現実世界〜『首ったけ』の場合〜
『首ったけ』こと岳垣 タケルは昼休みの弁当を食べ終え、携帯をいじっていた。
内容はMOBAの掲示板サイトだ。
昼休み前後になると書き込みが途端に増えてくるので、読んでいてなかなか面白い。
ふと、『首ったけ』の名前が出てきて目が止まった。
内容はデュエルソードの地雷率の高さに関する話題だった。
「デュエルソード地雷率高すぎ。防具買えって言っただけで逆ギレしてくるガイジばっか」
「ASガン積みのアホさ加減はねぇわ。そんな速度で剣振れるわけねぇだろ」
「あれやって許されるのは『首ったけ』みたいな剣道経験者だけだから。オマエらみたいなクソデブは黙って防具積め」
『首ったけ』のヒーローネームは実のところ “Garden of Heros” の中ではちょっと有名であった。
好評か悪評かで言うと、どちらかというと悪評の部類だが。
世界的に人気のMOBA “Garden of Heros” の中でデュエルソードに攻撃速度増加アイテムを積みまくるプレイヤーは基本的に地雷扱いされる。
所持できるアイテムが最大6個という制限の中で、過度に攻撃速度増加アイテムを積んでも性能を生かしきれるプレイヤーは少ない。それよりも攻撃力を上げて一撃を重くしたり、防具を買って攻撃に耐えられるようにした方が断然効果的なのだ。
というか、元々はそれが主流だった。
それを俺がとある大会で見事に覆してしまったのだ。
それ以来、俺を真似て全て攻撃速度増加アイテムを買う奴らが現れ、俺の名は広まってしまった。
地雷を大量に生み出した戦犯として。
理不尽過ぎる話だった。
「タケ、ここなんて訳すんや!?」
隣の席から四苦八苦している声が聞こえてくる。
結局、宿題を終えることができなかった『猿』こと猿和田 佐助である。現実世界でも変わらず『猿』と呼ばれることが多い。
「ん?どの単語?」
「単語やのうて、このwhat、どう訳すんや?」
「ああ・・・これ、いつも使ってる奴じゃないぞ。普通に疑問代名詞だ」
「えと、疑問代名詞ってなんぞや?」
「・・・ああ、だから・・・」
教科書を開いて解説してやる。ただ、自分でもいまいち理解しきれたいない内容なので教え方も中途半端になってしまう。
「わかったか?」
「よう、わからん。タケはどう訳したんや?」
「ああっと・・・」
自分のノートを見せるものの、やはりそこに書かれていた訳も中途半端なものになっている。
英語はどうも苦手だった。
「岳垣、ちょっといい」
声をかけられ、顔をあげる。
「おう、蜂巣」
隣のクラスの蜂巣だった。
「はっちゃ~ん!ちょどええところに来た。なぁ、なぁ、これどう訳すんや?」
蜂巣は猿に向けて露骨に嫌な顔をした。
彼女は『はっちゃん』と呼ばれるのが嫌いだ。馴れ馴れしくされるのがどうも苦手らしい。
「私をあだ名で呼ぶな」
「ええ~ええやん。それより、ここ教えて、どう訳すん?」
蜂巣のこめかみがわずかに痙攣していた。猿はよくこの話の流れで質問できるなと感心する。
今回は蜂巣はため息一つで我慢してくれた。
「ああ・・・それは・・・こことここが修飾関係の切れ目で・・・」
「ああ、なるほど。そういうことか・・・ってことは」
猿はノートに新しい訳を書き連ねる。
「これでええんか?」
「そうね、多分いいと思う」
「おお、助かったわ。あんがとな~」
猿はそう言って自分の机に向かって宿題を再開してしまう。
どこまでもマイペースな奴である。
「で、なんか用か?」
俺は蜂巣にそう尋ねた。
「ああ、そうだった。岳垣、今日あなた暇?」
「暇だけど・・・なんだ?」
「ちょっと、栞作りを手伝ってくれない?」
「ええ・・・」
栞作りなど面倒なだけで時間のかかる作業だ。当然報酬も出ない。
「なんで俺がやんなきゃなんねぇんだよ」
蜂巣は腰に手を当てていた。彼女も憤懣が溜まっている様子だった。
「千代がまた押し付けられたの」
「あいつ・・・またか・・・」
俺はため息を吐いた。それに合わせるように蜂巣もため息を吐く。
「いい加減にしろよな・・・なんでもかんでも引き受けやがって」
「もう言った。改める気はないそうで」
「それはそれは・・・」
車椅子というハンデを跳ね返そうとする姿勢は立派だ。
それはわかるが、あいつは少し気にしすぎなのだ。
車椅子だからと言って、みんながみんなそんな目で見ている訳ではない。
「で、手伝いが必要な程なのか。ああいうのって頭数が多くても仕方ないんじゃないのか?」
「それは別にいいの・・・それより、ちょっと問題があって・・・」
「問題?」
「耳貸して」
蜂巣はそう言って指をくいくいと曲げた。
俺は彼女に耳を寄せる。
そして、その内容を聞き、俺は驚き、そして顔をしかめた。
「まじか?」
「マジらしいよ。だから、お願いできる?」
俺は神妙な顔で頷いた。そんな理由があるなら断ることはできない。
「それなら全然構わん・・・でも、千代の奴はそれ周りに言ってるのか」
「あんまり周りに心配かけたくないって・・・」
「・・・あいつは・・・」
あいつは人に何かしてもらうことが多いから、自分で解決できることは自分でしたいのだ。
言わんとしてることはわかるし、その気持ちは尊重もする。
だが、物には限度があるだろう。
「叱り飛ばしてやってくんない?私の言うことなんか聞きやしないんだから。岳垣から言ってくれれば少しは聞くでしょ」
「どうだかな、あいつ頑固だし」
これまでの千代との関わりを思い出す。あいつが俺の言うことを聞き届けた試しがあっただろうか。
いまいち覚えがなかった。
「とにかく、任せていい?」
「ああ、放課後だな。場所は?」
「パソコン教室、データの印刷から製本までやるらしいよ」
「はいよ・・・」
その時、教室の中が突如激しく沸いた。
「きたきた!はじまったぞ!!」
「おい、ちょっと頭下げて!見えない」
「お前邪魔、自分ので見ろよ!」
うちのクラスのリーダー的存在である金城の周りに人が集まっている。
そいつは、大型のパッド型パソコンを机の上に立てていた。
「ああ、そういや。今日世界大会の準決だったっけ」
蜂巣がそう呟いた。
"Garden of Heros"は今や世界で最も遊ばれている没入型VRゲームだ。
プロチームが世界各国にあり、世界大会では億単位の賞金が動く。
うちの学校でも当然流行っており、ゲームの強さがクラスのヒエラルキーに関係することまである。
そして、うちの学校で最も強いと目されているのが、あの金城なのだ。
なんでもプロチームからのスカウトの話まであるだとか。
彼は金髪を華麗にかき上げて、パソコンの画面を食い入るように見つめていた。
「興味ないのか?」
「私はああいうのダイジェスト版だけ見ればいいかって思っちゃうんだよね。だいたい、あのゲーム基本的に動きが無い時は見てて退屈なんだから」
「おっしゃる通りで」
サッカーで言えば後衛でパス回している時間みたいなもんだ。
ちなみに俺は録画を飛ばし飛ばしで見たいタイプだ。
「それより、千代のことよろしくね」
「ああ、わかった」
「あっ!ちょっ、待って!ここ、ここの訳も教えてください!!」
猿に呼び止められ、蜂巣はしかめっ面をしながらも丁寧に教えてあげていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
放課後、教室の掃除当番だった俺は一通り作業を終えて、パソコン教室の前まで来ていた。
上履きを脱ぎ、靴箱に入れる。靴箱には既に二人分の上履きが入っていた。
1人は千代のものだ。
だが、もう一つは誰のだ?
俺はパソコン教室のドアノブを回して押し開けた。
「だろ?すごかったんだぞ、ここのシーン見てくれよ。感動的なプレイだと思わないか?」
「あ、ああ・・・うん・・・そうだね・・・」
パソコン教室の中は印刷機が紙を吐き出す音が常に響いていた。
そして、その音をかき消すかのように喋り続けている奴がいる。
「俺が思うに、この集団戦が勝負の分かれ目だったな。特に『チェ・ジュウ』の動きが素晴らしかった。そう思わない、千代田さん」
「う、うん・・・」
金城だった。
金城が千代の隣に座り、熱心に自分のパソコンを見せていた。
せっかくパソコン教室にいるのだから教室のパソコンを使えばいいものを・・・
俺は扉をあけ放ったまま、教室内に入る。
「うーっす、栞作りの手伝いにきたぞー」
その時、俺を見た二人の表情はまさに対極だった。
千代は「助かったー」とでも言いたげな安堵した表情になった。
対して金城は「邪魔なんだよ」とでも言いたげな憎々しげな顔を向けている。
ここまでわかりやすいと、いっそ清々しかった。
一瞬、このまま背を向けたら二人の表情がどう変化するのか興味がわいた。
ただ、それをやるとここに来た目的を失ってしまう。
「タケ・・・君」
普段、千代は俺のことを『タケル』と名前で呼ぶ。今日は隣に金城がいるから遠慮してあだ名で呼ぶことにしたらしい。
「き、きてくれたんだ。ありがとうね」
蜂巣の奴があらかじめ言っていたのだろう。
ただ、こっちは千代以外に誰かいるとは聞いていなかった。
「お前がそうやってひょいひょい仕事を受けるからこうして駆り出されるんだぞ。少しは友人のことを考えろ」
「あははは・・・ごめんごめん、今度埋め合わせするからね」
俺と千代の間にいる金城を無視して話を進める。
ここで変に話を振って喧嘩を売るようなことはしたくなかった。
「おい、岳垣。ドアを閉めたらどうだ。こっちはエアコン付けてるんだからな」
随分と棘のある声音だった。
「・・・・・・・・」
だが、俺はドアを閉めようとは思わなかった。
千代に目をやると、困ったような顔で頷いていた。
しょうがない・・・
俺は金城に言われるままにドアを閉めた。
「岳垣、気遣はちゃんとした方がいいぞ」
「・・・今度から気を付けるよ」
俺は努めて明るい声を出す。これから栞作りの作業をするのだ。変に角を立てる必要はない。
「それで、印刷はあとどれぐらいだ?」
俺がそう聞くと、千代はブレーキを外して車椅子を動かそうとした。
「ああ、いい、俺が見るよ」
すぐさま金城が立ち上がって、コピーの様子を確認する。
「あと、半分ぐらいだよ千代田さん」
「ああ、うん・・・ありがと」
千代は努めて笑顔を作ろうとしているが、頬が若干引き攣っている。
残り時間をこいつに詰め寄られて過ごさなきゃいけないとは、千代も災難である。
千代はこっそりとこちらに泣きそうな顔を向けてきた。
『助けてー』という心の声が聞こえてきそうだ。
だが、ここは甘んじて受けてもらうことにした。
これに懲りたら、気安く仕事を受けたりしないだろう。
というか、俺にはどうすることもできなかった。
金城を殴って黙らせるわけにもいかないし、追い払う口実がすぐにできるわけでもない。
それに、俺に対してはほとんど話しかけてはこないだろう。時折殺意を込めた視線が飛んでくる程度で実害はない。頭数が多ければ仕事も早く終わるだろう。
彼を追い払う理由は俺にはなかった。
「そうだ!そろそろ、準決の4戦目が始まるんじゃない?金城君のパソコンで見れるかな」
「ああ、そうだったね。見よう見よう!!」
「あっ、俺も見ていいか?」
「好きにしろよ」
本当にわかりやすい奴である。
俺は二人の後ろに椅子を移動して間からパソコン画面を眺める。
パッド式にしては随分と高画質のパソコンだ。通信速度も速い。
動画を見る分にはかなり快適であった。
時々、金城が身体を千代に寄せようとしてくるので、そのたびに見る位置を変えなきゃならなかったのが少々難儀であったが。
「おおっ!今のプレー見た!!すごいね!」
「う、うん・・・金城君・・・ちょっと、近いかな・・・」
「あっ、ごめんごめん」
千代は車椅子のせいで簡単に横にずれて距離を取るということができない。
横から寄られ続けるというこの状態は千代にとってはかなりのストレスのなのだろう。
「・・・・・・・・」
千代がまた助けを求めるようにこっちに視線を送ってきたが、俺は疲れたように首を横に振るばかりだ。
こうなった以上、どうすることもできない。
俺だってクラスの中心である金城にあまり目をつけられたくなかった。
今のところ俺は『タイミングの悪いお邪魔虫』程度の存在だが、ここで変に邪魔したら『恋路を邪魔する糞野郎』にランクアップしてしまう。
千代には頑張って耐えてもらうしかなさそうであった。
ちなみに、俺としては彼女のうなじが眺め放題のこの席は、結構役得であったりしていた。




