表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

きくこと挨拶

 今日は、朝から雨だった。霧のような雨に傘は役に立たない。風が吹き上げてスカートの中にまでその雨が入り込んでくるから最悪だ。空模様がそのまま心に映り込んでしまったかのようで、私は今日一日ずっと、溜息をついていたような気がする。

 帰る時間になり、ようやく空が少し晴れ始めた。その明るさの中で、それでも降る雨は雲間の奥から時々差す陽射しに洗われ、光って見える。きれいだな、と思った。

 帰り道がひとりになった時は、ほんの少し、遠回りをすると決めている。陸橋の先にある長い坂道を迂回して線路沿いの道を歩き、途中にある脇道に入る頃には、雨は止んでいた。

 緩やかな登りの坂道を、少し湿った風に背中を押されながら歩く。普段とは違う風景の中を歩くのは、楽しい。道の脇に群れ咲く小さな花の名前はなんだろう、と考える。きっと、おばあちゃんたちなら知っているだろうから、今度聞いてみてもいいな。

 水溜りを避けながら、坂道を右に左にとジグザグに歩いたところで、遠回りをする一番の理由が目に入ってきた。

 この坂道を上がった先に、少し大きな家がある。庭と道を隔てる柵のそばに、いつも大きな犬が寝転がっていて、私が近づくと顔を上げて、わふ、と短く何かを言ってくる。初めて言われた時はびっくりしたけど、以来、時々こうやって顔を見に来ては、その「わふ」に、「こんにちはー」と返すようになった。

 今日、大きな犬の姿がなかった。かわりに、小さな花が束ねて置いてあった。立ち止まって花をじっと見た後、何があったのかを理解した。

 動き回っているところはあまり見たことがない。物静かで、ファンタジー小説に出てくる賢者のような、そういう犬だった。名前も知らない。ただ、挨拶を時々するだけの間柄だ。

 最後に挨拶したのはいつだったろう。その時の「わふ」はどんな「わふ」だったろう。記憶の中に溶け込んでしまっているその風景を、思い出すことができない。

 当たり前の日常が、こうやって静かに消えていく。


掲載日:2015年 11月23日 18時32分

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ