6話
いくつもの部屋を抜け、時折迷路のような場所に出たが迷うことなく進んで行くネル。
どれくらい経っただろう、やっとのことで地上へ出ることができたが空を見上げても果てしなく伸びきった木々や大きな葉に遮られ陽の光がここまで届かない。遺跡の周囲は仄かに光っているがこれも魔法とやらの力なのだろうか。
「君達が居てくれて助かった。俺1人だったら外へ出るのにどれだけかかったか分からないな」
一応侵入者を想定して作られたらしい遺跡だ。そう易々と奥へは行かせないよう複雑な作りになっている。外から見て分かったことだが高さはあまりないため、王城から見ても木々に隠れて見つける事は不可能だろう。遺跡を囲む木々は人の手が入っていないため無造作に生えており、通るにも一苦労するだろう。
「このくらいなんてことないっすよ」
言葉とは裏腹に褒められたことで若干顔が赤くなっている。褒められ慣れていないのだろうかと考えていると――背後からどんよりとした空気が漂ってきた。
「私が案内したかったです……」
背後で負のオーラを纏っているのはエルフェン。道中も何度かネルに交代を求めていたが全て無視した結果こうなってしまった。
「……また何かあった時は次お願いするからその時頼む」
「はい! 是非そのときは私に仰って下さい!」
(扱いやすいな……)
失礼なことを考えているノアと無邪気に喜ぶエルフェン。一連のやり取りを見ていたネルは溜め息をつき呆れていた。
「ほんと単純っすね……今心の中で扱いやすいな、とか思ったんじゃないっすか?」
じと目でノアを見つめる。
「……」
まさしくその通りであるため、何も言い返せない。
「図星っすね……そういえば今更っすけど魔王様はなんて名前っすか?」
「あっ! 私も知りたいです」
名前ひとつで調子を取り戻すエルフェン。
「俺の名前はノアだ。できれば魔王じゃなくて名前で呼んでほしい」
いつまでも魔王と呼ばれるのは気分的にも外聞的にもあまりよくない。法国では魔族を敵とした御伽噺があるため魔王だとより問題になること間違いなしだ。
「ノア様ですね! これより魔王様改めノア様と呼ばせていただきます」
「ノア……いい名前だと自分は思うっすよ」
「わ、分かった、改めてよろしくな。お互い名前も分かったことだし、早速認識阻害魔法? とやらをやってもらってもいいか?」
ネルが使用できるという認識阻害魔法。深淵の森を抜ける時間も短縮でき、かつ安全に通れるのは大きい。
「わかったっす。<ハイド・エリア>」
ネルの身体から外に渡って黒い何かが流れるのが見えたような気がした――そして身体が何かの膜で覆われているかのような感覚。
(この膜に覆われている間は認知されないってことなのか……それに――)
「今ネルを中心に黒い何かが見えたんだがあれは何か分かるか?」
「ノア様、それは魔力でございます。黒――今回の場合は闇魔法に分類される認識阻害魔法を発動したため黒い魔力の流れ視えたのです。人間はもちろんのこと、魔族であれ魔力の流れを視ることはできません。碧い瞳を持つ者ノア様だからこそ視ることができたのです」
「そんな能力が……」
感慨深そうに言うと目元を指でなぞる。
(便利ではあるが今のところ使い道はないか)
「その瞳があるだけで魔族との戦闘には役立つっすよ。なんせ相手が使う魔法の系統を先読みできるっすから。まぁ自分達以外に生き残りの魔族がいるとも思えないっすけどね」
今この場に居る2人以外に生き残っている魔族はいるのだろうか。人より長命のため可能性がないとは言い切れないが、限りなく低いのは確かだ。
「そろそろここを離れよう――悪いんだが方角が分からない。もしかして魔法で分かったりするか?」
この場所からでは正確な方角が把握できないため、そういった類の魔法がないか問う。
「ちょっと待って下さいっす……」
ネルが目を閉じると再び黒い魔力が発動者を中心に渦巻く。今度は先程よりも少し長めだ。
「あっちが北っすね」
指を差す方向は遺跡の入り口と正反対の位置のようだ。王国を南方向に真っ直ぐ進むだけで現在地に着くことになるというわけだ――逆も然り。
「やっぱり魔法は便利だな。助かったよ、ありがとう」
「では今度は私が先頭を……」
「曲がったりすることもないだろうから俺が--お願いする」
言葉の終わりの方で再びどんよりとした空気を纏っていたため、仕方なく頼むことにする。
「お任せを、ノア様」
「はぁ……ほんとエルフェンはダメっすね」
こうしてノア達一向は遺跡を後にした。
□
「悪いがちょっと止まってくれ」
結構な距離を走ったところで一旦立ち止まるよう指示を出す。
森の中は相変わらず薄暗く、方向感覚が狂ってしまいそうだ。
「何か問題がありましたか?」
「いや、そろそろ王都に近づいてきたんじゃないかと思ってな。ひょっとしたらロアが俺を探すよう騎士たちに指示を出してるかもしれないから気をつけてくれ」
瀕死の状態だったため、ロアがどのような指示を出しているか分からない。念のため捜索隊を出している可能性は極めて高いだろう。
また、南門には他の3箇所と比べて騎士の配置が多く、自国の騎士たちとなるべく剣を交えたくないノアは慎重に進むようお願いする。
「まだ魔法の効果は続いてるっすよ? 魔力の消費が激しいんでそんな長くは持たないっすけど」
「魔力を継続して消費しているのか?」
「魔法によって異なるっすけどこの魔法は今も消費し続けているっすよ。なんで騎士達には見つからないので心配無用っす」
「それはそうなんだが念のためにな」
いくら魔法で姿が見えないと言っても気になるものは気になってしまう。道中出くわした魔物もこちらに気付くことなく通ることができているため、効果が確かなのは分かっているが相手が人となると少々不安が残る。
「かしこまりました。では先を急ぎましょう」
「ノア様は心配性っすね~」
ネルは腕を頭の後ろに組むと、からかうようにノアを見やる。その際エルフェンに睨まれたのはいつものことだ。
それからなんの問題もなく、南門の近くに到着した。
「何だ……」
何やら南門が騒がしい。
いつもなら静かすぎるくらいだが、ひょっとしたら問題でも起きたのかもしれない。
(俺が馬鹿正直に出て行くわけにはいかないな)
今はどんなことでも情報が惜しい。
あそこに居る騎士達に聞くことが出来れば何かしらの情報が手に入るかもしれないが、このままではどうしようもない。エルフェンかネルに頼んだところで、深淵の森から人が出てきたら怪しまれるのは間違いないだろう。
「あそこにいる騎士達の話を聞きたいんだが、まだ魔力は持ちそうか?」
「あと少しくらいなら大丈夫っすよ。ただし、自分達以外の生物に触れたり自分の声が相手に聞こえたりすると、魔法の効果が切れるので注意するっす」
「分かった」
姿が見えない内に盗み聞きすることにしたノアは、声がはっきりと聞こえるところまで移動する。
「ノア殿下の捜索で死人がでるなんてな…」
「それもゾイの奴だろ? 気味の悪い奴だったがいざいなくなるとそれはそれで思うところがあるな」
「最初トルアが駆け込んできたときは驚いたもんだぜ。その少し後にはガルド達が歩いて帰ってくるしよ」
「でも一番は魔族が滅んでなかったってことだろ? 俺も一度この目で見てみたいな」
魔族という言葉に耳がピクリと反応する。
(どういうことだ…この2人以外にも生き残りがいたのか?)
それに、
(やはり俺を探す指示を出していたか…これは厄介だな)
ロアにとって都合の良いように事実を脚色して、指示を出しているのは間違いない。
ちょんちょんっと背中を突かれたような気がしたノアは後ろに視線を向ける。
そこにはいつの間にか近寄ってきたネルが立っており、首を左右に振った後、王都へと入る門を指差す。
(そろそろ時間か…)
頷いて返事を返すと、後ろ髪を引かれる思いでこの場を後にした。