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ウサギ部屋   作者: 水経
4/19

14日目〜15日目

14日目?


 この日、初めて服と食事以外のものが与えられた。

『一人のあいだ暇でしょう。これを使ってください』

 何を今更と思いつつも、暇だったのは事実だ。

 ウサギが与えてくれたものは、HB鉛筆とクレヨン、それからスケッチブックとノートを一冊ずつ。3歳児へのプレゼントみたいだが、素直に嬉しかった。文章を書いたり絵を描いたりすることは好きだった。

 受け取った後、ウサギの赤い目をもう一度見上げた。

『書いたものは勝手に見ませんから』

 それならば、このノートに毎日のことを書き記そう。これまでのことも書いておこう。きっとウサギは約束を守ってくれるはずだ。

「ありがとう」

 新品のノートを抱きしめてから机に並べ始めると、ウサギからの強い視線を感じた。そこで我に返って訊ねる。

「……どうしたの?」

『ここに来て初めて、笑顔を見せてくれましたね』

「え?」

 言われて気がついた。私は笑っていたのか……。

 笑うことは人間の自然な行為のはずだ。嬉しいことがあれば笑う。幸せならば笑う。ただ、この状況下ではそれが異常なのだ。

 私は今、嬉しいと思ってしまった。ウサギからのプレゼントに。この得体の知れない彼、彼女からの施しに。自然と口角が上がっていたことに改めてゾッとする。

 この部屋では、外で正常なことが異常で異常なことが正常で……。




15日目?


 ウサギが帰ってこない。

 いつもは夕方までに帰ってくるのだが、既に部屋の中は薄暗くなり始めていた。

 ついに捕まってしまったのだろうか。そもそも捜索願いなんてものは出ていないだろうが。

 冗談はさておき、そろそろトイレに行きたい。それに卑しくも腹が鳴き続けている。

 試しにドアノブを回してみたが、ドアは施錠されていた。さすが抜かりない。

「ウサギさん……どうしたんだろ」

 被害者の台詞ではないのかもしれないが、ウサギが帰ってこないと実際問題私は何もできない。

 ドアを諦め、窓のカーテンを開けた。隣のビルの茶色い壁とその隙間から覗く紺碧の空が見えるだけで、ここがどこなのかは全く分からない。小さなベランダへと続くその窓は開かないようになっている。

 今更だが、本当に私はウサギに監禁されているのだと再認識した。どこからともなく震えがやって来る。得体の知れない彼、彼女の優しさが、時折見せる裏の顔が、とてつもなく恐ろしい。その反面彼、彼女を受け入れ必要とし始めている自分の方がもっと恐ろしい。両腕で身体をぎゅっと抱き締め、毎日取り替えてくれるベッドシーツの上に腰を下ろした。

その時、ドアの向こうから声が聞こえてきた。

 帰ってきたようだ。

 飛び跳ねる心臓をなんとか抑え込み、ドアに耳をそっとつける。

「……き、あ……から……な…………」

 途切れ途切れだが、それは誰かとの会話のようだった。ウサギが誰かと話しているのは初めて聞いた。

 初めて、ウサギの人間関係を想像した。いつもすぐ帰ってくるが、友だちはいるのだろうか。一緒に話しているのは友達? 恋人? それとも……。

 疑問の種は自然と頭の中で膨らんでいった。やがて容量いっぱいになりそうになったところで、床が軋む音がする。

『有朱』

 ウサギはいつもの顔でやってきた。長い耳をドアの縁に引っ掛けながら。

「今日、遅かったね」

 今起きたかのように装って、欠伸をしながら目を擦ってみた。聞きたいことは沢山あるが、また逆上されたら恐い。とりあえず何も聞かなかったことにしよう。

 質問欲に耐えていると、ウサギの手がそっと肩に触れた。どうやら落ちたワンピースの肩紐を直してくれたらしい。

「ありがと……」

 本当に器用だ。

『どういたしまして』

 奇妙なやり取りを終えると、ウサギの白い手が膝裏と肩に回った。ああ、お風呂に行くのか。

『先にお風呂に入りましょう』

 もうこれにも慣れた。最初のお風呂から変わらず目隠しはされているが、それにも慣れつつあった。どうやらこの慣れは私を洗う方にも訪れたようで、身体を擦るタオルの力加減が丁度良くなってきている。まるで自分で洗っているかのような感覚だ。

 身体が一通り終わると、今度は頭だ。シャンプーを三プッシュする音がして、繊細な手が髪を優しく揉んでくれる。いつの間にか腰の下まで伸びてしまったから、洗う方は大変だろう。そして一度流してリンスをつけて、最後目隠しを一時的に取って顔まで流し、タオルを顔にかけられて終わり。

 今回もそうして終わるはずだと思っていたが、シャワーの轟音はいつまで経っても途切れなかった。

「有朱……黙って聞いてくれ」

 シャワーに紛れる囁き声に、息が止まりそうになった。

「必ず助けるから、だからもう少しだけ待ってて欲しい……」

 シャワーのバルブが閉まるのと同時に声は止んだ。低音が心地よい、落ち着きのある声だった。

 知っている。この声の主を、私は確かに。

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