1話
いい感じの作品のタイトルが思い浮かばないため仮とさせていただきます。
「どうしてだ……なぜこんなことを」
ひとりの少年が悲痛な面持ちで問う。
「…………」
謁見の間に生きている人間は金髪の少年ともう一人の少女の2人だけだ。
2人の周囲には何人もの兵士の死体が散乱しており、玉座の前ではこの国の王と考えられる男性と、その妃と思われる女性の死体が転がっていた。男性は四肢を失い、体には無数に斬りつけられた痕があり両目は抉られていた。女性は一糸まとわぬ姿で事切れており、その女性の周囲を一目見ればどのような目に遭ったか想像するには容易な有様だ。
「ごめんなさい……こんなことになると思わなかったんです……」
やがて返答があったが少年が求めていた答えではなかった。だが言葉を発した少女の表情からは後悔の色が見て取れた。もしかしたら彼女自身も何かしら予定外のことがあったのかもしれない。それでもこの国の――アステリア王国の存亡の危機を引き起こした1人であることには違いはなかった。
「質問に答えてくれ……ロアに協力して君はこんなことを企んでいたのか? 父上や母上を拷問の上に殺されたんだぞ!」
口から紡がれる言葉には段々と力が込められていく。それは怒りによるものなのだろう。
少年の身体は見て分かるほどぼろぼろになっている。それでも懸命になって訴えかけるその姿は少女の涙を誘発させるには十分だった。
「っ! なぜ君が涙を流すんだ……こんな惨状を招いておいて許される行為ではないぞ!」
少女の頬を伝う雫を見て一瞬呆けてしまったが、我に返ると少女を睨みつける。
「ほんとうにごめんなさい、ノア殿下……いえ、ノア様。私には涙を流す権利などありませんね」
僅かに表情を曇らせ視線を床に向ける。
すると少女は近くにあった長剣を手に取った。剣は血によって柄の部分までもが赤く染まりきっており、何人もの騎士を切り刻んできたのだろう。
少年――ノアは少女の行動から目を逸らさない。
「ノア様もご家族がいないのはお辛いでしょう。私には剣の扱い方は分かりませんが、できるだけ苦しまぬよう両親のもとへと送って差し上げます」
狂ってる。この場にほかの人物がいれば10人が10人とも同じ意見だろう。
か細い腕では剣を引き摺るのが精一杯なのか、床に何度も剣先をぶつけながらノアの下へとゆっくりと歩いていく。ノアはなんとか逃れようと足に力を入れようとするが、血を流しすぎたためか思うように力が入らないようだ。
「ほんとうにどうしんだエレーナ。君はおかしくなってしまったのか? 言葉にしてきたことは全て嘘だったのか? 」
ノアは何度も問いかける。
「婚約者として何か落ち度があったとしたら教えてほしい」
どうやらノアと呼ばれた少年と少女――エレーナは婚約者の間柄のようだ。
「これまでの私の気持ちに嘘偽りは一切ありません。信じていただくかはノア様次第です。ひょっとしたら他にもっといい方法があったかもしれません……至らない私で申し訳ありません」
ノアの下へと辿り着いた少女は両手で剣の柄を握ると頭上に振り上げる。その瞳は悲しげに揺れていた。
「エレーナ……君は――っ!」
剣が振り下ろされる瞬間――ノアの首元から光があふれ出した。それも一瞬ではない、今にも光の奔流に飲み込まれてしまいそうだ。
「これはっ!?」
突如のことで混乱してしまったのか剣を床に落してしまう。
すると少女の後方の扉が力強く開けられ、何人もの騎士が謁見の間に入ってくる。突然の光に目をしかめながらもどうにか隊列を保つ騎士達。
「何が起きたのかな?」
そして、騎士の先頭に立っていた少年が少女の隣に並び笑顔を見せながら問いかける。男性は綺麗な金髪に顔も整っているため女性との縁には困らないに違いない。身につけている装備は動きやすさを重視しているのか軽装だ。
そんな少年に笑顔を向けられた少女は、年頃の女性なら一瞬で落ちてしまいそうな笑顔にも反応を示さず問いに答えようとした。
「殿下……」
少女が言いかけようとしたとき徐々に光が弱まっていく。ノアを中心にあふれ出していた光が徐々に収束すると、先ほどまで居たはずのノアの姿がどこにもいなくなっていた。けれどノアの身体から流れ出した血が、たしかにそこにいた事実を物語っている。
「この様子だと逃げられてしまったかな。君が最後に2人きりで話がしたいと我が侭を言ったばかりにこの様だよ……」
「陛下と王妃様には手を出さないと仰っていたのは嘘だったんですか? 妹を解放してくれる約束は守ってくれるんですよね!?」
予定とは違う事態にエレーナの心はもう壊れる寸前だ。
「君には話していなかったが父上と母上は僕にとって邪魔な存在なんだ。遅かれ早かれいつかは消えてもらおうと考えていたよ。それと君の妹のことについては安心してもらっていい、今も丁重にもてなしているはずさ」
そこまで話すとノアがいた場所に視線を移す。
「兄上を絶望させた上でこの手で殺す計画が台無しになっちゃったか。それにしてもどうやって消えたのかが気になるね」
あの血の量で動くとも難しく部屋の外には騎士が陣取り、とてもではないがこの包囲網を突破するのは不可能に等しい。
騎士達が左右に分かれると1人の青年が現れた。
「状況を察するに過去の遺産が関係していそうだな。ノルト、ゴダ、周辺にノア王子がいないか探してきてくれ。見つけ次第生きたまま捕らえてほしい」
「承知しました」「お任せを」
今この場にいるはずのない新たな闖入者と、過去の遺産という聞いたことのない言葉に混乱してしまうエレーナ。
そんなエレーナの内面はいざ知らず、騎士に命令を出したその青年はエレーナに近づくと挨拶を始める。
「お嬢さんとは初めまして、エルダス帝国の皇子シャルト・ブルー・ミレニアだ。そちらのロア殿下とは親しくさせてもらっている」
その事実にエレーナは驚いてノアの弟であるロアを見やる。
「あなたの噂は王国まで流れているのでご存知です。それよりも……帝国と繋がっていたなんて! 何が目的なんですか!」
「決まっているじゃないか。兄上の殺害と、深淵の森の先にあると言われている魔道具を探し出すことだ」
「魔道具……」
エレーナのこれまで学んだ知識の中には、魔道具についての情報は一切ない。そのためそれがどういったものなのかすら分からない。
「ロア殿下の話によれば君の名前はエレーナだな? ここで聞いたことは他言しないようにしてもらいたい。もちろん魔道具についてもだ。と言っても君に残された親しい人物はほとんど生きていないかもしれないがね」
「っ!! 妹は――ミリアは無事なんですよね!?」
冷静さを失ったのかシャルトに詰め寄り肩を揺らす。
その際に騎士が動こうとしたがシャルト自身が手で問題ないとばかりに制する。
「ふむ……その件については俺ではなくロア殿下に聞くべきじゃないだろうか」
「あなたたちが協力関係にあるのは騎士達を見ればすぐに分かります! 王国の騎士がなぜ帝国の騎士と肩を並べているのか……妹は今あなたたちの国にいるのではないですか? 私から何もかも奪わないで下さい!」
少女による悲痛な叫びは、残念ながらここにいる誰一人の胸にも響かなかったようだ。
「エレーナよ、その発言はいかがなものかと思うぞ。お前は自らの手で婚約者の命を断とうとしたのだろう?」
「そ、それは……脅されたから……妹の命を守る手段がほかにない以上仕方のなかったことなんです! 私だって大好きな婚約者に――」
エレーナが大好きな婚約者と言った瞬間ロアがエレーナの頬を打つ。
「もう君は兄上の――あいつの婚約者じゃない。今この時から僕の婚約者となってもらう」
「え……」
その話は聞かされていなかったのかエレーナは顔を青ざめさせる。
「現国王もいなければ第一継承権のあいつもいない。となれば僕以外に次代の王の適任はいないだろう。それに婚約者のひとりもいないのはどうにも僕自身が耐えきれないんだ」
するとロアはエレーナの肩に手を置くと、
「初めて会った時から君のことをずっと想ってたんだ。これでようやく願いが叶う」
と、耳元で優しく囁く。
「い、嫌です……あなたなんかと結婚したくありません。わ、私はノア様――」
ショックと驚きにより呆然としていたエレーナだか約束と違うと言わんばかりに抗議の声をあげる。
「もちろん拒否はできないよ。まあいきなり王族が3人も死んだから国民の混乱も多少はあるだろうけど、それも僕が王に即位することですぐ収まるさ。その際はシャルト王子が協力してくれる手筈となっている」
「ああ、微力ながら手伝わさせていただこう」
「そ、そんな……話が違います。そもそも最初の話では陛下や王妃様を殺すことはしないと仰っていたじゃないですか! ノア様だって少し怪我をしてもらうだけだと!」
「その話ばかりは終わりが見えそうにないから他の話題にしてもらえないかな?」
紡がれる言葉は優しく諭すように聞こえるが、目元が笑っていない。これ以上自分が何を言っても起こってしまったことはどうすることもできないばかりか、妹の命にまで危険が及ぶ。
それに結果はどうであれ自分も加担してまったのは事実だ。
「もういいね? とりあえず国民に知らせるのはもうしばらく後にするとして――」
ロアはノアの側近である者たちの始末を考える。彼女たちはとても優秀な人材なため殺すには惜しい。そのため真実は伏せたまま自分の元で可愛がってやろうと決め、早速一人の騎士に指示を出す。
「たしかクロアにノイルだったよね? 彼女たちはまだこのことは知らないはずだ。それにもうじき王都に着く頃のはずだ。法国の者に殺されたと伝えてもらっていいよ。あそこの国ならここと仲良くないし納得もできるだろう」
「用事は済んだな? 俺たちはどこか適当な部屋を使わせてもらおう」
「分かった。僕の部屋以外ならどこを使ってくれても構わないよ」
シャルトはこの場にもう用はないとばかりに、自国の騎士たちを連れて謁見の間から出て行く。
ほとんどが帝国騎士だったのだろう、既にロアとエレーナを含め4人しかいない。
「君たちは城内にいる他の騎士達と一緒にノアを探してくれ。もちろん中にはこのことを知らない騎士もいるから探す理由は適当に誤魔化してね」
「「承知しました」」
騎士たちは足早に出ていく。
その後ろ姿を見ながらエレーナに喋りかける。
「それじゃあエレーナは今から僕の部屋にでもくるかい? こんな臭いところにいつまでもいると気分も悪くなるしね」
「……埋葬しないのですか?」
エレーナの表情は以前晴れないままだ。
「後でちゃんと埋葬しておくよ。けれどその前にノアの従者たちに見てもらおうかと思ってね。もちろんこの惨状をありのまま見てもらうわけじゃない。そうでもしないと信じてもらえないかもしれないからね」
そんなエレーナとは打って変わってどこか楽しそうな表情を見せるロア。
今後のことを考えるととても気分が良いのだろう。前までとは違いこれからは思うままに自分の意志が通る。
「あなたは……」
王国の未来がどうなるかはロア次第。今は協力関係? にある帝国はまだしも、法国に濡れ衣を着せることによって法国との関係がより悪化するのは目に見えてる。そもそもの話、法国に擦り付けることで得られるメリットは何もないはずだ。
「そんなことよりさ、返事が聞けてないけど?」
「……帰ります」
「君の居場所はもうここしかないよ。妹さんも王都へ連れてきてもらうことになってるしね」
「っ!!」
その言葉に肩が揺れる。
たとえ嘘だったとしても、ほんの少しでもミリアがここに来る可能性でもあればエレーナがここから離れることはできない。それを知っているからこそその名を口にした。
「安心してくれていいよ。こればかりは約束通りにするからさ。まぁ大好きな姉が王族殺しと知ったらどんな反応を見せるか楽しみだけどね」
あははは、と他人事のように笑っている。
「お願いです……妹には……妹にはどうか秘密にして下さい」
その場に頭をつけ、必死に懇願するエレーナ。
両親が目の前で殺され、王族がロアを除いて皆殺し。ノアは生死不明だが希望は薄い。
エレーナの心は崩壊寸前だ。最後の支柱となっている妹にまで見放されたらもう崩壊は免れない。
「それは君次第とだけ言っておこうかな?」
「私ができる限りのことであれば……」
簡単だよ、と言いエレーナと同じ高さまで姿勢を下げると耳元で何かを囁く。
「どうかそれだけはっ!」
「君の妹さんも君に劣らず可愛い容姿をしていたよね。代わりに頑張ってもらうのもありだとは思わないか?」
「…………」
その意味を理解しているが言葉が出てこない。
「沈黙は肯定と受け取るよ?」
「……妹には手を出さないで下さい」
ロアの言葉を否定するためになんとか返答をする。
「当面はやることが多くて忙しいから、また落ち着いたときにでも再度問うことにするよ。その時は是非ともいい返事を聞かせてくれ、僕の愛しの婚約者」
ロアはそう言い残して立ち去っていく。
エレーナはこの惨状をしっかりと目に焼き付けることにした。
これは自分が一生背負わなければいけない十字架だ。目を逸らし、見て見ぬ振りなど絶対にできない。
家族と大事な人を失くした喪失感に押しつぶされそうになりながらも何とか踏ん張るしかない。エレーナがこの世からいなくなってしまえば取り残されたミリアを守る者は誰一人としていなくなってしまう。
(いずれ……ここから離れれないと)
いつもなら寄り添ってくれる婚約者はおらず、頼れる人物もいない。
エレーナは己の頭一つで、唯一の希望であるミリアとどうやって王国から逃げ出すか考える。帝国は王国と協力関係にあるため、残された選択肢は2つ。
1つ目はもう一つの国であるユルヤード法国。
王国をずっと北に進み、魔の森と呼ばれるところを通り過ぎた先にある国だ。詳しいことは一度も訪れたことがないため分からないが、噂では人族至上主義を掲げているらしい。少し前に存在した魔族と呼ばれる人と見た目が大差ない種族を目の敵にしているとか。現代では魔族を見かけなくなったこともあり、以前よりも活発的でなくなったのだろう。けれども帝国に行くよりは何倍もいいだろう。
2つ目は深淵の森の先にあると噂されている"何か"。
こちらに住む魔物はとても強力だ。戦闘能力皆無な少女2人では森を抜けることは限りなく低い。そのため護衛を雇う必要があるが、一度入ったら生きて戻れないと言われていることもあり、誰も引き受けてはくれないだろう。それに森の先に何があるのかも不明だ。
憶測で動くには些か危険が大きい。
それに、追っ手がこないというのはまずありえない。その点後者であれば逆に追っ手も迂闊に入らないメリットはあるが死んでしまっては元も子もない。
自然と選択肢は絞られる。
まずはミリアの無事を確認してからだ。
そういえば殿下が、ミリアが王都に向かっていると話をされたのを思い出す。
自分の今の姿を見ると、
「これでは驚かせてしまいますね」
ロアに頭を下げたときにスカートが血で汚れてしまっていた。いつ頃こちらに到着するのか分からないが今のままでは会うことができないため、エレーナは着替えるために急いで自身に宛がわれた部屋へと向かうのであった。