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15話 ~蛙の歌~




何度、神を恨んだかわからない。


この異世界に生まれ落ちて十年目、俺――かつて南野みなみの 緑田りょくただった男は、実の両親を流行り病で失った。そして、身寄りのなくなった俺を引き取ったのは、遠い親戚の家だった。


父のマイク。

母のエマ。

息子のジェームズ。


全員、全員大嫌いだ。


初めて出会った日、マイクは挨拶をした俺の顔面を容赦なく殴り飛ばした。その理由は「返事が小さい」という一言。後から考えれば、やつの思考は実に明白だった。この家で誰が『ボス』であるのかを、十歳の子供の身体に叩き込みたかったのだ。


マイクは街の兵士の仕事をしている。ガッチリとした巨躯で、幼い俺から見ればまるで熊のような威圧感を持つ男だった。


母のエマ。こいつは俺を苦しめることしか考えていないような女だ。朝から晩までありとあらゆる雑用を押し付け、その全てに嫌味を言い、豚の残飯のようなまともでない飯しか与えない。


息子のジェームズ。こいつはマイクとエマの遺伝子を見事に受け継いだ、陰険で暴力的な奴だ。常に持ち歩いている先端の尖った杖で、すれ違いざまに俺の脇腹や足先を突く機会をいつでも狙っていた。


そんな家で暮らした結果、鏡に映る俺の姿は自分でも引くほどにガリガリに痩せ細っていた。あばら骨は不気味に浮き上がり、皮膚は乾いてボロボロだ。そのくせ身長だけが無駄に伸びてしまい、自分で見ても気味が悪いほどアンバランスな身体をしていた。


それでも、俺は耐えていた。耐えるしかなかったのだ。


前世の記憶を持つ転生者とは名ばかりで、俺の運動能力は呆れるほど低かった。水桶を運ぶ時すらその重さに苦戦してひっくり返し、その度にマイクの拳が飛んできた。こんな貧弱な体では、仮にこの地獄のような家を逃げ出したところで、外の野山に魔物が蔓延るこの世界を生き抜いていけるとは到底思えなかった。


(死にたい……)


暗い納屋で何度呟いたか分からない。だが、本当に死ぬ勇気すら俺には持てなかった。


それでも、一つだけ希望があった。


「十二歳になれば、教会で神からスキルを授かることができる」


この世界では広くそう言われていた。だから俺は、その日だけを心の支えにして必死に耐え続けた。


そしてついにやって来た、十二歳の『鑑定の儀』。街の教会で執り行われる神聖な儀式の中、祈りを捧げた俺に与えられたのは――『開示』というスキルだった。


落胆した。いや、絶望した。


俺はマイクを、エマを、ジェームズを叩きのめせるような戦闘系のスキルがもらえるものだとばかり思っていた。しかし、実際に手に入った『開示』は、「人や物の情報を知ることができる」というだけの能力だった。


目の前の石コロを視界に収めてスキルを発動しても、表示されるのは「石」という文字だけ。


石が石であることを知って、一体何の役に立つというのか。


だが、俺は絶望に浸り続けることすら許されなかった。俺が戦闘系スキルを授からなかったことを知ったマイクたちは、タガが外れたように俺への当たりを強くした。「穀つぶし」「不発弾」と罵られ、暴力と労働の過酷さは増す一方だった。


俺は毎日毎日、死に物狂いで『開示』を使い続けた。


水桶にも、カビの生えたパンにも、ボロきれにも、通り過ぎる通行人にも。使い続ければいつかは熟練度が上がり、より良いスキルに生まれ変わるのではないか。ただそれだけを無謀な希望として縋り付いていたのだ。


歓喜は、突然訪れた。


大粒の冷たい雨が降る、ある夜のことだった。濡れた納屋の隅に蹲っていた俺は、雨宿りをしていた一匹のカエルに向かって、いつものように半ばやけくそで『開示』を唱えた。


その瞬間――脳裏を、体が痺れるような未知の感覚が突き抜けた。


気が付けば、カエルの横にこれまでとは比べ物にならないほど詳細な情報が浮き上がっていたのだ。


【名称:アオバガエル】

【特徴:指の吸盤を使って、木から木へ自由に飛び移ることができる】


スキル『開示』は『開示(青)』へと変わった。


俺は笑った。


両親が病で死んで以来、初めて声を出して笑った。相変わらず直接戦闘に使えるようなスキルではない。けれど、使い込むことでスキルの精度が上がっていくという、僅かな、本当に僅かな可能性が証明されたのだ。


「……ハハッ、見える……見えやすくなってる……!」


雨音に紛れて静かに歓喜に震える俺。しかし、神は俺に祝福だけを与えはしなかった。


俺の人生観を、そしてこの世界での在り方を根底から一変させる出来事が起こったのは、まさにこの後のことだった。





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