」


「あ、ああ……」


「危ないじゃないですか。いくら王都だっていっても、こんな早朝に一人でふらふら歩き回っちゃ駄目ですよ!」


 ユウタと一緒に宿へ帰る。


「そうだな……ユウタの言う通りだ……」


「やっぱり、アーサーさんは護衛として誰か武闘派の奴隷でも買った方がいいですよ。明日はオークションの売却金が入ってくる日なんだし、それで買っちゃいましょうよ! 僕も一緒に選ぶのを手伝いますから!」


「そうだな………」


 顔を見られないように少しだけユウタの前を歩きながら、どうしようもない悔しさと情けなさに、思わず涙をこぼしていた。










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