あのな、追放する側にも事情ってもんがな
俺は部屋に戻ると頭を抱えた。
質素な机に羊皮紙がペロンと一枚。
そこには俺の性格通りの緻密な数字が記録されている。
「ダメだ。何度見ても赤字だ」
透かしてみても丸めてみても数字は変わらない。いっそ燃やしてやろうか。ギルドの借金も燃えてなくなればいいが、火の車に羊皮紙代が一枚加算されるだけだろう。
うあぁと天を仰ぐ。もちろん天など見えず、蜘蛛の巣が張った天井が見えるだけだ。
「ギルマスいいですか?」
控えめなノックとギルドメンバーであるシュスの声が部屋に響く。
「ああ、どうした?」
慌てて羊皮紙をしまい込む。今回の討伐も赤字になったと知れたら大変だ。
「少し相談が」
シュスは扉を開くと部屋を見回す。俺の他に誰かいないか慎重に注意しているようだ。
「俺だけだぞ。ギルドメンバーに聞かれたらまずい話でも?」
「というか……アリスンのことなんですけれど」
「ああ……そのことな」
言いにくそうにアリスンの名前を口に出す。言いたいことはわかる。
「そろそろアリスンのこと……見極めてもいい頃じゃないかなぁって」
「みんな言ってるんだな?」
シュスは気まずそうに首を縦に振った。みんなを代表してシュスが言いに来たのだろう。回復役として人望もあるシュスのことだ、断るに断れきれなかったに違いない。
いつか、遠からずこうなることは分かっていた。分かっていながら放置した責任はギルドマスターの俺にある。
言いにくいことをシュスに言わせて申し訳なく思う。
ギルドの運営には金がかかる。
もちろんソロよりも効率的に稼げるが、一人分の分け前が少ない。
他では知らないが、俺の運営するギルドは報奨金から参加メンバー全員分の必要経費を差っ引き、残りを均等に分配している。
この必要経費がバカにならない。
例えばアーチャーの鏃代、ヒーラーの聖水と触媒と協会への寄付、前衛の武具の保守、これだけでも報奨金の三割は飛んで行く。
ここに加えてアリスンだ。
彼女は魔術師だ。
特殊な魔法触媒と魔力を混ぜ合わせ、物理現象に介入する。その力はギルドの大きな力になるのだが、いかんせん彼女は臆病だった。
無駄に大きな魔法を連発することも珍しくはない。
半狂乱となって前衛を巻き込んで火焔を炸裂させたこともある。
そして問題は魔法触媒の金額だ。威力のある魔法を使うにはレアメタルの触媒が必要になる。それが途方もなく高価なのだ。
効果も絶大だが、高価だ。クッソ。キレがない。
つまり無駄な戦力が必要経費を大幅に押し上げているのだ。無駄が必要を駆逐しているのだ。ダメだ。借金が気になってキレがない。
「……分かった。これは俺の決断だ。みんなが責任を負うことはないと伝えておいてくれ」
そして俺はついにアリスンを追放することを決めた。
組織を守るためだ。仕方ない。
◆
そうは言っても話し合いの余地はある。
俺は近くの酒屋にアリスンを呼び出した。
「とぅいーすっ!」
「まあ、とりあえずかけろ」
いつもの軽い調子にイラつく。
まだ少女と呼ぶにふさわしいアリスンだ。俺の今の雰囲気を読むなんて無理そうだ。
どうみてもいい話じゃないことはわかりそうなものだが。
「奢りっすよね!?」
早くもヨダレを垂らしている。
若干15にして天才と呼ばれる魔術師だとは思えない。いや、若すぎる才能の開花だからこそ、こうなのかもしれない。
俺は頭を抱えながら、もう片方の手のひらをヒラヒラとさせた。最後くらい大目に見てやろう。
さすがに食前にする話でもないので、あらかた食い終えてから俺は唐突に突きつけた。
「ユーアーファイアー」
「ハヒ?」
「あ、すまん。今のは故郷の言葉でな、つまり」
俺は言葉をいったん切り、指についた脂をねぶるアリスンを指差した。
「お前、クビだ」
「へ?」
「へ? じゃない。もう明日から来なくていいから。そういうことで」
俺はアリスンがポカンとしているうちに席を立って去ろうとする。面倒になったら嫌だからな。
「ちょっ! ちょっまてよーッ!」
どこかで聞いた気がするフレーズを叫ぶと、アリスンは俺の足にしがみつく。
まるで猫みたいだ。
「なんでなんでぇッ! ウチめっちゃ活躍してたやん? モンスターもフルボッコにしてたやん? なのにどないしてクビいうんや!?」
涙目だ。しかしこれは悔し涙だろう。
「あのな……」
俺はため息まじりにポケットをまさぐる。取り出したるは真っ赤っかの羊皮紙だ。
「お前がモンスターを倒してたのは確かだがな、見てみ」
俺の手垢まみれの羊皮紙をアリスンの眼前に突きつける。
ちなみにどれだけ見ても数字は少なくならなかった。それどころか計算ミスで若干赤字が増えた。
「お前が恐怖に駆られてな、バカスカ魔法を連打するから大赤字なの! お前だけで経費の6割食ってんだぞ。俺らのギルドにゃお前は養いきれねぇの! もっとデカイギルドに頼むから行ってくれ!」
「あ、それ無理っす」
「無理っすじゃねぇよ……」
俺はひたいに手をやり、しぶしぶ妥協案を出してみることにした。
「もしお前が俺と契約するならクビは無しにしてやる」
「契約……ギルマスの特殊スキル『契約』……」
「そうだ」
口頭で契約を結び、本人に俺の体に署名刻印させることによって発動する特殊スキル。ほとんど戦闘では役にも立たないスキルだ。
「お前が俺の指示通りの魔法使用をする契約を結ぶなら、今まで通りだ」
「ちなみにお伺いしますがぁ……どないな契約なん?」
「魔法レベルの制御と回数の制御」
「あ、無理っす」
にへらと笑う。
うむ。だいたい予想通りのリアクションだ。
「ならクビだ。これは退職金だと思って受け取れ」
皮袋に入れた硬貨を、俺の足にしがみつくアリスンの頭にジャリっとのせる。どうせなら顔面に全力投球してやろうと思ったが踏みとどまった。ありがたいと思え。
「それだけあればしばらくは生活できるだろ?」
まあ無理だろうけれど。こいつの散財癖は知っている。
目の前の金に「あぁ〜」と恍惚の表情を浮かべるアリスンから、俺はそそくさと逃げるように退散した。
◆
結局すったもんだの漫才を経過して、どうにかアリスンはしぶしぶギルドを離れた。最後によくわからない含み笑いをしていたのが気になるところではあるが……。
それからしばらくして噂が風にのってやってくる。
別に聞きたくもないがその後のアリスンの話だった。
どうやら彼女は成功したようだ。大きくはないが最近頭角を現し始めたギルドのメンバーとして名を馳せ始めている。
曰く稀代の美少女魔術師
曰く猛るチワワ
変わってねぇのな、と俺は思った。それだけ。
特に惜しい人材とは思わなかった。
あれから俺たちも少しづつ力をつけ始め、世界各地に存在する地下の遺跡のひとつを攻略することに成功した。まあ評価レベル最低の糞遺跡だったわけだが。
だからアリスンが暴風のように遺跡を攻略しまくっていると聞いても、「あ、そ。ふーん」てなもんだ。
「そ、そないな態度とってもな、ウチのこと惜しいと思ってるんは分かってるんやで!」
「いや、そうでもない」
俺はペンを止めて歓迎していない客に向き合う。チラチラと上目遣いでアリスンが胸を張っている。やたらデカイバックパックを背負っているのが良くない予感を抱かせた。
苦笑いしかでねぇ。
今の俺は突然の訪問者に時間をくれてやるほどの暇はない。
つーか、なんでここにいんだよ。
せっかくギルドの拠点も変えたのに。
「も、もう一度仲間になってやってもええんやけど?」
唇を尖らし、指をモジモジとさせながら言う。
ははぁん。なんとなく想像がつく。
「お前、またクビになったんだろ」
いくら強かろうが天才だろうが、費用対効果が薄ければ排除される。その辺りがこの稼業の難しいところだ。燃費が悪ければ対価のデカイ仕事を受けざるを得ない。
そうするとギルドメンバーの死亡率も上がるというものだ。
「う……うん」
「やけにしおらしいじゃないか」
「つ、つーかな! 有名になればそっちから頭下げてくる思うてたんやけど、そこんとこどないなっとんねん!?」
「はぁ?」
思わずポカンとしてしまった。
「絶対くる思うてたのに!」
まるで猫だ。シカトしたらついてくる猫だ。
まぁ猫は嫌いではないのだが……。
俺は顔を真っ赤にして地団駄を踏むアリスンを見ると、思わず情けなくてため息が漏れた。
「ふっ……あはっ」そしてそれは笑いになった。
「なに笑うとん!」
「あーーウケる。いいよ、前に提案した契約なら再雇用してやる。どうだ?」
こんなやつ野放しにしていたら世間様に迷惑もかかると言うもの。猫は猫らしく飼い殺すとしよう。
「わ、わかった。それでええから、はよスキル発動せぇや」
俺はひとしきり笑うと、黒インクだけの羊皮紙をしまいこみ、腕を差し出した。
「さ、ここにお前の名を刻め」
とあるギルドが少数精鋭で遺跡を踏破し始めるのは、これからしばらく先の話。
「ちなみにな、契約を破ったらどうなるん?」
「胃袋で針千本が炸裂するぞ」
「ヒエッ……」