詩人のきくこ
理科室の鍵は、私が開けることになっている。科学部という部活に入っているからだけど、別に嫌ではないから、理科室に移動しなければならない時は早めに準備をして、職員室に行くことにしている。
「あ、きくちゃん、一緒に行こう」
教科書とノートを用意して立ち上がった私に、後ろの席の斎藤さんが声をかけてきた。
「うん、いいよー。行こう」
斎藤さんと並んで、私は教室を出た。廊下は賑やかで、男子も女子も違うクラス同士の仲の良い人たちがそれぞれ、幾つも集まって何かを話している。みんな楽しそうで、そして少しうるさい。廊下に寝転がって、プロレスの技のかけあいをしている男子たちを見ると、あー、子供だ、と思ってしまう。
「きくちゃん、職員室だよね?」
「うん。鍵を借りてこないと」
斎藤さんは下の名前が夏子だから、仲の良い人たちの間では「なっちゃん」と呼ばれている。私はいつのまにかクラスの女の子たち全員から「きくちゃん」と呼ばれてるけど、真向かいに住んでいるご近所同士のふーちゃん以外、二年になってからまだあだ名で呼べる相手はいない。
「科学部、楽しい?」
「うーん。楽しいというか。先輩たちが優しい」
「えー、いいな。バスケ部の先輩はちょっと怖いよ」
「そうなの?」
「うん。一年の子たちには優しいんだけど、二年の私たちには厳しい」
「へー。そういうものなんだ。あ、じゃあ、二年生が一年生には厳しくするってこと?」
「あ、そうだね。それはあると思う」
「斎藤さんは厳しい先輩なの?」
「私? やって欲しいことをやってなかった時は、怒るというか、ちゃんとしてって言うかな。きくちゃんは? 一年生たちにはどうしてる?」
「え。女の子の一年生は、今年はひとりだから、部活に来たらとりあえず、こっちにおいでって言うぐらい」
「科学部って、文化祭の時以外、何してるの?」
「夏休みに合宿があるよ。去年も行った」
「えー、楽しそう。どこ行くの?」
「田江島」
「何するの?」
「海岸で生物採集したりとか、あと、カッター訓練というのもやったよ」
「何それ」
「手漕ぎのボートにみんなで乗って、言われた通りに漕いだりとかそういうの」
「科学関係なくない?」
「私もそう思う」
話すことは尽きない。互いの部活のことを話しながら、いつのまにか廊下の賑やかさに私たちも加わっていた。陽射しが窓から差してくる。廊下は、その明るさで白く光って見えた。
「眩しいね」
不意に、突風が吹いた。跳ねるスカートを手で押さえて風がやってきた方を探すと、少し離れたところの窓が開いている。誘われるようにして空を見上げると、雲がない。
「空が青く光ってるみたい」
私がそんなことを立ち止まって言ったら、斎藤さんが笑った。
「きくちゃん、詩人だね」
なんだか急に身体が熱くなってきた。ノートで顔を扇ぎながら、
「今日は暑くない?」
そんなことを思わず口にしていた。斎藤さんは笑っている。
掲載日;2014年 09月27日 12時48分