Garden of Heros
「タケル」
「なんだよ」
「・・・だっこ」
俺は自宅の玄関先で車椅子に乗った知寿を見下ろした。
「・・・おんぶなら許可する」
「えぇ・・・まぁ、いっか」
俺は靴を脱いで彼女の前に移動してしゃがみこんだ。彼女の腕が肩にかかり、体重が背中に乗った。後ろに手をまわして彼女の太ももを持つ。手にした腕は骨を直接持っているかのような細さだった。
しばらくリハビリをサボってたから、また一段と細くなったのではないか。
「えっち」
「さすがにこれじゃあ興奮しねぇな・・・いてててて!耳を引っ張んな!!」
俺は知寿を抱えて二階への階段を上った。その先に俺の部屋がある。
片腕で知寿を抱えたまま、俺はドアを開けた。
「わぁ、タケルの部屋久しぶりだぁ!ねぇ、ベッドの下!ベッドの下見せて!」
「落とすぞこの野郎」
「じゃあそこのクローゼット!絶対怪しい!」
「やかましい!!」
俺は知寿を投げ込むように俺のベッドに降ろした。
「もう、乱暴にしないでよ・・・あっ、でもちょっとぐらいなら乱暴にしてもらっても」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる知寿を無視し、俺は自分のヘッドセットを知寿に投げ渡した。
「わっ・・・」
ヘッドセットを受け取った知寿は眉根に皺を寄せて俺を睨みつけてきた。
「えぇ、もう潜るの?せっかく久しぶりにタケルの部屋に来たのに」
俺は何も言わずに自分の携帯電話をベッドの上に投げ込んだ。
そこには猿や蜂巣から『遅い!』との連絡が入ってきていた。
「さっさとしないと、あいつらがまた臍曲げるぞ」
「早くしすぎると私が臍曲げますけど?」
「なら蜂巣優先だ。あいつの方が面倒くさい」
俺はこの日の為に新調したヘッドセットを手に取った。
これからいつものメンツで “Garden of Heros”で試合をする予定だった。
今日は知寿のあの事件があってから、初めて知寿が没入型VRゲームを行う日だった。
没入型VRゲームのヘッドセットを介して行われたあの事件。犯人である金城は郊外のネットカフェの廃墟で意識不明で倒れているところを発見された。彼は今も病室のベッドで眠ったまま。それはあの時の知寿と同じ症状だった。
それに同情するつもりはなかったが、いざ改めて金城の横たわる身体を見た時はショックを受けてしまった。
あいつは今も目覚めない。正直言って心配だった。俺はあいつに罪に対する正式な罰を受けて欲しいとこそ思っていたが、死んだように眠ってろとまでは思っていなかった。
警察が金城の『意識』を捜索しているが、今もまだ手掛かりは掴めていないらしい。
「タケル、どうしたの?」
「ああ、いや。なんでもない」
新しいヘッドセットの内側を眺めていた俺は脳裏から金城のことを追い払う。
俺は気持ちを切り替えて自分のベッドに腰かけた。
「じゃあ、私から入るね」
「ああ」
「何かあったら。お願いね」
「わかってるって」
知寿は恐る恐るというようにヘッドセットを手に取った。
「タケルのヘッドセットだもんね・・・うん・・・」
ヘッドセットを被ろうとした手が止まる。
知寿はあの日からトラウマに苦しめられていた。VRゲームのヘッドセットを被るとパニック状態に陥る症状が出現するようになったのだ。あんなことがあった後だ。無理もない話だった。
だが、それは知寿にとって非常に苦しいものであった。
ほとんど生活の一部とまでなっていた没入型VRゲームができないストレスは知寿にとっては大きく、なにより歩行する感覚がまるっきり消えてしまうのが痛手であった。起立訓練も歩行訓練も上手くいかず、このままじゃいけないと俺は病院側に心的外傷の方のリハビリをお願いしていた。
リハビリ室のVRプログラムを用いたリハビリ。そのおかげで知寿の症状は多少はマシになってきたものの、今でもゲーム中に言い知れぬ恐怖に襲われることがあるらしい。
それでも彼女は “Garden of Heros”をやりたいと言ってきた。
もう一度、電脳世界で思いっきり駆け回りたいと。
俺はその我儘を聞き届けてしまったのだ。
「よし・・・」
知寿は意を決するようにヘッドセットを頭に付けた。
ヘッドセットから手を離し、膝の上に置いた彼女の手が震えている。
女子にしてはやや大きな手。俺はその手を包み込むように握ってやった。
「・・・ありがと・・・」
「ああ」
現実世界の視界がない知寿の為に声を出して返事をしてやる。
俺はそのまま片手でヘッドセットを頭につけた。
ヘッドセットを起動して、ホーム画面を呼び出す。
「知寿、入ったか?」
「・・・うん」
「よし、俺も入るぞ」
俺は"Garden of Heros"を起動した。目の前に現れる、中世ヨーロッパをイメージした広場。今はイベントの為にスポーツの祭典のような飾りつけがなされていた。
「さて・・・」
俺はパネルを開き、『猿』や『捨て鉢』『後輩』のいる部屋へと飛ぶ。
いつもの石壁に囲まれた部屋の中には既に仲間が集まっていた。
「『チーター』大丈夫?調子は悪くない?」
「うん、今のところ平気・・・やっぱり、近くに誰かいるってすごい安心だね」
現実世界で知寿が一際強く俺の手を握った。
「おう『首ったけ』どうや。女の子を部屋にあげた感想は」
「一緒にゲームしてるだけだ。それに、既に電脳世界に入ってるのに二人っきりも糞もあるか」
「ほうほう・・・なるほどなるほど」
『猿』の表情は非常に楽しそうであった。それは顔面に拳を叩きつけてやりたくなるぐらい愉快な顔をしていた。
「『チーター』なんか変なとこない?」
「ないよ。でも、『首ったけ』のヘッドセット、ちょっと汗臭いかな」
「おい、『チーター』!」
そんなことを言うと、『捨て鉢』の奴が本気で俺を殺しそうな目をするからやめろ。
俺は電脳世界でも現実世界でもそう言いたいのをこらえ、知寿の手を強く握り返すことで返事とした。
「はいはい、イチャイチャするのはそれぐらいにしてくださいねー」
『後輩』がなんとかその場をまとめて、みんなの顔を見渡した。
「それじゃあ、マッチング始めていいですか?」
皆が返事をする中、一人知寿だけが緊張した面持ちをしていた。
俺は現実世界で身体を動かす。
「あ・・・」
肩が触れ合う程の距離。すぐ隣に知寿の体温を感じれる。
「ありがと」
「うるせぇ」
現実世界でそんなやり取りをする。
「うん、いいよ『後輩君』」
知寿は電脳世界でそう言った。
マッチングが始まる。数秒で対戦相手が決まり。武器やスキルを選択していく。
「ねぇ、タケル」
現実世界で声をかけられた。
「なんだ?」
「私・・・やっぱり、この世界好き」
「・・・・そうか」
電脳世界で『チーター』は両足で飛んで準備運動をしていた。
「でもね、こっちも大好き」
現実世界で俺の手がまた強く握られた。
「・・・あっそ」
「あっ!冷たい!」
「別に冷たくねぇよ」
俺は今日は気分を変え『蛇腹剣』を肩に担いだ。
「ただ、まぁ・・・なんだ」
「なに?」
「お前とまた・・・ゲームできんのは俺も嬉しい」
知寿の手がわずかに熱を帯びた。
照れてんのかな?
そう思った直後だった。
現実世界の唇に何か柔らかいものが触れた。
「はぁっ!?」
俺は慌ててヘッドセットを外した。
「おま、おまえ!」
今のが何かわからない程鈍感ではない。
隣の知寿もまたヘッドセットを外し、クスクスと笑っていた。
「さっ、早く戻らないと。ログアウト扱いになっちゃうよ」
「お、お、おま、おまえな!」
俺が言葉を失っている間に知寿はさっさとヘッドセットを被ってしまう。
行き場を失った俺の文句は喉奥で止まったまま、吐き出すこともできずに胃の中に飲み込まれていった。
「くっそぉぉ・・・・」
いつまでたっても知寿に翻弄されっぱなしである。
俺は観念して溜息を吐き、もう一度ヘッドセットを被った。
「おや、ようやく帰ってきおった」
『猿』がこの世で最も愉快な動物でも見るかのように俺を見ていた。
知寿と2人して突然動かなくなれば現実世界で何かあったと思うのが自然だ。
俺はもう全てを無視することにした。相手にしたら負けだ。
「なぁ、なぁ、何があったんよ?え?なぁ、『首ったけ』さんってばぁ」
だが、俺はどうしても我慢できずにその鼻っ面に拳を突き刺した。
「先輩方、はじまりますよ」
後輩が呆れながらそう言った。
俺はなんとか平静を保とうとしながら声を出す。
「さて、『チーター』今日はどうする?」
「私は、自分のことに集中したいから、各自行動ってことで」
仲間達から「了解」と声があがった。
石壁が開く。新たな世界が目の前に現れる。
巨大なクリスタル、高くそびえ立つ城壁、そして門の向こう側にはモンスターが徘徊する森が広がっていた。
【英雄達の箱庭にようこそ】
ここは現実世界の肩書など一つも通用しない世界。
ハンディキャップもアドバンテージも存在しない。あるのはただ仮想の肉体のみ。
現実の枷を解き放ち、俺達は今日もその世界に飛び込んでいった。
ひとまずこれにて完結とさせていただきます。
ブックマークしてくださった皆様方、感想をくださった方々、本当にありがとうございました。




