1-3
ルナ・ルバーザ城下街。
ここは至って普通の街だった。
無数の民が、兵士が、商人が狭い道を行き交い、金を使って経済を回している。
金が無ければ、当然何も与えられない。
それは至って普通のことだった。
そしてあの少年も、与えられない者のうちの一人だった。
ぼくたちが見つけた時、
その少年は路地裏のゴミ箱のそばで、ぼろぼろの毛布を羽織って寝ていた。
クロが自分のパーカーを羽織らせてあげようと脱ぎ出すのを止めて、
ぼくはその少年の食べるものを買ってくることにした。
そして、その少年が目覚める頃には、夕暮れ時となっていた。
「……っ!?ケーキ屋にいたねーちゃんとにーちゃん!?」
「いや、ぼくは……」
ぼくたちに大して身構える少年に、クロは躊躇せずに近づく。
「ねぇ、きみ。おなかすいてない?」
突然近づいてくる真っ黒パーカーに少年は後ずさる。
少年は一瞬瞳を泳がせた後、
「……すいた」
と、頬を少し赤らめて素直に答えてくれた。
ぼくは先ほど購入してきたばかりの「オークの焼肉弁当」を差し出した。
牛肉や豚肉がこの世界には無いのだが、
牛肉はミノタウロスの肉・豚肉はオークの肉ぐらいの認識で問題は無いようだった。
少年は差し出された弁当を見た瞬間、蓋をぱかりと開け、
その弁当に顔を突っ込んで、犬のようにがつがつと貪り始めた。
クロは尋ねる。
「一応箸があるんだけど……」
少年は答える。
「……使い方、忘れた」
そこで会話は途切れた。
クロはほんの少し、涙目になっていた。
クロは同情はできないが理解はできる子だ。
箸の使い方を忘れてしまうほどに長い飢餓の生活を過ごしてきたのだ、と。
そう思っているのだろう。
やがて弁当を食べ終えた少年は、ほんの少し沈黙をしてから、口を開いた。
「……ありがとう。俺、親が居なくなってから、
この街で優しくされたこと、なかったからさ。その……嬉しい」
照れながらもそう答えてくれた少年に、クロはわなわなと震えて。
「~~っ……大変だったんだねぇっ、きみっ……!!
わたしがたっくさんやさしくするからねっ!!」
そのまま少年を抱きしめ、わしゃわしゃわしゃと髪を撫でてあげている。
「うわっ!?やめろよ、俺汚いだろっ!?風呂にも入れてないんだし……!!
」
そう言われると確かに、少年の服が汚いのはもちろん、
肌もだいぶ黒ずんで汚れてしまっている。
とはいえ、抱きしめたクロの服も
光を吸い込むようなくらいに真っ黒なので汚れは目立っていないのだが。
「ねぇ、ミソラ。この子をお風呂に入れてあげるってできないかな?」
クロはぼくの方を見て、そう訴える。
「あぁ、今日は宿を取ってあるから大丈夫だよ。
なんなら、そこで彼を泊めてあげてもいいかな」
ぼくたちの会話に、少年は一瞬嬉しそうにするが、
またすぐに表情に雲がかかってしまう。
「い、いいのかよ、ねーちゃん達。俺、嫌われ者だぜ……?」
少年は、クロの腕の中で縮こまった。
クロはその少年をまた強く抱きしめる。
なんとなく、だが。
ぼくは彼が嫌われ者になるような人間だとは思わなかった。
「少なくともぼくは、君のことを嫌っていないよ。
そして多分、そこのお姉ちゃんもね」
当然だと主張するように、クロは何度も頷いた。
彼は「嫌われ者にならなければならない状況」だったのだろう。
行為そのものは悪と言われても否定できるものではないが、
彼は生き続けるために悪になった。
そこにどんな事情があるのかは分からない。
分からないし、ぼく達がその事情を理解する必要も、
もしかしたら助ける必要さえも無いのかもしれない。
だが。
「そろそろ日も落ちてきたし、宿に向かおう。
君……聞いてなかったけど、名前は?」
「俺は……俺の名前は、ルドだ。ルド=ノルナンディウ。
ルドって呼んでくれて構わない」
「分かった、ルド君。ぼくはミソラだ。そこの女の子はクロ。
良かったらそこまで生活が苦しい理由を教えてくれないかな」
ここでこの子を見捨てるほどクロは薄情ではないのだ。
クロが見捨てない子を、ぼくが見捨てるわけにはいかないな。