1-1 災厄
「ミチルー!こっちこっち!はやくはやく!」
城下町の前の跳ね橋の上で、
ポーチを腰にかけた真っ黒なパーカー娘がぼくに呼びかけた。
ぼくは頷いて、草むらを走っていく。
星空満天、15歳。
つい最近、この「秘宝の世界」と呼ばれる異世界へと降り立った者だ。
……と、いっても。
チート能力とかを貰って無双したいというわけではなかったので、
この世界の一般的な魔法の力を得て平凡に暮らす予定だったのだ。
その予定もこの少女に会うまでは、だったが。
ぼくの十倍ほどはあるだろう城壁の間でぼくは立ち止まり、
少し前のことを思いだす。
「ねーミチル、考え事?顔が怖いよ?あ、それはいつものことだったー!
ほらーえがおえがお!ぷにーん、ぷにーん」
ぼくのほっぺを引っ張ってくる、情緒不安定をそのまま人間にしたような子。
この少女の秘宝としての名を、「パンドラの匣」という。
名前を聞いただけでも嫌な予感がする人が多いかもしれないが、
その秘宝はこの世界のありとあらゆる災厄が詰まったものの事らしかった。
そもそもなんで「ボックス」なのに人の姿なのかというと、
それはこの世界の仕組みによるものだ。
この世界は現実の世界や架空の世界に存在する、希少かつ特異的なもの。
通称「秘宝」と呼ばれるものが少女の姿を取って、
人のように話したりすることができるらしいのだ。
ちなみに今のところ、
ぼくはこの少女以外の秘宝に会ったことがない。
全ての秘宝がこんな情緒不安定な感じなのかということを思うと、
いろいろと心が苦しくなってくる。
「ねーえー、かまってよー。かまってー?」
少女は頬を膨らませ、
大きな瞳をうるわせてぼくの服の袖をぐいぐいと引っ張ってきた。
一旦考え事をやめる。
そろそろ構ってあげないと数日は拗ねてしまうことをついこの前知ったので、
しっかり構ってあげることにしよう。
「うん、どうしたの?パンドラボックス」
「その名前でよばないでって言ったでしょー?■、ってよんでほしいな?
それでー……いつもみたいになでてほしいの。
ミチルの手、あったかくてきもちいいし!」
「分かったよ、クロ」
ぼくは名前を呼び直しながら、その少女の柔らかい黒髪を撫でてあげた。
うみゅぅ、と嬉しいのかどうか良くわからない声をあげて、
クロは大人しく撫でられている。
初対面が衝撃的だっただけに、ここまで懐かれるとは思ってもいなかったが。
「……そういえば、クロに案内されてここに来たけど、どういう場所なんだい?」
ぼくがそう尋ねると、クロはにぱっ、と笑顔を向けて答えてくれる。
「わかんない!人の気配がしたから来ちゃった!」
人の気配がしたから。
それを察知できる能力があるということにまず驚きではあるが、
クロはついこの前まで封印されていたので世間にそこまで詳しくはないらしい。
「……そっか。じゃあ誰かに聞いてみるしかないか……」
ぼくがそう呟いて手を離すと、
クロはぼくの手をぎゅっと握って、また笑顔を向ける。
「てーつないでいこ!跳ね橋も、みんなでわたれば、こわくなーい!」
無垢な笑顔をぼくに向けてくるクロ。
……いつも、このような感じならいいのだが。
人が少し多すぎるだけで、
引き金は簡単に引かれてしまうというのだから恐ろしい話だ。