5話
「俺たちも災難な目にあったな!!」
「そうですね……」「まぁな」「…………」
ロアにノアの捜索を指示された騎士たちは、いくつかの班にわけて王都の外周およびその周辺を探していた。
王都北側に広がる草原は砂丘のようにゆるやかに起伏している。その先にあるのは魔の森と呼ばれるところで、魔物の数が他の場所に比べて格段に多い。王都にある北門からおよそ馬で半日ほどかかる。そしてその先にあるのがもう一つの国であるユルヤード法国だ。
王都東側はずっと進むと渓谷があり、その先にあるエルダス帝国へと続く橋が架けられている。こちらは橋の両端にそれぞれの国の騎士が配置されているため安全に橋を渡ることができる。
王都西側に広がるのは大海原だ。こちらには小さな港があり、小さいながらも漁業などが盛んに行われている。
王都南側は深淵の森と呼ばれる森。時間帯関係なく常に仄暗い場所であり、人の手が入っていない完全なる自然な場所のため安全に通れる道はない。こちらは魔の森と比べて魔物の数は大幅に減るが、奥に進むにつれて、魔物の強さが徐々に強くなっていく。浅い部分までなら騎士でも対処できるが、半ばほどまで進むと騎士数人で勝つのがやっとだ。
南門を出て少し歩いた場所から深淵の森の範囲となるため、一番多くの騎士が配置されている場所となっている。
ちなみにこれまで深淵の森から魔物が出てきたことはない。
そして、現在南側を担当しているのは比較的若い層で集められた騎士達。
「それにしても、まさか帝国の皇子が出てくるなんて想像もつかなかったぜ」
大仰な仕草で喋っているのはガルドと呼ばれるこの中では一番年上の騎士だ。
「ガ、ガルドさん、私たちアステリア王国はこれからどうなっちゃうんでしょうか……」
不安そうにガルドに語りかけるのは4人の中で唯一の女性騎士トルア。
「まぁ今となっちゃアステリア王国がどうなろうと関係ないな。いざとなったら帝国騎士にでもなるさ」
軽々とした口調でトルアに返事したのはアルトス。
「…………」
ガルド、トルア、アルトスは肩を並べて歩いているが1人だけ少し後ろからついて来ている騎士がいた。さっきから一言も喋らない彼の名はゾイ。ゾイはいついかなる時も無表情を崩さない。そのため騎士団の中でも腫れ物扱いされている。
「でも……ロア殿下はお許しになるんでしょうか?」
表情を曇らせ、俯きながら不安を口にするトルア。
「大丈夫でしょ。あの人が何考えてるか分からんけど別に敵対するわけじゃない。俺達の敵はユルヤード法国に裏切り者のノア殿下だ――ああ、もう呼び捨てて問題ないか」
あっけらかんと答えるアルトスに不安は募るばかりだ。
ロアはクロアに伝えた内容とは違い、王国の騎士達に法国とノアが協力して国王と王妃を亡き者にしたと伝えている。今日起きた真実を知る者は当事者である人物と一部帝国関係者のみだ。
「よし! ここまで来たがノア殿下はどこにもいないようだな!」
ガルドは深淵の森の範囲から少し手前に立ち止まる。それに伴い他の3人も歩みを止めた。
ここから見て分かるほどに森の中は薄暗い。明かりなしではまともに身動きすら取れないのではないだろうか。森の奥から時折聞こえてくるなにものかの声が恐怖を煽ってくる。
「ここが深淵の森……さすがにこの先は捜索しませんよね?」
誰に問うかでもなく呟く。
捜索範囲の指示は具体的でなかったため、トルアは不安で一杯だった。
「うむ!! この人数では心許ないだろう。一度城に戻って人数をかき集めてくるか!!」
「ガ、ガルドさん声が大きいです! 中から魔物が出てきたらどうするんですか!」
基本は静かな場所のため、少し声を張るだけで遠くまで聞こえてしまうだろう。
「お前の声も大きいから安心しろ」
冷静に突っ込み、引き返す提案をするアルトス。
言葉の割りに足が緊張か恐怖からか若干震えている。それを目ざとく見つけたトルアはもちろん指摘する。
「アルトスさん足が震えてますよ? 本当は私と一緒で怖いんじゃないですか?」
「そ、そんなことないぞ!」
「声が大きいですってば!」
「だからお前も大きいぞ!」
「……」
「みんな元気だな!!」
「「だからうるさい(です)!!」」
--それは唐突に起きた。
シュッと、耳元を何か通り過ぎたような気がしたトルアは後ろを振り返る。
「えっ……」
後ろに居たゾイがいつの間にか殺されていた。
致命傷は胸元に開いた小さな風穴、その一撃が反撃……いや、反応すらさせないまま殺している。
(なにこれ……一体どこからどうやって……私はまだ死にたくない!)
一歩間違えれば自分が死んでいたかもしれない恐怖心から、徐々に後退すると一気に駆け出した。
「っておい! どこ行く--なんだこれ!?」
突然走り出したトルアを呼び止めるため振り向くと、数秒遅れて気づいたアルトス。
ガルドはゾイの遺体には反応を示さず深淵の森の中を凝視している。
「アルトスよ、この森に何かいるぞ。こんな浅い部分に強力な個体がでてきたのか……? これは増援を呼ばないと厳しいぞ」
ガルドの纏う雰囲気が一変する。
殺されてしまったゾイは騎士団の中でも中の上くらいの実力を持っていた。4人の目を掻い潜り、中堅騎士を一撃で殺すことができる何か……。
「一旦ノア殿下の捜索は中断し、このまま下がることにするぞ。……ここに置いておくことを許してくれ」
ゾイの見開かれた目を優しく閉じてあげると、アルトスに視線を向ける。
「おい、アルトスよ。聞いているのか?」
反応がないことを怪訝に思いながら近づくと、
「ガルドさんよ……あいつがゾイをやった奴なんじゃないか? 魔物じゃなくてどう見ても人だよな? まさかノア殿下なのか?」
その言葉にガルドももう一度森の方を注意深く観察する。
「暗く遠目だからはっきりしないが人のように見えるな……だが、ノア殿下とは限らないだろう」
すると、その何かが走り出し距離をどんどん詰めてくる。
「「っ!」」
「やばいんじゃないかあれ! さっさとここから離れよう!」
「くっ! このままじゃ全滅しかねないな。俺が少しでも時間を稼ぐからお前は逃げて応援を呼べ!!」
何者かの姿をはっきりとではないが見たのは2人。どちらかが生きて報告しなければいけない。
「そんなことできるかよっ! あれを相手に1人で対処するなんて無茶だ!」
「いいから行け! 年長者である俺が残るのは当然だ」
その何かが視界から消える。
最初からそこにいなかったように、忽然と姿が見えなくなった。
「……どこへ行った」
「やぁ、哀れな人間諸君。私からの贈り物は喜んで受け取ってくれたかな?」
背後から聞こえた声に恐る恐る確認する。
満面の笑みを浮かべながら、森の"反対"方向から現れたのは見覚えのない緑髪の青年。
「……っ! おっお前がゾイを殺したのか!?」
「ゾイ? ああ、そこにあるゴミのことかな?」
その男はゾイの遺体に目をやると手の平を突き出す。
「<クリエイト:アンデッド>」
「今……何をした?」
聞きなれない言葉に戸惑いを隠せない。
「見ていれば分かるさ、ふふふ」
不敵に笑うと、
「君たちは自分の心配をしなくていいのかい? 周りを見てごらんよ、ほらっ!」
「は……?」
アルトスはその言葉に周囲を見ると、いつの間にか数十人によって囲まれていた。その全員がロープを目深に被っており顔が確認できない。
人なのか、人ならざる者なのか…恐怖は募る一方だ。
「なんなんだお前らはっ!!」
どうしようもない出来事に思わず叫ぶ。ガルドはアルトスのお陰か比較的冷静さを保つことができている。
「さっきから叫んでばかりでほんと煩い虫ね」
1人のロープを着た者が一歩前に出る。声からして女性と判断できるが油断はできない。
「貴方達程度の虫がいくら集まろうとも一瞬で殺せるのよ? アンタも余計なことばかりしないで話を進めなさい」
「君はいつもせっかちで困るよ。これからが楽しいところなのにさ--おっと……そうこうしてる内に出来上がったみたいだよ」
「はぁ……ほんと迷惑だわ。あたしは帰るから勝手にやってなさい。あなたたち、帰るわよ」
付き合ってられないとばかりに何名かのロープを連れて王都の方へと歩いていく。
「これからが面白いところなのに……」
「ゾイ……なのか?」
死んだはずのゾイがよろよろと立ち上がる。
口からは言葉にならない音を発し、目は白眼を剥いていた。
ガルドは沈黙したまま事態の成り行きを見守っている。
「これはアンデッドと呼ばれる魔物なんだけど知ってる? お気に召して頂けたかな?」
「……アンデッドが何かは当然知っているがお前がやったのか?」
「もちろんそうとも! 私の手でたった今創り上げたのさ、魔族のみが使うことのできる魔法の力でね」
「魔族だって!? そ、そんなことがありえるのか……」
現代では滅んだと言われている魔族という存在に、人間では使用できない魔法。
魔法が使える事実が目の前の青年が魔族であると告げている。
「表舞台から消えて数十年……やっとこの日を待ちわびていた! 王国の王子が王城から姿を消した情報は既に得ている。そこで君たちに頼みたいことがあるんだ」
「頼みと言いながら、断る権利はないのだろう?」
「ああ、もちろん」
微笑む姿は様になっているが、この後の返答次第で死ぬのはガルド達だ。
ゾイは見せしめに殺したのだろう。
(この男のことだ。楽に殺してはくれないだろうな)
短い間のやり取りで、この青年が必要以上に人を遊ぶ性格なのは断言できる。
「……俺たちも引き返すところだったから情報は何もない」
「ガルドの言うことは本当だ……」
「今すぐに欲しいわけじゃないから大丈夫さ。王子の情報が入り次第、どんなことでも連絡してほしいんだ」
懐から取り出したのは青い石のような物。
「これは通話石……魔道具と呼ばれる物の一種で、遠く離れていても会話することが可能なのさ! 魔力を流しておくから君たちからでも連絡可能だよ」
通話石が一瞬だけ光る。
青年はガルドに近づき通話石を渡すとすぐに離れる。
「それじゃあ私はもう行くから、頼んだよ--あぁ、そこのアンデッドは好きにしてもらっていい。君達は今から私の駒だ、くれぐれも連絡をしないってのはなしだからね? それと私達魔族のことを伝えるのは自由だ」
それだけ言い残すと一瞬にして視界から消える。
「大変なことになっちまったな……それと、どうするんだ?」
言いたいことを理解したガルドは反応せず腰に差してある剣を引き抜く。
アンデッドになったゾイはその場から動くわけでもなく唸り続けている。
「こうするのが一番だ」
上段に構えるとそのまま一気に振り下ろす。
丸い何かが鈍い音を立てて地面に落ちた。そしてゾイは今度こそ本当に動かなくなる。
「っておい!」
「なにか言いたいことでもあるのか?」
「いや……悪い、嫌な役を任せちまって」
つい先ほどまで仲間だったものを躊躇いもなく斬り殺したことに何も思わないと言ったら嘘になるが、これはどちらかがやらなければいけないことだった。
「トルアのことも心配だ。さっさと行くぞ」
「ああ……ったくアイツ勝手に逃げやがって」
悪態を吐くアルトスを尻目にこれからの面倒ごとに頭を悩ませるガルドであった。