24日目
24日目?
お風呂場の声は、昨日も私に話しかけてきた。
「もうすぐ、もうすぐ助けるから……!」
二度目に聞いた時はすぐ分かった。この声を初めて聞いてから10年、ほとんど毎日聞き続けてきたというのに一発で思い出せなかったのは悔しい。
頭や身体を洗ってくれている時は無言だった。しかし彼女は最後、耳元でこう囁いた。
「明日か明後日の夜、奴が外出するはずだ。その間にここを脱出する」
彼女は本当に私を助け出したいと思ってくれているのだろう。どういう経緯で監禁犯の部屋に入り込み、私のお風呂係になっているのかは分からない。ただ、彼女は私をここから救い出すために来てくれたのだと確信していた。
しかしここを脱出して、私はどこへ行くのだろう。
父と義兄はもう何年も前から行方不明になっているし、他に頼れる親戚もいない。
あの女の住む家へ戻るしかないのだろうか。また、あの女の顔色を窺いながら息を吸う生活が始まるのだろうか。それでは、結局閉じ込められているのと変わらない。むしろ最悪だ。
「いや……」
ふと口端から漏れた否定の言葉に、目の前のウサギが顔を上げた。
『どうしましたか?』
ベッド横にただ座っているように見えるが、先程からキーを打つ音がずっと響いている。
「ウサギさんは、今仕事をしてるの?」
『……はい。何か用ですか?』
「ううん。ウサギさんは……」
私がここを出ていったら、寂しい?
「……何でもない」
ウサギはいつもすぐに帰ってきて、私と一緒に過ごしてくれる。毎食手作りのご飯を与えてくれる。最近は勉強をみてくれて、会話も続くようになった。
ただ、私はこの部屋から出ることができない。まるで温室の中で飼育されているようだ。
どうせ友達は少ないし、私を心配するような家族もいない。実父と義兄はずっと小さな頃に家を出ていった。残るはあの正気なのかわからない義母だ。私が例えいなくなったところで、あの女が捜索願を出すこともないだろう。
例の彼女以外、頼れる人はいない。それでも本当にこのままで良いのだろうか?
そうだ、ウサギはどう思っているのだろう。
私の世話を甲斐甲斐しく焼いて、何か見返りを求めてくる訳でもない。なぜウサギは私をここに置いておくのだろう。
「ねぇ、最近はどう?」
『どう、とは?』
以前、ウサギがすすり泣いていたことを思い出した。
「辛いこと、ない?」
私がいなくなった後。もしまた何か辛いことや悲しいことが起こったら、誰がウサギを抱いてあげるのだろう。
『……有朱がいます』
「…………え?」
聞き間違いかと思った。心臓が大きく脈打つ。
「何を言って……」
『有朱がいるから、大丈夫です』
初めて、ウサギの本当の言葉を聞いた気がした。
赤い瞳の奥の、彼、彼女の目が私を真っ直ぐに見つめてくる。
「どうして……」
状況は異常だが、彼、彼女は私を求めてくれている。
ここを離れたくない。いや、私にも彼、彼女が必要なのかもしれない。




