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ウサギ部屋   作者: 水経
12/19

30日目

30日目?


 珍しく、父親の夢を見た。

 父親とはもう10年以上離れて暮らしている。どんな顔だったか、どんな声だったかはあまり覚えていない。それでも、この世のどこかには生きているのだろう。

 夢の中の父親は、公園で私と遊んでくれていた。彩人も一緒にはいたが、ブランコに座ったまま砂場で遊ぶ私たちをじっと見ていた。顔のよくわからない父親と一生懸命砂の城を作る私を、幼い彩人はただ眺めている。

 なぜかどうしてもこの夢のことが話したくなって、隣の部屋のドアを叩いた。

「彩人、まだ起きてる? 話したいことがあって……」

 しばらく返事がなかった。

 確かにここで寝ているはずなのだが。

「寝ちゃった、かな」

 諦めて去ろうとすると、ほんの少し部屋のドアが開いた。部屋は真っ暗だ。

「あや、と……?」

「いいよ、入って」

 一瞬違う人かと思ってしまった。眼帯を外していたせいだろうか。私とは似ていない整った顔立ちに心臓が跳ねた。

「今明かりつけるから」

「……右目、明るくても平気なの?」

 一瞬間が開き、

「うーん、少し痛むかな」

「暗いままでも大丈夫、少し話がしたいだけなの」

 中に入れてもらってなんだが、あの夢の話をして良いのか分からなくなってきた。

少しだけ、彩人の父親に対する認識を思い出したのだ。それに、彩人の声がいつもより低い気がした。何かあったのだろうか。

「彩人、どうしたの?」

「どうしたって、何?」

 無機質な声の感じに、ウサギを思い出した。穏やかで微笑みを絶やさない彩人の雰囲気からかけ離れているが、やはりあれも彩人の一面なのだろう。むしろ素がこちらなのだろうか。

「なんだかパソコンの音声ソフトみたいな声だよ」

「え、本当に? それはまずいな……」

 暗くて分からないが、焦る顔が目に浮かんだ。

「やっぱりウサギさんは彩人なんだね」

「うん……」

 やはり反応が薄い。何かあったのだろう。

 カーペットの上に座って向き合っているはずなのだが、彩人がどこにいるのか分からない。そっと手を伸ばして、暗闇を探ってみた。

「彩人」

 指先がサラサラとしたものに触れた。これは髪の毛だ。そのまま指を肌に這わせ、冷たい頬に触れた。滑らかな肌に時々ざらっとした部分がある。それにこれは……口、だろうか。自分よりも大きくて少し驚いた。

「くすぐったいよ」

 そう言われてみて、突然恥ずかしくなった。義兄とはいえ、大人の顔を好き勝手撫で回すのは失礼だ。

「待って、ちょっと場所を探してて」

「うん……?」

 やっと肩を探り当てた。華奢に見えた肩はしっかりとしている。私が少し力を入れてもなんてことはなさそうな肩をぐいっと掴み、背中に腕を回した。

「……え? なに、どうしたの……?」

 動揺しているのか、心臓の音がよく聞こえてくる。もしかしたら自分の音も伝わっているのだろうか。

「私ね、思い出したの」

 彩人の身体が少し震えた。

「……小さい頃、嫌なことがあった時にこうしてくれたのって彩人だったんだね」

 震えが止まった。安心してため息を吐く。

「ああ、思い出してくれたんだ」

「うん、今度はちゃんと抱きしめてあげられるね……」

「……ごめん」

 それは恐らく、手を拘束していたことに対する謝罪だった。返事の代わりに首を振って、抱きしめる腕に力を込めた。

「これからはずっと私がいるから」

「うん……」

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