30日目
30日目?
珍しく、父親の夢を見た。
父親とはもう10年以上離れて暮らしている。どんな顔だったか、どんな声だったかはあまり覚えていない。それでも、この世のどこかには生きているのだろう。
夢の中の父親は、公園で私と遊んでくれていた。彩人も一緒にはいたが、ブランコに座ったまま砂場で遊ぶ私たちをじっと見ていた。顔のよくわからない父親と一生懸命砂の城を作る私を、幼い彩人はただ眺めている。
なぜかどうしてもこの夢のことが話したくなって、隣の部屋のドアを叩いた。
「彩人、まだ起きてる? 話したいことがあって……」
しばらく返事がなかった。
確かにここで寝ているはずなのだが。
「寝ちゃった、かな」
諦めて去ろうとすると、ほんの少し部屋のドアが開いた。部屋は真っ暗だ。
「あや、と……?」
「いいよ、入って」
一瞬違う人かと思ってしまった。眼帯を外していたせいだろうか。私とは似ていない整った顔立ちに心臓が跳ねた。
「今明かりつけるから」
「……右目、明るくても平気なの?」
一瞬間が開き、
「うーん、少し痛むかな」
「暗いままでも大丈夫、少し話がしたいだけなの」
中に入れてもらってなんだが、あの夢の話をして良いのか分からなくなってきた。
少しだけ、彩人の父親に対する認識を思い出したのだ。それに、彩人の声がいつもより低い気がした。何かあったのだろうか。
「彩人、どうしたの?」
「どうしたって、何?」
無機質な声の感じに、ウサギを思い出した。穏やかで微笑みを絶やさない彩人の雰囲気からかけ離れているが、やはりあれも彩人の一面なのだろう。むしろ素がこちらなのだろうか。
「なんだかパソコンの音声ソフトみたいな声だよ」
「え、本当に? それはまずいな……」
暗くて分からないが、焦る顔が目に浮かんだ。
「やっぱりウサギさんは彩人なんだね」
「うん……」
やはり反応が薄い。何かあったのだろう。
カーペットの上に座って向き合っているはずなのだが、彩人がどこにいるのか分からない。そっと手を伸ばして、暗闇を探ってみた。
「彩人」
指先がサラサラとしたものに触れた。これは髪の毛だ。そのまま指を肌に這わせ、冷たい頬に触れた。滑らかな肌に時々ざらっとした部分がある。それにこれは……口、だろうか。自分よりも大きくて少し驚いた。
「くすぐったいよ」
そう言われてみて、突然恥ずかしくなった。義兄とはいえ、大人の顔を好き勝手撫で回すのは失礼だ。
「待って、ちょっと場所を探してて」
「うん……?」
やっと肩を探り当てた。華奢に見えた肩はしっかりとしている。私が少し力を入れてもなんてことはなさそうな肩をぐいっと掴み、背中に腕を回した。
「……え? なに、どうしたの……?」
動揺しているのか、心臓の音がよく聞こえてくる。もしかしたら自分の音も伝わっているのだろうか。
「私ね、思い出したの」
彩人の身体が少し震えた。
「……小さい頃、嫌なことがあった時にこうしてくれたのって彩人だったんだね」
震えが止まった。安心してため息を吐く。
「ああ、思い出してくれたんだ」
「うん、今度はちゃんと抱きしめてあげられるね……」
「……ごめん」
それは恐らく、手を拘束していたことに対する謝罪だった。返事の代わりに首を振って、抱きしめる腕に力を込めた。
「これからはずっと私がいるから」
「うん……」




